5日目(2)
「マナとリィンが侍女を辞めた? そんな……急にどうしてです?」
困惑しながら尋ねる。
「知らない。仕事が嫌になったんだろう」
「そんなはずはないです。仕事は楽しそうにやっていましたし、二人はロキオ殿下に仕えられる事を喜んでいました」
「とにかく私は知らない。本人が辞めたいと言うから承諾しただけだ」
「理由をお訊きにならなかったのですか?」
責めるような口調になってしまった。
けれど二人が辞めたいと言い出したのには必ず何か理由があるはずなのに、そこを気にしなかったロキオ殿下は冷たいように思えたのだ。
ロキオ殿下は一度横目で私を見たけれど何も答えてはくれなかったので、質問を変えた。
「マナとリィンはどこに? もう城を出てしまいましたか?」
「……今頃は荷物をまとめているだろう」
すぐにスピンツ君が来ると思ったので、私は失礼を承知でロキオ殿下の食事の世話を放り出し、部屋を出た。
スカートを持ち上げながら廊下を走り、二人の寝室に向かう。私を含めた侍女たちは、城の一角に部屋を貸し与えられているのだ。
二人はちょうど荷物を持って部屋を出たところだったようで、私は廊下で彼女たちを見つける事ができた。
「マナ! リィン!」
「エアーリアさん……」
二人は意気消沈している様子だった。
「ロキオ殿下に話を聞いて来たの。侍女を辞めると聞いたけど、一体どうしたの?」
私が尋ねると、マナとリィンは二人で顔を見合わせてから、真実を話す事をためらいつつも説明を始める。
「〝辞める〟んじゃないんです。正確に言うと……クビになったんです」
「どういう事? 二人は解雇されるような事を何かしたというの? それともロキオ殿下から一方的にそう言われたの?」
「いえ……」
二人はまた顔を合わせて、仕方ないといった様子で話し出す。まず口を開いたのはリィンだ。
「解雇されるような事をしたかと訊かれれば、したのかもしれません。でも私はそんなに問題になるとは思っていなくて」
「何をしたの?」
些細な事で侍女を辞めさせられたというのなら、恐ろしいけれどロキオ殿下に一言言わねば、と考えながら尋ねる。
するとリィンはいたずらっ子のように眉を下げて笑い、こう答えた。
「想いを伝えてしまったんです。ロキオ殿下に、『お慕いしています』って」
「……そうなの。けれどそれだけで辞めさせられるというのは、ロキオ殿下は少し厳しすぎるわ」
ロキオ殿下の気持ちも分からないではない。自分はそんな気は一切ないのに、相手は自分を好いている。そしてその相手とは仕事で毎日顔を合わせなければならない、というのは確かに気まずいから。
でも、それでも……。
「いえ、いいんです」
リィンは困ったように笑って言う。そのつつましい態度に、私の方が泣きそうになってしまう。この失恋が心の傷になったりしなければいいのだが。リィンにはロキオ殿下よりふさわしい男性がきっと現れるだろう。
そんな事を考えながら涙をこらえていると、その様子を見ていたマナが口を挟んできた。
「エアーリアさん。もしかしてリィンに同情しているんですか? そんな必要はないですよ。だってこの子――」
「ちょっと!」
マナの口をリィンが素早く塞ごうとするが、マナはそれより早く喋る。
「リィンってば、ロキオ殿下が仮眠を取ると言って寝室に戻られた時に、後をついて一緒に部屋に入って殿下を押し倒したんですよ! 信じられないです!」
「押し倒した……?」
「もう! 言わないでよ。失敗した今となっては恥ずかしいわ。ほら、エアーリアさんも固まってる」
リィンは顔を赤くしてマナを睨んでいる。
「押し倒した、とは?」
私はぎこちなく言った。
するとリィンは私の反応を笑って、羽織っていたショールをするりと肘の辺りまで落とし、大きく開いたドレスの胸元を私に見せつけた。
「分かるでしょう? 自分の武器を使っただけです」
「武器って……」
今度は私が顔を赤くして、あわあわと口元を手で覆った。
胸元の開いたドレスは最近の流行りでもあるし、リィンはそういうデザインのものをよく着ているけれど、それはロキオ殿下にアピールするためだったのだろうか?
