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5日目(4)

「お前や王妃に何を言われても、私はまだ結婚しないからな」


 ロクサーヌのごはんと水を持って調理場から戻ってくると、部屋の扉を開けた途端、ロキオ殿下はワインを片手にこちらを睨んだ。


「分かっております」


 私は目を伏せて頷いた後、食事台の前で待っていたロクサーヌの元に向かう。

 ワインで少し酔っ払っているらしいロキオ殿下のお世話はスピンツ君に任せよう。


「ロクサーヌ、お待たせ。温めてきたわ」


 熱過ぎても舌を火傷してしまうので、人間にとってはぬるいくらいに温めた水とごはんを食事台に置いた。

 ロクサーヌはすぐにごはんに口をつけたが、がつがつと二口食べると顔を上げ、じっとこっちを見る。


「なぁに? 温かいでしょ?」


 ロキオ殿下も同じ部屋にいるので小声で話す。殿下は今度はスピンツ君に絡んで、「もっとワインを」と要求し、「もう駄目です」と断られている。スピンツ君、その調子だ。


「どうして食べないの? 今度は何が不満?」


 二口だけで食べるのをやめてしまったロクサーヌに言う。昼間と同じごはんだし、昼間と同じように温めたのに、何が嫌なのだろう。

 私が首を傾げていると、ロクサーヌは察しが悪い私に怒って「ヒャア」とか細く鳴いた。ロクサーヌは何か要求がある時も、「ニャー!」ではなく「ヒャア」と細く小さな声で鳴くのだ。耳を澄ましていないと聞こえない。


「何かしら? 昼間と同じはずなのに」


 そう言ってから、はたと気づいた。

 もしかしてロクサーヌは、昼間と同じように、ごはんを食べた時に褒められたいのではないだろうかと。


 私はちらりと後ろを振り返った。ロキオ殿下はまだスピンツ君に絡んでいる。二人は「まだ飲み足りない」「もう十分飲んだじゃないですか!」などとうるさく言い合っているので、私が少し喋ったって気づかないだろう。


「よしよし、ロクサーヌ。頑張って食べようね」


 小声で話し、頭を撫でると、ロクサーヌはそれを合図に再びごはん皿に顔を近づけた。


「いい子ね、偉いわ」


 褒め続けると、ロクサーヌは機嫌よくごはんを食べてくれる。あまり人に構われたくないタイプの子かと思っていたし、実際一人でいるのも好きなようだが、甘えん坊なところもあるのかもしれない。


「お水もちゃんと飲んで偉いわね。なんていい子なのかしら。美味しい?」


 私の問いかけに、ロクサーヌはごはんを食べながらウニャウニャ鳴いた。ごはんの間はどれだけ撫でても嫌がらないので、ここぞとばかりに柔らかな長毛を堪能する。こんなに幸せな仕事があっていいのだろうか。

 

「もう半分も食べられたわね! すごい!」


 美味しそうにごはんを食べるロクサーヌを見ていると嬉しくなって、思わず私の声も大きくなってしまった。

 背後で交わされていたロキオ殿下とスピンツ君の会話がピタリと止まる。

 いけない、大きな声を出し過ぎたと、私はロクサーヌを撫でる手を止めて恐る恐る振り返った。


「何をはしゃいでいるんだ、お前は」


 不可解なものを見たかのように、ロキオ殿下は片眉を上げている。

 私は誤魔化すように咳払いをして、取り繕った。


「いえ、何でもありません」

「何でもなくないだろう。何だ、今の甘ったるい声は」


 ロキオ殿下はワイングラスをテーブルに置いてから続けた。


「お前は愛想がないと思っていたが、ロクサーヌ相手ならそんなふうに話しかける事もできるんだな」


 口角を上げて笑うと、からかうように言う。

 私は赤面しながら言い訳する。


「ち、違います。ロクサーヌは褒めてあげるとごはんをよく食べるようなので、彼女の気分が盛り上がるようにわざと高い声を出していただけです」

「褒めるとよく食べる?」


 ロキオ殿下も前からロクサーヌの食の細さは気にしていたようで、私の言葉を聞いて立ち上がった。どうやら私からロクサーヌに興味を移してくれたようだ。

 こちらにやって来たロキオ殿下に説明を続ける。


「そうです。そばについて褒めてあげないとあまり食べないんです」

「わがままな姫だな」


 ロキオ殿下はロクサーヌを溺愛している様子で、仕方がないなと言うように愛猫を撫でた。


「それと、スピンツ君にはもう言ったのですが、ロクサーヌは冷たい水や冷めた食事を取るのは嫌なようです。少し温めてからあげると自分から進んで口をつけてくれます」

「そうか、なるほど。それは気づかなかったな。猫でも冷めた食事は嫌なのか。そう言えば出来たての朝の食事は昼や夜と比べるとよく食べていたな」


 殿下に続いて、スピンツ君がロクサーヌを指して話し出す。


「あ、本当にエアーリアさんが褒めるのをやめたら、ロクサーヌも食べなくなっちゃいました」


 ロクサーヌは口元を舐めながらも食事はやめ、こちらを見上げている。


「ロクサーヌ、ほら、食べろ」


 ロキオ殿下は指先でロクサーヌの頭を掻くように撫でた。しかしロクサーヌは食事を再開しようとはしない。


「殿下、褒めてあげないと駄目ですよ。それに声の高さも重要なんです。ロキオ殿下は声が低いので、子どもに話しかけるように、もっと高い声を出された方がいいと思います」

 

 私が言うと、ロキオ殿下はロクサーヌを褒めようと軽く唇を開いた。


「い……」

「い?」


 いい子? 

 と言おうとしてる?

 そう思って待ってみたけど、殿下は迷うように何度がぱくぱくと唇を動かして、最終的に何も言わずにじわっと頬を赤くしただけだった。

 高い声を出すのが恥ずかしいのだろう。確かにロキオ殿下の猫撫で声なんて想像ができない。


 だけどこんなふうに照れているロキオ殿下を見られるのは貴重だ。

 それに普段の態度が意地悪で高慢なだけに、ちょっと可愛い。


(可愛い?)


 自分の頭に浮かんだ言葉を、疑問形で繰り返す。

 そしてスピンツ君がさっき、ロキオ殿下の事をずるいと言っていた事を思い返した。最初のイメージが悪過ぎるから、ちょっとお礼を言っただけでもいい人になる。だからずるいと。


「もういい。ロクサーヌの食事の事はエアーリアに任せる。私はロクサーヌの食事の時にいつもそばについていてやれるわけではないからな」


 ロキオ殿下は顔を赤くして照れたまま、だけど照れてなんかいないという強気な顔をして立ち上がると、足早にテーブルの方に戻っていってしまった。

 うん、やっぱり、ちょっと可愛い。


(いつもあんなふうに可愛げがあるといいのに)


 私はロキオ殿下に無愛想と言われた自分の事を棚に上げて、そんな事を思ったのだった。

 


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