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5話

 8月5日

 その日は夏休みの宿題をこなすために文芸部の同級生と図書館に集まることになっていた。

 音桐は昨日のことを思い出しながら小躍りしていた。

「何やってるんだよ」

 と今着いたばかりの同級生が声をかけてくる。

「何って君たちを待ってるんじゃないか」

「なんで図書館の前でタップダンス踊ってるのかって聞いてるんだよ」

「言ってなかったっけ。図書館を見るとダンスを踊りたくなるんだ、僕」

 昨日瑛に話を聞かされたときは断れないだなんて思っていたが。考えてみれば断る意味がわからない。憧れの同級生との共同作業、憧れの同級生との秘密の共有。高校生として何を嫌がることがあろうか。

 そんなことを考えているうちに、人数が揃ったので音桐たちは図書館のなかへと入っていった。

 夏休みの宿題というのは一体何の意味があるのだろうか。生徒が夏休みに全く勉強しないなんてことがないように、という話も聞くが。

 実際には英語で日記を書くとか、短歌を作るとか、合唱コンクールで歌う課題曲からイメージした絵を描くなんていう普段の授業とはあまり相関性のない課題が多い。

 音桐は短歌制作と格闘していた。文芸部ならこれぐらいを苦と思ってはいけないのかもしれないが、自分は小説以外には造詣がない。

 5・7・5ぐらいまではテンポよく作れるのだが、そこからあと14文字を付けたすというのがどうも苦手だった。俳句ならなんとかなったのかもしれないのに。

「そういやあさ、夏休み明けたら星合さん学校戻ってくるのかな」とB組の田淵が言った。

「そうなの?」というのはC組の清瀬という女子だ。

「いやなんかそんなこと夏休み入る直前にうちのクラスの女子がいってたんだよ。音桐は何か知ってるか?」

「いや何も聞いてない」

 もうすぐ治るとか。そんな素振りを桜子は毛ほども見せていなかった。

「何にしてもさ」とC組の川崎という女子が言う。文芸部1年のなかではリーダー的な存在だった。「迷惑な話だよね。賞取ってデビューしているような人がうちの部なんかに何の用があるのよ。そんなに自分の実力をひけらかしたいわけ?」

 田淵と清瀬はまずいことを言ってしまったという風に押し黙った。文芸部にはなんとなくだが、桜子を快く思わない雰囲気が流れている。それは彼女が休学してからますます強くなったように感じる。

 1年生の間では、この川崎という女子が最もその傾向が強いが、それも元を正せば文芸部の先輩からの影響である。

 見舞いに行っているなんてことがばれれば自分の立場も危うくなりそうだな、なんてことを思った。


 8月7日

 妹はあと1週間ほどで退院らしい。だが妹が退院してもきっと自分はこの病院を訪れ続けるだろう。

 桜子の病室には見慣れぬ2人組がいた。金髪の女性と茶髪の男性だった。男のほうは身長が170センチ後半はあるが、2人とも顔はあどけなく同世代ぐらいかもしれないと思った。

 金髪の女性、あらため女の子が睨むようにこちらを見る。恐怖で皮膚が泡立つのを感じる。ヤンキーめいた雰囲気があるが、びっくりするくらいの美少女だった。

「あんたが皆川さん?」

「そ、そうですけど、何か」

「別にどうってわけでもないけど。姉ちゃんのことよろしく頼む」

 そう言って2人組は病室を出て行った。殴られるかと思った。

「今の女の子はひょっとして」

「うん、私の妹だよ」

 言われてみれば顔立ちが似ているような気もする。雰囲気が違い過ぎて思いもよらなかったが。

「隣にいた人は」

「彼氏さんだって。最近の中学生は進んでるよねえ。まあ私たちも去年まで中学生だったわけだけどさ」

 カップルの1組や2組は音桐の中学にもいたが、あんな目立つ奴らはいなかった。

「今日は皆川君に口述筆記してもらうほどアイデアまとまってないんだよね。ごめん」

「いやいいよ。星合さんと話せるの楽しいから」

 そう言うと桜子は照れたように笑った。こんなセリフが自然に口から出てくるなんてやっぱり自分じゃないかのようだった。

 一昨日は目の前で桜子の悪口を言われて反論すらできなかったというのに。彼女は別に文芸部に入って優越感に浸りたいわけではない。同世代の創作仲間が欲しいだけだ。あのときならいざ知れずなんで一昨日はそう言い返せなかったのだろう。

「もしよかったらお互い今書こうと思っているアイデアについて話してみない? 何か発見もあるかもしれないし」

「僕のアイデアも聞いてくれるの? それはありがたいなあ」

 そうした2人はお互いのアイデアについて語り合った。桜子は音桐のプロットを面白いと言ってくれた。それが本心だったのか、定かではないが、なんとしてもそのプロットの小説を完成させようという励みにはなった。

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