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寂しい侍女は、高慢王子の一番になる  作者: 三国司
建国祭編

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37日目(8)

 私はロキオ殿下に腕を引かれながら、廊下を早足で歩いていた。


「殿下、私まだ心の準備が……」


 王妃様と相対する勇気がなかなか出てこない。サベールの王女と結婚する予定のロキオ殿下を好きになってしまったと、どんな顔をして白状すればいいのだろう。

 しかしロキオ殿下は「心の準備など必要ない」と言う。


「エアーリアは何も言わなくていい。王妃は私が説得する」


 そしてあっという間に王妃様の私室に着いてしまった。扉の横に立っている近衛騎士は、王妃様の息子であるロキオ殿下や、王妃様の元侍女である私を止めてくれはしない。ロキオ殿下は強く扉を叩いた。


「ロキオです。話があります!」


 王妃様はすでに昼食会の行われた庭からこちらに戻ってきていたようで、中から「入りなさい」と返事が返ってきてしまう。


「珍しい事、ロキオがここに来るなんて。しかもエアーリアと。……何事かしら?」


 王妃様は、ロキオ殿下が私の手を掴んでいるのをちらりと見た。

 私は慌てて頭を下げる。


「王妃様、急に申し訳ありません。それに国王陛下も……」


 部屋には、王妃様の夫である国王陛下もいたのだ。

 国王陛下はイオ殿下やシニク殿下とよく似た優しげな顔をしているが、今はその垂れ目を少し見開き、突然現れた私たちを見つめて言った。


「一体、どうしたのだ」


 部屋には、ちょうど侍女たちはいない。いるのは王妃様と国王陛下とロキオ殿下と私だけだ。

 王妃様はいつもお茶をする時に座っているきらびやかな丸テーブルに座っていて、国王陛下はその隣に座っていた。

 二人の前で緊張している私とは違い、ロキオ殿下は堂々と、しかし唐突にこう宣言した。


「私はエアーリアと結婚します」


 国王陛下は驚いたようにまばたきをし、王妃様は目を細めた。扇を開いて口元を隠しているので、笑っているのか、不快に感じているのかは分からない。

 ロキオ殿下は続けた。


「王妃、あなたの立てた計画の事は知っています。私をサベールの王女と結婚させようとしている事も。ですが、私はサベールの王女と結婚する気はありません。大体、どうしてサベールなのです?」


 私の手を離さないまま、殿下は王妃様や国王陛下を問い詰めるように話す。


「あの国とはずっと友好関係が続いていますし、交流も繋がりも十分にあります。これ以上繋がりを強める必要性が感じられない。脅威でもなければ、我々に大きな利益をもたらしてくれるわけでもないのに」

「急に何を言い出すかと思えば……。ロキオ、お前のエアーリアに対する想いは本物なの?」


 王妃様はロキオ殿下の疑問には答えず、逆に尋ねてきた。


「恋とは最初が一番楽しいものよ。お前は今、熱に浮かされているだけではないの? きっとそのうちその熱は冷めてしまうわ」

「そんな事はない!」


 王妃様の冷たい言葉を、ロキオ殿下は熱く遮った。


「単に熱に浮かされてこんな事を言っているわけではありません。自分の気持ちは自分でよく分かっています。少なくとも、私にあまり興味がなかったであろうあなたにそんな事を言われる筋合いはない」

「で、殿下……!」


 強い言葉を使うロキオ殿下。私はただおろおろと殿下と王妃様の間で視線をさまよわせる事しかできなかった。二人は同じつり目の青い瞳で相手をじっと睨んでいる。

 やがて王妃様は扇を閉じてテーブルに置いた。


「あまり自分に興味を持たれていないと、お前がそう感じている事は分かっていたわ。わたくしや陛下は、お前の事を兄王子たちほど愛していないと思っているのでしょう?」

「それが事実でしょう」

「お前たち……」


 睨み合う母子を落ち着かせようとしたのか、国王陛下が口を挟みかけたが、王妃様はロキオ殿下を見て続けた。


「そうね。事実だわ。わたくしたちはイオを一番に愛し、その存在を一番に気にかけて育てた。二番目はシニク。そしてロキオは三番目だった。けれど……」


 王妃様はそこで少し迷うような仕草を見せたが、国王陛下と一度目を合わせると、また口を開いた。


「わたくしたちがイオを贔屓していたのは、あの子が次の国王になる子だからよ。それはロキオも分かっていたはず。お前たちへの接し方に差をつけたのは、イオが後継者であるという事を周りにもしっかり印象づけるため。そうする事で、王位継承争いの可能性を減らそうとしたの」

