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37日目(1)

 ロキオ殿下、スピンツ君、ロクサーヌからの執拗な攻撃を受けながら四日が経った。

 私はもう満身創痍だ。

 ロキオ殿下には笑いかけられたり、さり気なく手を握られたり、花をプレゼントされただけでもいちいちドキドキしてしまうし、何か言いたげなスピンツ君に眉を垂らして見つめられると、捨てられた子犬を無視しているような罪悪感が胸を突くし、しっぽをピンと立てたロクサーヌに甘えられるとこの子と離れたくないと思ってしまう。


 けれど今日を入れてあと二日、この攻撃に耐えれば、私は王妃様の侍女に戻れる。

 戻った後でロキオ殿下に憎まれたり、スピンツ君に悲しまれたり、ロクサーヌに寂しい思いをさせるかと思うとすごく辛いが、ロキオ殿下に婚約者がいる以上、私にできる事は殿下から離れる事だけだ。


 そしてロキオ殿下は毎日剣の稽古を続けている。仕事の合間や早朝、仕事が終わった後に、スピンツ君や近衛騎士相手に鍛錬を積んでいるようだ。

 一度こっそり様子を見に行ったが、ロキオ殿下の近衛騎士であるフェリオさんに思いきりしごかれていた。

 私はフェリオさんとはあまりしっかり話した事はないが、涼し気な顔立ちをしていて普段は優しげなのに、剣の稽古となると厳しくなるようだ。たとえそれがロキオ殿下相手でも。


『殿下、もう少し感情を表に出さないように努力してください。ここで決める! という顔をしているので、踏み込んでくるのが丸分かりなんですよ。本当に殿下は分かりやすいですね』

『フェリオ、お前覚えていろよ!』

『おや、剣の師匠である私に訓練場でそんな口を利いていいんですか?』


 そんな事を言われて、ロキオ殿下はぎりぎりと奥歯を噛みながらも再び剣を握ってフェリオさんに指導してもらっていた。

 フェリオさんは殿下をしごいている時は楽しそうだったが、真面目に稽古に取り組むロキオ殿下の事は好ましく思っているようだ。スピンツ君と同じように、私にこっそりと「殿下はエアーリア様に良いところを見せようと真剣に稽古しておられますよ」と教えてくれたりもした。にやにやしながら。


 だけど私は複雑な気持ちだった。ロキオ殿下は普段の仕事も大変なのに、私に格好良い姿を見せるためという理由だけでそんなに頑張らないでほしいと思う。

 申し訳ないから、私のためには何もしてくれなくていい。

 だって、私はもうロキオ殿下のそばにはいられなくなる。だから殿下が騎士との手合わせで勝つところも見られないから。


 そんな事を考えながら、翌日の建国祭のための準備を進めた。

 明日のためにロキオ殿下の新しい上着をあつらえたので、それを仕立て屋に城まで持ってきてもらって殿下に一度試着してもらう。


「よくお似合いです、殿下」

「私は何でも似合うからな」


 私が褒めると、ロキオ殿下はフフンと顎を上げて言った。


「だが、やはり黒がよかったな。この青はちょっと上品過ぎる」

「上品で何が悪いのです? 夜会ならともかく、明日のパレードや昼食会は昼間に行われるのですから、黒では爽やかさに欠けますよ」

「爽やかさなんて必要ない」


 軽く顔をしかめるロキオ殿下をなだめるように私は続ける。


「そんな事おっしゃらないでください。本当によく似合っていて素敵ですから。明日はこれを着てくださいね」

「……仕方がないな、エアーリアがそこまで言うのなら」


 ロキオ殿下は照れて顔を背けた。私も褒められると弱いが、ロキオ殿下もそうみたいだ。


「では、片付けてきます」


 上着のサイズがぴったりだと確認できたら衣装部屋に仕舞いに行き、ついでに明日の衣装の最終チェックをする。上着に合わせてあらかじめ選んでおいたスボンやシャツ、スカーフや靴などを並べて、全体的にまとまっているかどうか、糸のほつれがないか、汚れがないかなどを入念に調べるのだ。

 建国祭のパレードでは沿道の国民たちから視線を浴びるし、昼食会では貴族たちの注目を集める事になるので、王族の衣装はとても大事だ。きらびやかだが派手過ぎず、豪華だが上品でなければならない。

 

「うん、大丈夫。完璧ね」


 明日のロキオ殿下の衣装のテーマは、『麗しの王子様』だ。威圧感と派手さは控え、見る者に感嘆のため息をつかせるような気品ある王子に仕立ててみせる。


(それがロキオ殿下の侍女として私にできる最後の仕事になるかもしれないし……)


