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3日目


 ロキオ殿下とサベールの王女様を円満に結婚させるため、まずロキオ殿下に私を好きになってもらう……というよく分からない計画の遂行を王妃様から言い渡された私。


 けれど私はロキオ殿下を誘惑する事なく、ただ黙々と侍女の仕事に集中しながら一日を過ごした。

 ロキオ殿下に必要以上に好かれようと努力する事もなく、淡々と。


 そうして、私がロキオ殿下付きの侍女になって三日が経った。

 殿下は相変わらず私を信用していない様子で不審な目を向けてくるけれど、仕事ぶりに文句を言われる事はない。

 けれど黙って仕事をしていると無愛想で不満げに見えたのか、


「お前は王妃の侍女だったからな。第三王子の私には仕える気が起きないか? 取り澄ましていないで、私の休憩時間くらい何かお喋りの話題でも提供したらどうだ」


 などと嫌味を言われたりもする。

 私は『仕える気が起きない』という部分は「そんな事はございません」と否定しつつも、


「話下手ですので」


 と言い訳をして曖昧にほほ笑みつつ、ロキオ殿下とお喋りをするという仕事からは逃げた。

 つまらない奴だと思われたならそれでもいい。


 その他にも「お前はいつも辛気臭い顔をしているな」とか「暗いやつだな」とか、たまにちくちくと嫌味を言われるけれど、王妃様の辛辣な皮肉に比べれば可愛いもので、それくらいでは私は全く傷つかない。

 王妃様は「エアーリアの今日のその髪型はまるで百年前の貴婦人のようで素敵ね」とか「そのドレスは、美しい湖の底で健気に生きている藻のような控えめな色ね」とか、一見褒めているようで遠回しに『古臭い』『地味だ』と指摘されるのが、逆に恥ずかしいのだ。


「あの王妃様の侍女をするのって、大変そうですよね」


 ロキオ殿下の私室の掃除をしながら、侍女仲間のリィンが尋ねてきた。今、主が不在のこの部屋には、リィンと私、そしてもう一人の侍女であるマナの三人がいる。あとは猫のロクサーヌも。

 リィンの言葉に私は笑みを浮かべて答えた。


「厳しい方だから少しね。だけど優しいところもあるのよ。落ち込んでいたら声をかけてくださったり、侍女たちの誕生日をちゃんと覚えていてくださって、毎年プレゼントを下さったりね」

「まぁ! プレゼントをいただけるなんていいですね」

「そうね。プレゼントもすごく嬉しいわ。だけど誕生日を覚えていてもらえた事の方が嬉しいのよ」


 ソファーを掃除するついでに、今日はソファーの下ではなく上に座ってくつろいでいる毛玉――もといロクサーヌをさりげなく撫でる。

 ロクサーヌは灰色の長毛の猫で、つんとした青い目をしている。

 彼女は人見知りで、初めは私の事も警戒していたが、この三日で頭をひと撫でするくらいは許してもらえるようになった。

 けれど調子に乗って三撫でくらいしていると逃げられてしまうので、焦らずゆっくりと距離を縮めていきたい。


「去年は何を貰ったんですか? 王妃様からのプレゼントなんてすごい物を貰えそうですね」


 今度はマナがそう訊いてきたが、私が去年貰ったプレゼントは本だと答えると、二人は期待外れという顔をした。

 王妃様はパッとしない物をプレゼントするのだと勘違いされては困るので、私は急いで付け加える。


「私がすごく欲しかった本なのよ。だけどなかなか手に入らなくて、それを王妃様が探して手に入れてくださったの。それに私は本が欲しかったけれど、指輪をねだった他の侍女には素敵な指輪を贈られていたわ」

「指輪ですか? 素敵!」

「ロキオ殿下も私たちの誕生日にくださらないかしら」


 リィンが冗談ぽく言うと、マナが即座にこう返した。


「無理よ。まずロキオ殿下が私たちの誕生日を知っているとは思えないもの。訊かれた事もないし」


 話が盛り上がってくると二人の手が止まってしまったので、「手も動かしてね」と注意しながら、ふと気になった事を尋ねる。


「二人はロキオ殿下にきつく当たられたりはしていない? 実は少し心配していたのよ。最近もロキオ殿下の侍女が二人辞めたようだし、前から侍女の入れ替わりが激しいから、皆ロキオ殿下に怒られて仕事が辛くなってしまったのかしらって」

「侍女二人が辞めた理由は分からないですけど、あまり仕事ができなかったので実家に帰されたんじゃないですか? だってロキオ殿下はそんなに厳しくはないですよ。きっと王妃様より全然優しいと思います」

「そうですよ。プレゼントはくださらないけど、私たちをきつく叱ったりもしません。辞めた二人も特に厳しく怒られたりはしていませんでしたし」


 意外な答えが返ってきたので、私は「そうなの?」と目を丸くした。嫌味を言われているのは私だけか。

 リィンとマナはほんのりと頬を桃色に染めて続ける。


「でも、もしきつく叱られたって、私がロキオ殿下をお慕いする気持ちは変わりません。皆はロキオ殿下の事を高慢な第三王子だって言いますけど、性格だって関係ありません。だってロキオ殿下はすごく格好良いんですから。見てるだけで目の保養になるんです」

「そうそう。何をされても許せてしまうわよね」


 リィンの言葉に、もう一人の侍女のマナも頷いた。


「あの青い目が素敵よね!」

「王妃様譲りの美しい金髪も! 城の皆は第一王子のイオ殿下や第二王子のシニク殿下を優秀だって褒めるけれど、容姿はロキオ殿下が一番優れているわよね。美形で、男前よ」


 ロキオ殿下の容姿を褒めながらきゃぴきゃぴとはしゃぐリィンとマナ。私もまだ二十歳だけど、十代の若い二人についていけない。楽しそうで羨ましい……。

 年寄りになった気持ちで二人の事を眺めていたら、廊下に続く部屋の扉が突然音を立てて開いた。

 そこに立っていたのはロキオ殿下だ。


「殿下!」


 マナとリィンは慌てて口を閉じる。

 ロキオ殿下は赤毛の従者の少年――スピンツ君を後ろに従えて部屋に入って来た。不機嫌そうに眉間には皺が寄っているが、私が見る時はいつも不機嫌そうな顔をしているので、今のリィンたちの会話を訊いて険しい顔をしているのか、それともあれが普通の顔なのかは分からなかった。


「仕事をしろ」


 ロキオ殿下は、掃除の手を止めている私たちを一瞥して言う。

 そしてテーブルの上に置きっぱなしになっていた書類を手に取ると、スピンツ君と共にまた部屋を出て行く。

 人懐っこいスピンツ君は、去り際に私たちに小さく手を振ってくれた。


「どうしましょう。話を聞かれたかしら?」


 マナが慌ててリィンに言う。


「聞かれていたとしても何も問題ないわよ。ロキオ殿下を褒めていただけなんだから」

「そうじゃなくて! 私がロキオ殿下を格好良いと思っている事に気づかれてしまったかもと心配しているのよ」


 マナは顔を赤くして恥ずかしがっている。


「それだって気づかれても問題ないじゃない。ロキオ殿下も私たちの事を意識してくださるかもしれないわ」

「そうかしら? そうだといいけど」


 恋の花を咲かせる二人を見ながら、私は再び思った。

 楽しそうで羨ましい、と。



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