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37日目(9)

 王妃様の部屋を出た私は、ロキオ殿下を追いかけて、昼食会が行われていた庭へと向かった。

 庭にはもうほとんど貴族たちは残っておらず、片付けのために使用人たちが慌ただしく動いているだけだった。

 

「あ、いた」


 ロキオ殿下は私の家族を無事に捕まえたようだ。片付けをしている使用人たちから離れたところで、五人が固まって何か話している。

 ロキオ殿下が結婚の事を話したのだろうか、父や母は驚いている様子で、ミリアンやミシェルも目を丸くしていた。


「ロキオ殿下!」


 私が息を切らせて殿下に駆け寄ると、殿下は甘く笑って私の腰を抱いた。それを見たミシェルは唖然として口を開ける。

 ロキオ殿下と父は、私に向かって順番にこう言った。

 

「今、伯爵たちにも話をしたところだ」

「聞いたよ、エアーリア。とても喜ばしい事だが、あまりに突然の事で驚いた。全くそんな素振りは見せなかったのに」

「驚かせてごめんなさい。でも、はっきりと心を決めたのはついさっきの事なのよ」


 父はロキオ殿下の事をちらりと見た後で、心配そうな顔をして私に尋ねてきた。


「エアーリアは本当にロキオ殿下の事が好きなんだね?」


 確認するように言う。殿下に無理に結婚を迫られた可能性を考えて、心配してくれているんだろう。父たちにとっては本当に突然の話だから。

 私は家族を安心させようと答える。


「ええ、もちろんよ」


 照れ臭くて、もごもごとした小声になってしまった。だけど真っ赤になっている顔を見れば、みんな私が嘘をついているのではないと分かってくれるだろう。

 母は「おめでとう、エアーリア」と静かに言って抱きついてきた。


「私もびっくりしたし、相手がロキオ殿下である事にも驚いたけれど、こんなに光栄な事はないわ。それにエアーリアが幸せならそれが一番だわ。好きな相手と結婚できる幸せを、エアーリアが掴んでくれたのなら」


 母は涙を流して過去を振り返り始める。


「あなたを引き取った時の事を、昨日の事のように思い出すわ。あの小さな女の子が結婚するなんて……。あの真面目で、勉強熱心で、私たちにわがままの一つも言わなかった〝いい子〟のエアーリアが……こうやって自分の意思で好きな人を見つけてくるなんて……本当に良かったわ」

「か、母さま」


 ハンカチを涙で濡らし始めた母の背を撫でる。けれどこんなに泣いてくれるとは思わなかったから嬉しくもある。

 私がずっと〝いい子〟でいた事、決してわがままを言わなかった事、母や父ももしかしたら少し寂しかったのかもしれない。

 私ももっと、自分の本音を両親に話した方がよかったのだろうか。寂しい時は寂しいって言えばよかったのかな。そうしたらもっと違う関係を築けていた?

 何が正解だったのかは分からないけど、今はもう私の中に寂しさはない。心の中の壊れた硝子の入れ物は、ロキオ殿下がいつの間にか直してくれたから。


「ありがとう、母さま、父さま」


 そして母が落ち着くと、今度はミリアンが口を開いた。


「僕もびっくりしたけど、でもよく考えれば、姉さんはいつもロキオ殿下を庇ってたよね。優しい方だって言って……」

「そうなのか?」


 ロキオ殿下が嬉しそうに頬を緩めた。しっぽがあればきっと揺れているだろう。スピンツ君はよく子犬のように見えるけれど、ロキオ殿下も今は少し犬っぽく見える。


「いや、あの……」


 私の頭やこめかみに何度もキスをするロキオ殿下を止めようとする。家族の前ではやめてもらいたい。

 父や母は「仲が良いのね」と笑っていたものの、ミシェルはまだ私たちの突然の結婚宣言に納得いかないようだ。


「殿下! 姉さまが嫌がっています!」


 そう言って私の腕を引っ張り、ロキオ殿下から私を引き離した。そしてぎゅっと腕を抱いてくる。

 しかしロキオ殿下も負けていない。高圧的に、上から目線でミシェルを見下ろす。


「愛する人間にキスをされて嫌がるはずがないだろう。なぁ、エアーリア?」


 言いながら私をミシェルから取り返し、二度と奪われないよう、ぎゅううと強めに抱きしめる。

 ミシェルは「子どもみたい」と口をとがらせ、殿下を睨む。


「ロキオ殿下、本当に姉さまを愛しているんですね? 絶対に姉さまを幸せにしてくださいますか?」

「当たり前だ」

「姉さまに乱暴な事を言ったりしないでくださいね! もしも姉さまを泣かせるような事があれば、私は殿下の事を許しません!」

「泣かせたりしない。エアーリアはこれからは私の隣で笑って過ごすのだ。私は、お前たちよりエアーリアの事を幸せにできる。何故なら私はお前たちとは違って、エアーリアの事を何よりも一番に想っているからだ。彼女より大事な人間はこの世にいないと思っている」