 明日はロキオ殿下が嫌がろうと、この爽やかな白いズボンとベスト、優しげな淡い水色のスカーフを身につけてもらうのだと私は決意した。



 そしてついに建国祭の日がやって来た。

 今日でロキオ殿下のそばにいられるのも最後だ。そう思うと、ホッとするような、寂しいような気持ちになる。

 ずっとロキオ殿下のそばにいたいけれど、〝他の女性と結婚するロキオ殿下のそば〟にはいられない。

 

「おはようございます、殿下。外はよく晴れていますよ」


 ロキオ殿下の髪を整えるのもこれで最後かと思いながら、殿下の朝の支度を手伝う。

 今日は午前十時から王都のサンジェルタン通りでパレードがあり、その後、王城で国内の貴族たちを集め、昼食会が催される。

 

「さぁ、できました。どうですか?」

「カッコイイです!」


 私の問いには、スピンツ君が一番に答えてくれた。

 ロキオ殿下は今、高貴な青と爽やかな白の衣装を身に着けて、本当に麗しの王子様になった。ただし、眉を吊り上げるのと眉間に皺を寄せるのをやめてくれたらもっと完璧なのだが。

 ロキオ殿下は片眉を上げて嫌そうに言う。


「まるで良い人に見える」

「いいじゃないですか。なぜ悪い人に見られたいのか分かりません」

「私くらい美形で完璧な外見をしていると、性格の悪さが滲み出ているくらいでなければバランスが取れないのだ」


 その理屈は何だと思いながら、私はロキオ殿下を丸め込もうとする。


「美形で性格もいい、という方がバランスがいいじゃないですか。今日はきっと皆ロキオ殿下に見とれますよ」


 私がそう言うと、ロキオ殿下はちらりと横目でこちらを見て、小さな声を出した。


「エアーリアもか?」


 私は何と答えようか迷ったが、結局、素直な感想を言う事にした。


「ええ、もちろん。今日の殿下はとても格好良いです」


 こうやって褒めておきながらも、私はロキオ殿下の元を離れる事になるので、その罪悪感で笑顔はぎこちなかったかもしれない。

 しかし殿下は気づかずに、嬉しそうに表情を緩める。


「そうか」


 私がロキオ殿下のこんな表情を見られるのも今日のうちだけだ。そう考えると寂しい。

 

(私の事を『一番大切に想っている』と言ってくれた存在を、自ら手放そうとしているなんて)


 子どもの頃からずっと欲しかった、私を一番に愛してくれる人を……。

 傷が膿んだ時のように、じくじくと胸が痛む。今日はやたらと感傷的になってしまう。

 けれどロキオ殿下には悟られないように、無理やり笑顔を作る。


「マントは城を出る前に着けましょう」


 けれど殿下は、私の事をよく見ているのだ。


「緊張しているのか?」


 首を傾げてそう尋ねられた。そして、こわばった笑顔を溶かそうとするかのように、温かい手で頬を撫でられる。

 

「ええ、少し」


 私はその手に自分の手を軽く添えて、そっと離したのだった。


 

 建国祭のパレードの主役は、王族と騎士たちだ。国を統べる王と、王の命令に従って戦う騎士たちがいなければ、この国――レストリアは生まれていなかったから。

 パレードでは、列をなし足並み揃えて行進する騎士たち、そして着飾った美しい馬に乗った騎士たちの姿が見られる。沿道から見れば壮観な光景だろう。

 そして列が後半に差し掛かると、王族たちも国民の前に姿を現す。

 最初は国王陛下と王妃様、その次にはイオ殿下とその妃、そして二歳になったばかりの幼い王子が馬車に乗り、三番目にはシニク殿下とその妃が、そして四番目にはロキオ殿下が一人で馬車に乗って順番に進む予定だ。

 

 私は出発地点の教会でロキオ殿下を見送った。独身だから仕方がないのだが、殿下だけ家族と一緒でないので、一人で寂しそうに見えてしまう。


「また後で」


 ロキオ殿下は出発の時、私にそう言ってほほ笑みかけてくれたけれど、いざ教会を出るとその笑みを消していたように見えた。それだけでなく、馬車の椅子の背もたれに背中を預け、腕を組んでいる。

 

(ああ……! パレードの時くらい愛想を振りまいてもいいのに)


 あれでは威張っているように見えてしまう、と私は心配した。せっかく皆に好印象を持ってもらえるよう、爽やかで美しい王子様に仕立てたのに。

 去っていく馬車を見送りながらがっかりしてしまったが、しかしロキオ殿下が教会を出た途端、沿道から黄色い声が沸き起こった。


「ロキオ殿下!」

「素敵!」


 どうやら殿下は女性人気はあるようだ。尊大な態度を取っていても、ロキオ殿下くらい格好良ければ許せてしまうものなのかも。

 殿下が通っている辺りから次々に女性の声援が上がっているのを確認すると、

 

(よしよし……)


 私は一人満足して頷いたのだった。


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