「何が言いたいのです? 子どもに愛を平等に与えなかったのは、理由があったから仕方がないと?」


 ロキオ殿下はすぐにそう反論したが、次には声を抑えて静かに言う。


「そんな言い訳してもらわなくても、私はもう気にしていません。もちろん、子どもの頃は恨めしく思ったりもしました。それに、成長するにつれ二人の思惑は理解できるようになったものの、今日まで『平等に愛されたかった』という気持ちは消化できていませんでした。ですが――」


 そこでロキオ殿下は隣りにいる私を見て、穏やかに笑った。


「ついさっき、もうそんな事は気にならなくなったのです。何故なら私には、今はエアーリアがいますから」


 繋いだままのロキオ殿下の手は温かい。


「エアーリアとの結婚を許してくださるなら、私は今まで通り、ちゃんとイオ兄上を支えます。第三王子としての立場を崩したりはしません。けれど私からエアーリアを取り上げるのなら、私は逆上してしまうかもしれません。今までのように二人の望む通りには行動できないでしょう。別に王座に興味はないですが、エアーリアを失えば私がどんな行動を取るかは自分でも分かりません」


 私はあんぐりを口を開いてロキオ殿下を見た。私と結婚するために王妃様や国王陛下を脅すなんて、度胸があるというか怖いもの知らずというか……。

 けれど王妃様も国王陛下も怒る事はなかった。国王陛下は苦笑いしていて、王妃様は深くため息をついてこう言う。


「お前はとんでもない子ね、ロキオ。性格までわたくしにそっくりだわ」


 呆れているようにも見えるけれど、私には、その声には情が滲んでいるように思えた。

 そして王妃様はロキオ殿下を改めて見つめて言う。


「わたくしたちを脅さなくても、ロキオが逆上するような事にはならないわよ。わたくしたちはお前からエアーリアを引き離したりはしませんからね」

「え? でもサベールの王女様との結婚は……」


 私は思わず尋ねていた。王妃様はロキオ殿下から私に視線を移して、端的に言う。


「あれは嘘よ」


 王妃様は嘘を白状する人間にそぐわない高慢な態度で、つんと顎を上げて続けた。


「サベールの王女とロキオとの結婚話なんて無いわ」

「ええぇ!? 何故そんな嘘を……」

「お前を騙すためよ、エアーリア」

「わ、私ですか?」


 王妃様は動揺する私に少し表情を緩めてから、説明する。


「騙して悪かったわ。けれどわたくしは、きっとお前とロキオなら上手くいくと思ったのよ。二人は一見正反対のようで、とても似ている。同じ寂しさを抱えていると思ったから、エアーリアはロキオを愛してくれるだろうし、ロキオはエアーリアを愛するだろうとわたくしは考えたのよ」

「つまり王妃様は私とロキオ殿下をくっつけるために偽の計画を立てて、それに私を協力させたという事ですか?」

「そういう事よ。単純に結婚相手としてエアーリアにロキオを勧めても遠慮するだろうし、ロキオにエアーリアを紹介しようとしても嫌がると思ったから、わたくしは頭を悩ませたのよ。それでエアーリアをロキオの侍女にして、物理的な距離をまず縮める事にしたの。相手の事をよく知らなければ、恋は始まりそうになかったから。二人とも相手の容姿だけを見て一目惚れするようなタイプではないでしょう?」


 私は困惑しつつ尋ねた。


「でしたら……私をロキオ殿下の侍女にしたかったのなら、わざわざサベールの王女様まで持ち出して偽の計画を作らなくても、ロキオ殿下の侍女の指導と手伝いのためという表向きの理由だけで十分だったと思うのですが……」

「お前はすごく奥手なのに、本当にそれだけで恋が始まると思う? 『ロキオを誘惑する』という任務を与えておかなければ、エアーリアは最初から恋愛の扉を閉ざして侍女に徹し、ロキオを恋愛対象として意識する事はないと思ったのよ。お前は真面目だし、自分を卑下しているからね。自分のような人間が主に恋慕するなんていけない、あり得ないと考えていそうだったし」


