19話:彼はまどろみのなかで目を開く
9月1日
最近の学校は夏休みの短縮化で、8月下旬に始まったりするが、音桐の高校1年生の夏休み明けは曜日の関係できっちり9月1日から始まった。
始業式と諸々の連絡事項のあと、放課後の教室の窓辺から音桐はいつぞやの女子生徒が何かを探しているのを目撃した。いつぞやというのは、中庭での一件のことだ。あのとき絡まれていたほうの女子生徒だった。
音桐はどうかしましたか、と声をかけた。
彼女は少し慌てたような動作のあと、なんでもありませんと、誤魔化すような笑いとともに言った。
「何か探してるんですか」
彼女は少しの逡巡のあと、
「学生靴がどこかに行ってしまったようで」
と言った。きっと隠されたのだろう。だがそれを指摘するのはやりすぎだろうと、音桐には思えた。
結局学生靴は植え込みのなかに遺棄されていた。本気で隠そうと思えばもっと見つかりにくい場所はいくらでもあるように思えた。だから少し手心を加えたのだろう。本気でやったら事件になってしまうから。
その卑劣さを思うと、腹の底から何かが湧き上がってくるような感覚になった。
「実は先輩が別の先輩に嫌がらせをされていることは何度も見たんです。そしてその度に見て見ぬふりをしてきました」
彼女はあまり気に病まないでくださいと言った。
「私も同じ立場だったら見て見ぬふりしかできないと思います。それどころか、私は私を助けてくれた人にさえお礼を言うことができませんでした。あるとき冴島さんたちに絡まれてる私を助けてくれた人がいたんです」
冴島さんというのは、あの3人のうち誰かのことなのだろうか、と音桐は思った。
「私はそのとき思わず逃げ出してしまって。あとからお礼を言おう言おうとは思っていたんですが。言えないうちにその人が休学してしまったことを人伝に聞きました」
それはもしかした桜子のこと
だろうか。音桐は目の前の女生徒に尋ねてみた。
「ひょっとして、お知り合いなんですか」
「はい。友達、でいいのかな。まあ少なくとも知り合いではあると思います」
「だったら言伝を頼んでもいいですか。助けてくれてありがとうございます、と」
「はい、きっと伝えます」
その日、音桐は一本の短編小説を書き上げた。好きな小説家のモノマネにすらなっていない代物であった。それでもはじめて完結させた小説だった。
明日は文芸部の活動で、各々が夏休み中に書いた作品を見せ合うことになっている。机の上の時計を見ると時刻は午前2時を回っていた。今から眠りに就けば運がよければという前提で5時間は眠ることができるだろう。
運が良ければというのは杞憂だった。身体は思いのほか疲れていて、すぐに眠ることができた。
眠りにつく前に音桐はある考え事をしていた。
結局目の見える見えないに限らずよく見えている人は多くのことが見えていて、よく見えていない人は少しのことしか見えていないということだ。
目の見えていない人、というのはもちろん桜子のことだ。しかし彼女は自分などよりも余程世の中の大切なことが見えているような気がする。
大切なことに目がいかずにつまらないことだけを見て、それに執着していたのは、盲目なのはいつも自分のほうだった。
そんな自分の目を明かしてくれたのは桜子だった。その上で音桐は自分がそのつまらないことにこれからも拘り続けることを桜子に宣言した。
結局何も変わっていないように思えるが、音桐のなかでは以前までの感情と今自分のなかにある感情は大きく違うような気がしていた。釣り合わないから傍にいられないという感情と、友達や仲間だから、あるいは好きな人だから負けたくない、という感情はきっと全然違うはずだ。
これからの世界は、目を閉じていた自分にはとても眩しく映るのだろう。
そんなところまで考えたところで、思考は黄金のまどろみのなかに更けていった。
あとがき
ここまで読んでくださり誠にありがとうございます。一応物語はここで終了する予定だったのですが、続きが書いてみたくなったのでもう少しだけ続きます。
盲目だった少年は目を開いてしまったので、タイトルも変更しようかと思います。もしよろしければ今後ともお付き合いください。続編は下記URLから。
https://ncode.syosetu.com/n9349fd/




