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17話





「あれ星合さん? なんで音桐と? え? これ一体何の集まり」

 音桐はすでに田淵の言葉に反応するだけの余裕を失くしていた。

 桜子は唇を真一文字に結ぶと、その場を慌てて駈け出した。杖を突きながら器用に彼女は店の外まで走っていく。彼女が通路側の席に腰掛けていたのもあって、誰も止める暇はなかった。

 瑛が即座に一万円を机の上に放り出すのを合図に、瑛・楓子・音桐の順番で桜子を追って駈け出した。

「孝平、会計よろしく」と言ったのは楓子だった。


 店を出た3人だが、そこに桜子の姿はなかった。

「まずいな。あの状態で外を出歩かれるのは危険すぎるぞ」

「すいません。僕のせいですよね」

「――今そんなこと話してる場合じゃないだろ」

 音桐はその言葉にわずかに首を縦に動かした。

「――あそこだ」

 楓子が指を指しながらぽつりとつぶやく。100メートルちょっと先、市民公園の外周の街灯が照らすあたりに杖を手に走る人物が確かにいた。その後姿は間違いなく桜子だった。

「よく見付けた」

 3人揃って再び走り出す。走っている間、音桐は考えずにはいられなかった。

――追い付いたとして僕は星合さんになんて声をかけるべきなんだろうか。

 3人いっせいに駈け出したわけだが、運動神経を親の腹に忘れてきた音桐と、おそらく運動不足なのであろう瑛はあっという間に楓子から引き離された。

 そして桜子に追い付いた楓子がその右腕を掴む。

「捕まえた」

「楓子?」

 桜子がこちらを振り向きながら尋ねる。

「いやアキラちゃんもいるよ。あと『音桐さん』もいるよ」

「楓子は知ってたんだね。皆川俊なんて人が本当はいないって」

「まあ嘘ついても仕方がないし、言うよ。知ってた」

「虎尾さんも知ってたの?」

「ああ。知ってたよ」

「知らないのは、私だけってことか。どういうことなの? 音桐くんは私と同じクラスで同じく文芸部に所属していた音桐くんでいいんだよね。皆して騙される私を笑ってたの? ドッキリか何かのつもり?」

「それについては私から話そう。お前から『皆川俊』の話を聞いたとき、私がまず考えたのはそいつの口止めをしなければならないということだった。だからお前から聞いた情報で翠星高校を洗ってみたんだが、そんな人物は高校自体に在籍していなかった。

 この時点で私にはこいつが偽名を使ってることはわかっていたが、それを承知で、いやそれを利用し脅迫して無理矢理お前に付き合わせた。こいつとしては当初は1回、2回の付き合いだからというつもりで、偽名を使ったんだろう。

 こいつが何度もお前と会ってお前を騙し続けなければいけないように、追い詰めたのは私だ」

――それは違う。

 瑛が音桐を利用しようと利用しなかろうと音桐は桜子と話せることを喜んでいた。きっと『皆川俊』としてあの後も何度も彼女の病室に通っただろう。

「アキラちゃんさ」と楓子が苛立ったように言う。「フォロー下手過ぎるよ! 姉さん、私が『皆川俊』なんて人が本当にいないって気付いたのは偶然だ。『音桐さん』は私に打ち明けるつもりはなかった。当然私は言い咎めたよ。なんで偽名なんて使うんだって。

 2つだけ私からは言わせて。音桐さんが偽名を使った理由は姉さんへの悪意ではない。それと音桐さんは姉さんにいずれ真実を伝えるつもりだった。その2点だけはわかってあげて欲しい」

 自分で自分が情けなかった。自分の見栄のために嘘を吐いて、誰かを傷付けて、こんな風に女性2人にかばってもらって。

――僕も何か言わなくては。

 そう思ったつかの間桜子に機先を制される。

「音桐くん、悪いけど今日は帰って。しばらくはあなたの声は聞きたくない」

 もう二度と声を聞きたくないと言われなかっただけマシだっただろうか。




 翌朝田淵からメッセージアプリ上でのメッセージが届いていた。あのあとなんとなく起きたことを悟った田淵は「何か俺が余計なことしてしまったみたいでごめん」とだけ送ってきた。

 細かい事情を聞かれないのは助かった。

「気にするな。僕が悪い。今度会ったらできる範囲で説明する」とだけ返した。

 嫌がられるかもしれない。そう思いながらも音桐は病院に向かう足を止めることはできなかった。

 それまでの音桐であったらこうしたことがあったときに、積極的に、それも次の日から行動するということはできなかっただろう。明日にしよう。そう毎日のように思って先延ばしにしていた。桜子の休学前に彼女へ誤り損ねたのもそんな理由からだった。

 流石に気が重いせいか、病院までの道のりはいつもより長く感じた。

 いつものように桜子の病室の扉をノックすると楓子が扉から出てきた。

「悪いんだけど。音桐さんが来たら帰らせろって言われてるんだ」

 どうやら会ってもくれないらしかった。

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