 それはその通りかもしれない。私が王族の主と恋をするなんて考えられなかった。


「……もっともエアーリアはわたくしが与えた任務を全うする気はなかったようだけど、でも『ロキオを誘惑するという命令を受けた』というだけでも、相手を見る目は違ってくるでしょう? 多少は異性として意識するはずよ。それにすでに決まっている結婚話という障害があった方が、エアーリアとロキオ、二人の気持ちの真剣さも計る事ができる」


 王妃様は楽しそうに笑って続ける。


「今、二人でここに来て、わたくしたちに結婚の許しを得ようとしているという事は、それだけ二人の想いは本気なのね。嘘のように聞こえるかもしれないけれど、わたくしはロキオの事も、エアーリアの事も大切に思っているのよ。……まぁ、少しこの計画を楽しんでいた節はあるけれど、二人に幸せになってもらいたいと思う気持ちは本当なの」


 王妃様はそこで優しく目を細めた。そういう表情をすると、まるで普通の母親みたいだ。

 けれどロキオ殿下は複雑そうな顔をしている。王妃様がロキオ殿下の事を大切に想っていると言葉にしたのは嬉しいはずだけど、そう簡単には絆されたくないのかもしれない。

 やがてロキオ殿下はハッとして言った。


「そうだ、アビーディー伯爵たちにも結婚の許しを得なければ! まだ帰っていないといいのだが……」

「父たちは喜びますよ。反対なんてしません」


 と言うか、ロキオ殿下はもう私と結婚する気でいるらしい。展開の早さについていけない気持ちもあるが、照れ臭いような嬉しいような気持ちも大きい。


「伯爵を探してくる」


 ロキオ殿下は私の手を放すと、頬に口付けをしてから部屋を出て行った。


「見せつけてくれるわね」


 王妃様が目をすがめて言う。


「す、すみません……」


 私は何もしていないのだが、一応謝る。

 赤面している私に、王妃様と国王陛下はほほ笑みを浮かべてこう言った。


「ロキオの事をよろしくね、エアーリア」

「どうか任せたよ」


 私は二人を見つめ返し、おずおずと尋ねる。


「お二人は、本当は三人の王子の事を同じだけ愛しておられるのではありませんか?」


 王妃様や国王陛下がロキオ殿下を見る目には、愛がこもっていた気がする。完璧な演技によって普段は読み取れないものが、他人の目がないこの空間でまっすぐにロキオ殿下と向き合った事で漏れてしまっていた気がするのだ。

 王妃様も国王陛下も何も言わなかったけれど、私は続けた。


「どうしてそれをロキオ殿下にしっかり伝えてあげないのですか? お二人が子どもたちに平等に接しなかったのは、イオ殿下が跡継ぎであるという事を周りに知らしめるためですよね? それで三人の王子を継承権争いから守ろうとした。でも、だったら周りに人がいないところでは、こっそりとロキオ殿下に真実を話してもよかったのでは? そうやって差をつけるのは三人のためで、『私たちは本当はあなたの事も一番に愛しているのよ』と言ってあげれば……」


 私の言葉に、王妃様は困ったように笑った。声は出さず、唇だけ笑みの形を作って。

 

「エアーリアもロキオの性格は知っているでしょう? 今はあれでも随分大人になったけれど、子どもの頃はもっと酷かったわ。調子に乗りやすく、褒められると増長する。容姿が整っているから自分に自信も持っていて、頭も悪くなく運動神経も良く、欠点がなかったから高慢だった。今はわざと高慢で怒りっぽい演技をしている時もあるようだけど、元々そういう性格でもあるのよ」

「えっと……」


 私は言葉を濁した。王妃様は笑って続ける。


「それがロキオの良いところでもあるわ。あの子はとても王族らしい。度胸があって堂々としていて、人々の心を引きつける魅力がある。容姿だけでなく中身にもね。人は強気な人間につい、ついて行きたくなるものなのよ。けれど自分に自信を持っているロキオには本当の事は言えなかった。自分は三番目なのだと自覚させなければ、ロキオは増長して手がつけられなくなっていたかもしれないから」

