13話
8月27日
約束通り、早朝音桐の家の前にスカイブルーの瑛の愛車が停まった。すでに車中には桜子、楓子、孝平とメンバーが揃っていた。
「虎尾さんが引率してくれるんですね。ありがとうございます」
「お前らだけで電車とかで行かれて、誰かに桜子の失明のことがばれてみろ。私たちのこれまでの苦労が水の泡だろ」
「ごめんなさい。瑛さん、私のせいで」と桜子は言う。瑛はふん、と鼻を鳴らすだけだった。
音桐たちの住んでいる市には海水浴場があるが、瑛は少し離れたところまで車を走らせると言った。市内の海水浴場では桜子のことを知っている人物がいることを危惧したのだそうだ。
いくら高校生小説家といえど、桜子の受賞したのは地方文学賞であり、地元を離れれば彼女の顔まで知っているという人物はそう多くないと予想したのだ。
「お前らもう一度確認しておくけど、今日は桜子のことを星合とか、桜子とか呼ばないでくれよ」
「なんて呼ぶんだっけ?」と楓子。
「越谷柳子だよ」と桜子が言った。
おそらく桜子の小説に登場する人物を組み合わせた名前だ。もっと縁もゆかりもない名前にしたほうがいいんじゃないかとも思ったが、瑛が何も言わないので黙っていることにした。
少し涼しくなってきたからだろうか。海水浴場は思ったほど混んでいなかった。
音桐と孝平は服の下に水着を着てきたので、荷物番をしながら女性陣の着替えを待つことにした。
「3人ともどんな水着着てきますかね。ビキニとかだといいけど」
孝平はさらりとそんなことを言った。
「相変わらずすごいね。君は」
「何がですか?」
「いやそういうことさらりと言えるところがさ。普通の中高生男子には無理だよ」
「いやだなあ。音桐さんと2人だから言うんですよ。女子の前では言いませんよ」
「いや多分君は言うよ。君はそういうやつだ。そして君みたいに欲望に忠実に振舞うより僕みたいなむっつりスケベのほうがかえって女子からは気持ち悪がられるんだ」
「そうですかねえ」
孝平は首をかしげながら言った。
それはそれとして。
「星合さんの性格的にビキニは着てこないんじゃないかなあ。虎尾さんも多分。そもそも彼女が水着を持ってきていることすら僕は驚きだけど。楓子さんについては僕には判断がつかない」
「楓子はどうですかね。俺が不在ならわかりませんけど、俺がいますからね。着てこないんじゃないかなあ。常日頃俺に肌を見せることに貞操の危機を感じるって言ってるし――お、着ましたね」
孝平が視線を向ける先には音桐たちが待つ3人の女性陣がいた。
桜子と楓子はどちらも最近見かけるようになったタンクトップ水着というやつだ。桜子はピンク基調、楓子は緑基調という違いはあるが、どちらも似通ったデザインで色違い商品なのかもしれない。
せいぜい夏場の部屋着程度の露出度だがほとんど入院着と制服ぐらいしか見たことがない桜子のこうした姿が見れたことは素直に嬉しかった。
瑛は上半身には『ノックスの十戒』と書いた変なデザインのTシャツを着ており、下半身はパレオに包まれていた。全体的な露出度は低いが、パレオから伸びる左足に思わず目が行きそうになった。後が怖いので全力で見ないようにしたけれど。
「さてと」と言って瑛は荷物を背もたれ代わりに腰掛けるとノートパソコンを開いた。
「うわ、瑛ちゃん海まで来て執筆?」
「来月末に短編の枠が余ってるからって依頼されたんだよ。第何候補か知らないけどな。まあ何を書くかもまだはっきりしてないんで、書く場所変えれば気分転換ぐらいにはなるかと思ってお前らの引率を引き受けたんだ」
「でもこんなところでノートパソコン使ってたら砂入るんじゃないですか」
「大丈夫だろ。今日そんな風強くないし。それにこれ昔使ってたやつで、今は押入れの肥やしになってるやつだから」
なるほど、と音桐。
「虎尾さん、よろしければどうぞ」
そう言って孝平は自ら持ってきて組み立てた持ち運び用の椅子を瑛に勧めた。
「ありがとう。お前使えるやつだな。なんて名前だっけ」
「湯島孝平です」
「楓子と付き合ってるの?」
「いずれはそのつもりです」
何言ってんのよ。そう言いながら楓子は孝平の頭をぼかりと殴りつける。
「じゃあ姉さん、とりあえず泳ごう」
そう言って楓子は桜子の手を取って海へと駆けていった。
「僕らはどうする」と音桐は横に立つ孝平に声をかける。
「うーん、あそこに割って入れる気はしませんねえ」「だよなあ」
結局瑛はノートパソコンで執筆、孝平は鉛筆でデッサン、音桐は部誌に載せる小説の構想を練りながら時折3人で一文字ずつ多くなるしりとりをして正午まで過ごした。ちなみにしりとりは瑛の圧勝だった。さすがは作家の語彙力といったところだろうか。