狼狽している私をからかおうとしたのか、リィンは胸元を見せつけたまま私にそっと抱きついてきた。
「お慕いしています、ロキオ殿下……」
そして小柄なリィンは、上目遣いで私を見上げてうっとりと言う。
「わ、分かったわ。もういいから。あの、再現しなくても」
つまりリィンは、純粋な想いを控えめに伝えただけではなかったのだ。王子を押し倒すなんてどうかしている。
私が頭を抱えていると、今度はリィンがマナのあり得ない行動を暴露した。
「だけど私よりマナの方が酷いですよ。マナったら、ロキオ殿下に呪いをかけようとしたんです」
「呪いですって!?」
私は絶句する。マナが慌てて口を挟んできた。
「呪いじゃないわ! そんな事するものですか! 私がやろうとしたのは、ただの可愛い恋のおまじないよ」
「マナ……恋のおまじないって、何をしようとしたの?」
恐る恐る尋ねる。
「大した事じゃありません。ただ、ロキオ殿下の食事に私の髪を一本混ぜようとしただけです。おまじないの本に『そうすれば相手はあなたを好きになるでしょう』と書いてあったので」
絶句している最中に、さらに言葉を失う事になるとは思わなかった。
私が何も言えないでいると、リィンが再び喋り出す。
「マナは料理人にそれを頼んでいたんですよ。分からないよう、料理に髪を混ぜてほしいって。当然料理人は断ってロキオ殿下に報告したので、それでマナも侍女を辞めさせられたんです」
「マナ……」
私はおでこに手を当てて目をつぶった。頭が痛い。
今やっと、ロキオ殿下が二人を解雇した事に納得した。
リィンのように悪い意味で行動力のある女性をそばに置いておいては、殿下は安心して眠れないだろう。想いを伝える事も、自分の魅力をアピールする事も罪ではないけれど、押し倒すのはやり過ぎだ。もう少し相手の身分と自分の立場を考えるべきだった。
それにマナ。彼女は論外だ。食事に異物を混ぜようとしたなんて。
侍女は、やろうと思えば主人の食事に毒を混ぜる事も、金品を盗む事も、主人の寝首をかく事もできる。
けれどそんな事はしないと信頼されてそばに置かれているのだ。なのにリィンもマナも今回の行動でロキオ殿下からの信頼を失ってしまった。
マナとリィンは肩を落として言う。
「反省してます。でも、もう一年もお仕えしているのに、ロキオ殿下は一向に私に好意を持って下さる様子がなかったので、思わずおまじないに頼ってしまっただけなんです」
「私だって反省してます。もしかしたらチャンスがあるかもって思っただけで」
是非、そのまま反省していてほしい。
「あなたたち二人、仕事を失っただけでよかったとロキオ殿下に感謝すべきよ。特にマナはもっと重い処罰を受けてもおかしくなかったのよ」
しかも二人は貴族令嬢なので、仕事を失ったと言っても路頭に迷う事はない。実家に帰り、予定より少し早めに結婚するだけだ。
私の言葉にはマナもリィンも素直に頷いた。
「ロキオ殿下には感謝しています。殿下は、私たちの親だけには今回の私たちの行動を報告するとおっしゃいましたが、他の者には言わないと約束してくださったんです。表向きは、私たちの方から望んで仕事を辞めたという事にしてやると」
「あなたたちのよくない噂が広まらないように配慮してくださったのね。だから私にも『二人は〝辞めた〟』と説明された。きっと、マナもリィンも悪意があったわけじゃないとは分かっていてくださるのよ」
特にマナの行動は悪気がないからと言って許されるわけではないけれど、でもロキオ殿下は許す事にしたのだろう。
「本当に助かりました。今回の事が明るみに出れば、婚約者との結婚の話も無くなってしまう可能性がありましたから」
「婚約者? 二人ともすでに婚約者がいたの? それなのにロキオ殿下に迫ったの?」
リィンに詰め寄ると、バツが悪そうに答えた。
「だって、一人の人しか愛してはいけないという決まりはないですし」
リィンは『愛』だと言うが、おそらく二人の想いは『恋』にもならないただの『憧れ』だったのだろう。
だから今も深くショックを受けている様子はない。自分たちの計画が上手く行かなかった事、あわよくば王子の恋人になれればという夢が破れた事に、肩を落としているだけだ。
「エアーリアさんもこの事は内緒にしてくださいね。お願いします」
か弱いうさぎのように二人は私を見つめてくる。
私は彼女たちがただの可愛いうさぎではないと分かっていたけれど、ため息をついて頷いた。
「ロキオ殿下がそうなさるのなら、私もそうするわ。でも、婚約者の事を嫌っていないのなら、二人ともこれからは行動に気をつけるのよ。お嫁に行き遅れたくないならね」
「そうします。ありがとうございます、エアーリアさん」
「恩に着ます! 短い間でしたけど、お世話になりました」
二人は安心したように笑顔になって、こちらに手を振りながら、荷物を抱えて廊下を去っていった。
何と言うか……強い二人だ。