 私の家族に対して宣戦布告するように殿下は言った。

 父や母は意表を突かれたかのようにまばたきをし、一瞬息をのむ。

 ミシェルも一度言葉をつまらせたけれど、すぐに気を取り直して返す。


「……絶対ですよ!」

「しつこい奴だ」


 睨み合う二人を、ミリアンが「まぁまぁ」となだめる。私も殿下に抱きしめられたまま、ミシェルに声をかける。


「ミシェル、心配してくれてありがとう。だけど私は、ロキオ殿下ときっと幸せになるわ」

「姉さま……」


 うるうると瞳をうるませるミシェルを抱きしめたいけど、ロキオ殿下拘束されているのでできない。


「今までありがとう。ミシェルもミリアンも、私の事を本当の姉のように思って接してくれて」

「だって、本当の姉だもの!」

「そうだよ」


 双子にそう言われると、私の涙腺もついに決壊して、ドバッという効果音がつきそうな勢いで涙が溢れ出てきた。


「私も二人の事を本当の妹と弟だと思っているわ。血は繋がっていないから、本当は少し……寂しい思いをした事もあるけれど……でも、父さまも母さまも含めて、私たちは家族よ。これからもよろしくね」

「ねえざまぁー!」


 ドバドバと涙を流しながら、ミシェルが私に抱きついた。私も抱擁に応えようとするが、やはりロキオ殿下が離してくれないので、私を挟んでロキオ殿下とミシェルが抱き合っているようなおかしな図になる。


「ほらほら、落ち着いてミシェル」


 ミリアンは冷静にミシェルを私たちから引き剥がすと、こう言ってミシェルの気を引いた。


「泣いている場合じゃないよ。結婚式の事を考えないと。姉さんが着るドレスのデザインを考えなきゃ」

「あっ! そうね! 素敵なものを作ってもらわなきゃ!」


 しかしロキオ殿下がそこで言葉を挟む。


「待て。エアーリアに着せるドレスは私が決める」

「でも私の方が姉さまに似合うデザインを分かっています!」

「いや、私の方が分かっている!」


 またもや言い争いが勃発してしまった。しかししばらく放っておくと、二人が思い描いているドレスの形がよく似ているという事が分かり、やがて「二人で協力する」という事で丸く収まった。

 ミシェルとロキオ殿下はがっしりと握手を交わして不敵に笑う合う。


「ロキオ殿下とは意見が合うようです」

「ああ、意外とな。近いうちにまた城に来い。ドレスの打ち合わせをしなければ」

「はい。そうしましょう。いくつかデザイン案を考えて持ってきます」


 ミシェルとロキオ殿下が手を組んでしまった。私は別にドレスにこだわりはないので勝手に決めてもらっていいのだが、この二人の事はもう止められそうにない。


 そして私の家族は、私の結婚を喜びながら帰路についた。父や母はロキオ殿下の言葉に何か感じるものがあったのか、最後は少し寂しそうな、複雑そうな顔をしていたようだった。

 城から去っていくアビーディーの馬車を見送りながら、ロキオ殿下がぽつりと言う。


「彼らはエアーリアの事を一番には愛してくれなかったかもしれないが、悪い人間ではないな」

「ええ、私の事を大切に想ってくれています」


 私は頷き、ロキオ殿下を見上げた。


「だけどロキオ殿下も大切に想われています。王妃様や国王陛下は、ロキオ殿下の事を愛しておられるのです。だから私との結婚も心から喜んでおられました。それにイオ殿下やシニク殿下も、結婚の事を知ればきっと喜んでくださるでしょう。お二人には、実は前にロキオ殿下の事を『よろしく頼んだ』とも言われていたのです。イオ殿下もシニク殿下も、兄としてロキオ殿下の事を気にかけておられます」

 

 そう言うと、ロキオ殿下は目を伏せて笑った。


「そうだな。私も、全く愛されていなかったわけではない。ただ欲張りだから、それくらいの愛では足りなかったのだ」 

「欲張りと言うなら、私もそうです」


 ふふふと笑って、ロキオ殿下の手を握る。


「たくさん愛して、たくさん愛されなければ、満足できないのです」

「心配するな。溺れるほどの愛を与えてやる」


 殿下は薄い青の目を細めて、私に口付けた。

 しかしその時、背後から「あぁー!」という叫び声が聞こえて、私は慌てて殿下から唇を離した。

 振り向けば、スピンツ君がそこにいた。


「無理矢理しちゃ駄目ですよ、殿下!」

「無理矢理じゃない。私たちは相思相愛だ」

「え? 本当ですか?」


 スピンツ君は私の方を向いて言った。ロキオ殿下の言葉はいまいち信用できないようだ。


「そうなの……」


 私は恥ずかしがりつつ言うと、その途端にスピンツ君は瞳を輝かせた。


「えー、いつの間に! でもやった! やったじゃないですか、殿下! 僕も嬉しいです!」

「分かった分かった。うるさい」


 はしゃぎ回るスピンツ君にロキオ殿下が言う。でもロキオ殿下も嬉しそうだ。


「やったー!」


 スキップでもしそうなスピンツ君と一緒に、私たちは笑って、ロクサーヌが待つ部屋に戻ったのだった。


次話(最終話)は明日の22時に投稿します。

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