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14話

 正午になったころ2人が音桐たちの元に戻ってきた。

「おかえりなさい」と孝平が言う。

「お昼ってどうするの?」と楓子。

「虎尾さんがせっかくだから海の家でなんか買ってきてここで食べようって」

「じゃあ俊君と楓子。2人で行ってきてよ」

「え、姉さんは?」

「いや私が行ってもかえって邪魔でしょ」

「孝平は?」

「楓子、悪いけど、今デッサンの仕上げをしているんだ。集中力のあるうちに書き上げたい」

「瑛ちゃん」

「忙しい」

 とりつくしまもなかった。

 結局期せずして楓子と2人きりにされてしまった

 いや期せずしてというのは自分と楓子の視点から見れば、であってほかの3人は明らかに音桐と楓子を2人きりにさせようとしていた。

 思えば今日は楓子とは一言も会話していない。早く仲直りしろということか。

 2人してうんざりするほどの長蛇の列の最後尾に並んだ。

「何買おうか」と音桐のほうから話しかけてみる。

「焼きそば、イカ焼き。あと何があるのかな」

 楓子がそう言ったように列が長過ぎてメニューすら見えなかった。

「まだその青あざ消えないんだね」

「これでも大分ましになったんだけどね」

「そいつはどうもすみませんね」

「別にいいさ。痛みもほとんどないし」

「いやごめんなさい。嫌味とかじゃなくてマジで謝りたいと思ってる。ホントごめん」

「僕のほうこそごめん。あれはどう考えても僕が悪かった」

「まあ姉さんのことだけで怒ったんなら『音桐さん』が悪いかもね。まあそれでも暴力はよくないと思うけど。本当だよ? でもあのとき姉さん8私2ぐらいで自分のためにも殴ったからさ。やっぱり私が悪いわ」

「それについても僕が全面的に悪かったよ。楓子さんが悩んでるのは知っていたのに。その上であんな言い方をしてしまった」

「まあわかったような口利いてくれるなとは思ったよ。でもそれはお互い様だよね。音桐さんの言ってることはマジで理解できないけど、でも音桐さんにとってはそれがリアルなんだよね。理解はできないけど尊重はするよ」

「実は、本当に引け目を感じているのは別のことなんだ。いや、容姿とか小説家としての才能とかそういうわかりやすいものについて劣等感を感じているのも事実なんだけど。一番は心の問題なんだ。心の高潔さというか」

「コウケツ?」

「高く潔いの高潔だよ」

「要するに正義感が強いとか、そういうこと?」

「正確には違うんだけど、それでいいよ。僕自身うまく説明できる自信がないから」

 音桐は桜子と出会ったばかりのころ目撃したあるできごとを楓子に語ることにした。


 それは入学式からまだ1週間も経っていない日の昼休みのできごとであった。

 中庭で昼食を取っているとある女子生徒がまた別の3人の女子生徒に囲まれているのが目に入った。まっとうな友人関係でないことは、囲まれているほうの女子生徒のおびえるような瞳ですぐにわかった。

 囲んでいるほうの1人が女子生徒の抱える弁当箱にペットボトルのお茶をぶちまけた。お茶漬けがどうのとわめいている。

 音桐はそれを見て絡まれている女子生徒の同情よりも先に呆れる気持ちが先に来た。高校に来てまで、それも近隣では最も進学実績の高いこの高校に来てまでこんなどうしようもないやつらがいるとは思わなかったのだ。

 周囲には中庭で外の空気を吸いながら気持ちよく食事を取りたいと思ったであろう音桐の同志たちが10余名ほどいるが、誰も目をそらすように違う方向を向いていて彼女を助けようとする素振りは見せなかった。

 しかし音桐に彼らを責める云われはない。彼もまたそのいじめを止めに入ろうとまでは思っていなかったからだ。止めに入れば面倒なことになるのは目に見えている。

 流石に彼女らに物理的力で負けるとは思っていない音桐だが(時として自己評価と現実は大きく食い違う)、いじめにそんなことは関係ない。彼女らが音桐に目をつければ、明日から音桐は執拗な嫌がらせに合うだろうし、かといって物理的な反撃に出れば悪者になるのはこっちに決まっていた。また彼女らのバックに強面の武闘派がいることも否定できない。

 それにここで彼女らに面と向かってとがめることに何の意味がある。時を変え、場所を変え、似たような行為が継続するだけだ。そんな風にひとしきり言い訳をして音桐は自分の心を落ち着かせた。

 とにかくさっさと昼食を食べたら、さり気なく中庭をあとにして、適当な教員を見付け一応このことを報告しよう。それぐらいはするのが責務だと思ったし、逆に言えばそれで十分責務を果たしたと考えていた。この辺りのことは楓子には省いて話した。あまりにも言い訳めいていて、かえって自らの魂の醜さを証明する気がしたから。

 しかしどうしてこんな人目のあるところでやるのだろうか。ほかの生徒に見せ付けたいのだろうか。自分たちの強者ぶりを、相手の弱者ぶりを。つまりこれはパフォーマンスで、裏ではもっと激しいいじめを行っているのかもしれない。ここには生徒は結構な数がいるが、かといって平素昼休みにここを通る教員はいない。多くの教員は職員室や授業の行われる教室にこの時間はいるのだ。つまりここは生徒だけにいじめを見せ付けるには絶好の場所といえる。

 食欲がなくなってきたので、3分の1ほど残した弁当箱を片付けているときだった。

 彼女らの前に歩み出る者がいた。同じクラスの星合桜子だった。囲んでいる女生徒のうちの1人が対峙するように、睨みを利かせながら桜子のほうへ1歩踏み出した。桜子はそれに物怖じする様子もなく、微動だにしない。周囲に緊張が走る。慌てて弁当箱を片付けて席を後にする者もいた。音桐は3割ぐらいの桜子を心配する気持ちと7割ぐらいの野次馬根性でその様子を見守ることにした。

「そんなことしてそんなに楽しいですか?」

「は? あなたに関係あるの?」

「はい。見ていて気持ちがいいものではありませんから」

 彼女は力強く言った。一番手前にいた女生徒が桜子の方を手のひらで押すようにして軽く突き飛ばした。

「あなた1年生でしょう。年上には逆らわないで」

 女生徒は桜子の校章の色で判断したのかそんなことを言った。

「年が上とか下とかそれこそ関係ないですよね。あなたたちのやっていることはどう見てもいじめで。私はあなたを軽蔑します」

 それを聞いた一番手前にいる女生徒が桜子に掴みかかろうとした。そのときだった。

「やめなって。なんか白けたから行こう」

 どうやら一番奥にいる派手な女生徒がそう口にしたようだった。そう言って3人は中庭をあとにした。そして絡まれていた女生徒も居たたまれなくなったのか桜子に一礼して小走りにその場を去った。

 突如として周囲の時が動き出す。桜子と一緒に昼食をともにしていた女生徒たちが彼女の元に集まり、ほかの生徒たちも口々に彼女への賞賛めいた言葉を口に出した。

 桜子は友達の勇気あるね、という賛辞に「そんなことないよ。滅茶苦茶怖かったし」と返す。そういえば彼女もまたあの時点では目を逸らしていたはずなのだ。

 恐怖を覚えながらも、他人のために行動する。それは蛮勇以上に気高い行動だと思った。そして音桐にはもはや自分の魂の弁護をするための余地は残されていなかったのだ。

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