「そんな事は……」


 ない――と言いたかったが、ロキオ殿下が親から溺愛されて挫折する事なく成長していたら、今以上の高慢さを身に着けていたであろう事は想像できてしまう。

 愛する人の事を悪くは言いたくないが、確かにロキオ殿下は調子に乗りやすい。そこが可愛いけれど。


 でも、子どもの頃から周囲の人間に褒められ、完璧な愛情を注がれて、一度も自信を失う事なく育ってきたら、もしかしたら第三王子という自分の立場に不満を覚えるようになったかもしれない。イオ殿下やシニク殿下を蹴落として、王座を狙おうとしたかも。

 王妃様は続けた。


「反対にイオは、昔は大人しい子だったの。努力家で優しいけれど自分に自信がなく、次期国王という立場に押しつぶされそうだった。ロキオが生まれてからは特にそうね。周りの人間はロキオの容姿を褒め、皆そちらに注目するから、劣等感を感じるようになったのよ」

「そうだったのですか」


 イオ殿下は今では堂々としているので、あまり想像がつかない。


「けれどわたくしたちが事あるごとにイオを褒め、三人の王子の中で一番に愛しているという事を何度も伝えれば、イオはだんだんと自信を持ち始めた。余裕が生まれてさらに優しくなったし、ロキオに劣等感を感じて下を向く事もなくなった。そして今は、わたくしたちが注いだ愛情を、周りの人間や国民たちに還元しようとしているわ。あの子は次の王にふさわしい子になった」


 王妃様はそこで少し悲しそうな顔をして、国王陛下と共にこちらを見た。


「三人の子どもにかける愛情や接し方に差をつけるというわたくしたちの子育ては、間違っていたかもしれない。けれど、これでよかったのだと自分を納得させるしかないの。わたくしたちは、自分たちの子どもに兄弟同士で王位を争わせたくなかったのよ」


 王妃様はそう言ってから、眉を下げたまま控えめに笑う。


「でも、これで少しは三人平等になったかしら? ロキオは好きな人と結婚できるわけだから」 

「どういう事です?」

「イオやシニクは好きな相手とは結婚していないのよ。わたくしたちが決めた相手と、政治的な思惑の元に結婚した。それでも二人は文句を言わず、相手とも良好な関係を築いたけれどね」

「ロキオ殿下には十分な愛情を与えられなかった代わりに、結婚くらいは好きな相手とさせてあげようと考えられたという事ですか?」


 王妃様は頷いて続ける。


「わたくしはイオにもシニクにもロキオにも引け目があるの。イオには愛情をたくさんかけたけれど、代わりに次期国王という重圧を与え、不自由な人生を送らせているわ。シニクには愛情も自由も中途半端にしか与えられなかった。そしてロキオにはあまり目をかけられなかったけれど、その罪滅ぼしに、せめてもの自由をあげたかったのよ。たとえロキオが庶民の女性をつれて来ても、ロキオが彼女を心から愛しているのなら、結婚を許そうと考えていたの」


 そこで王妃様は私をまっすぐに見つめた。


「けれど一向に恋愛をしそうにないロキオが運命の相手を見つける前に、言い方は悪いけれど、わたくしがエアーリアに目をつけた。お前の事を知れば知るほど、ロキオにぴったり合うんじゃないかと思ったわ。……けれどどうか勘違いしないでちょうだい。わたくしは自分に自信を持っていないお前の事も心配だったのよ。ロキオのためにエアーリアを利用したわけではなく、ロキオとエアーリアを二人とも幸せにしたかったの」

「はい、信じます」


 私はしっかり頷く。王妃様は王妃として計算高くはあるが、やっぱり愛情深い方なのだと思う。王妃という立場についておらず、子どもたちも王子という身分でなければ、三人に対して平等に愛情を注いだだろう。

 愛しているのにその愛を表せないというのは、きっと母として辛い事に違いない。


「とにかく、わたくしたちはお前たちの結婚に賛成よ。どうか二人で幸せになってちょうだい。わたくしはロキオを幸せにしてあげられなかった酷い母親だったけれど、エアーリアはあの子を愛して、支えてあげて」


 瞳をうるませている王妃様を見ていたら、私まで感極まってきてしまった。

 しかし涙を飲み込んで、はっきり答える。


「はい。もちろんです」

 

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