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寂しい侍女は、高慢王子の一番になる  作者: 三国司
建国祭編

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31、32日目

 次の侍女を決めるまで一週間頑張れ、と王妃様に言われ、私はすごすごとロキオ殿下の元に戻った。

 このままでは私は一週間後に王妃様付きの侍女に戻る事になるが、それを事前にロキオ殿下に知らせるつもりはない。知らせれば、殿下は私を自分のそばに置いておくために、王妃様に直訴したりするかもしれないからだ。


 しかしそんな事をされれば、私はロキオ殿下に嫌われていないのだという事が王妃様にバレてしまう。そしてバレてしまえば、王妃様は一度諦めた計画をまた遂行しようとするだろう。

 だから殿下には言えない。


 言わないまま、一週間後に新しい侍女が来た時に、彼女を紹介してから私は強引に王妃様の元に逃げるつもりだ。

 ロキオ殿下からは恨まれるかもしれないが、それは仕方がないと受け入れなければ。

 少し暗い気持ちになりながら、ロキオ殿下の執務室の扉をノックする。


「失礼します」

「ああ、戻ったか、エアーリア」


 しかし私が執務室の扉を開けると、中にいたロキオ殿下は喜びを頬に浮かべて笑った。

 その笑顔を無視する事はできず、私も思わず笑い返してしまう。


(うう……)


 笑みを返している場合じゃないのに、と、心の中で自分を叱る。前途多難だ。

 そうしてここから私の長い一週間が始まった。


 

 翌朝、私は新たな作戦を実行に移す事にした。

 それは、『ロキオ殿下に嫌われる』という作戦だ。

 ロキオ殿下の方から私を嫌ってくれれば、一週間後に私が王妃様付きの侍女に戻っても喜んで送り出されるだけだし、サベールの王女との結婚話を聞かされても受け入れやすいだろうから。

 私は正直、殿下に嫌われるのは嫌だし、できれば良い印象のまま離れていきたいのだが、それではロキオ殿下が辛くなるだろう。


(これもロキオ殿下を無駄に傷つけないため……)


 そう自分に言い聞かせながら、朝の支度を手伝うために殿下の寝室に向かう。

 そして許可をもらってから部屋に入ると、スピンツ君に手伝ってもらって着替え終わっていたロキオ殿下に、明るく大きな声で挨拶をした。


「殿下! おはようございますー! 今朝のご気分はいかがですか?」

「なんだ? 朝からやたら元気だな」


 ロキオ殿下はびっくりした顔をして私を見た。スピンツ君もきょとんとしている。


「そんな事ないですよ、いつも通りです! ところで昨夜はよく眠れましたか?」

「ああ、まぁな……」

「それは良かったです! 睡眠は大事ですから。さぁさぁ、髪を整えましょう! 座ってください」

「何なんだ?」


 訝しがっているロキオ殿下を椅子に座らせ、髪に整髪料をつける。その間も私はずっと喋り続けていた。


「殿下の髪は柔らかくて、とても触り心地がいいですね! それにとても綺麗な金色で。私の硬い黒髪とは大違いです!」


 ロキオ殿下に嫌われるための私の作戦とは、殿下の好きなタイプとは正反対の女性になる事である。

 つまり、『明るくお喋りで人懐っこく、少しわがままな妹のような』女性を演じるのだ。

 自分と全く逆のタイプを演じるのはかなり大変だが、とにかく明るく喋り続ける事にした。


「私の髪は癖もつきにくいので、巻いて可愛い髪型にする事もできなくて、いつも面白みのない真面目っぽい髪型ばかりで、本当に嫌になります!」


 明るくと思っていたのに、無理して喋り続けようと思うと話題がなくて、結局自虐に行き着いてしまう。

 しかしこれはこれでいいかもしれない。自分のここが嫌だとか、自分はここが駄目なんですという事を訊いてもいないのに喋ってくる相手というのは鬱陶しいに違いない。


「カラスの羽のようなこの真っ黒な色も、私の性格の暗さを表しているようで見ているだけで気が滅入ってきます。殿下のような金髪とは言いませんが、せめて柔らかな茶色や、スピンツ君のような素敵な赤毛だったらよかったのにと思ったりして」


 私は演技でため息をついた。これはいい。自虐ならいくらでも話し続けられそうだ。

 しかしロキオ殿下は私の手を引いて自分の前に立たせると、


「どうしたんだ?」


 と心配そうにこちらを見上げてきた。


「変に元気だと思ったら、急にそんなふうに自分をさげすんで」

「これが私なんです、殿下」


 私がそう言うと、ロキオ殿下は深く頷いてこう続けた。


「そうか。一度褒めたくらいではエアーリアは自信を持てないのだな。ならば、これからは毎日お前の美しさを言葉にしてやる」

「え……」

「エアーリアのその髪は、黒曜石を溶かしたかのように艷やかで綺麗だ。混じりけのない純粋な黒は珍しい。私はこんなに美しい髪は見た事がない」

「いや、あの……」

「派手な髪型にしなくても、エアーリアはそのままで十分魅力的だ。だが、おしゃれをしたいと言うのなら、今度は髪飾りを贈ろう」

「い、いいです、大丈夫です」


 意図しない方向に話が向かってしまったので、私は大人しく口をつぐんだ。

 その後も違う自虐で何度か再挑戦してみたが、その度ロキオ殿下に「そんな事はない」と褒め讃えられ、私が赤面して終わるだけだった。


(やっぱり自虐は駄目だ。最初の作戦通り、明るい感じで喋り続けよう)


 私は心の中でそう決意し、ロキオ殿下が食事を取っている時にも、黙々と書類仕事をしている最中にも、どうでもいい事を頻繁に話しかけた。


「殿下、今日の朝食のお味はいかがですか?」「窓を見てください、今日はすごく天気がいいですね」「あ、でも雲が一つ出ています」「殿下、お仕事の調子はどうですか?」「ロクサーヌは今日も可愛らしいですよね!」「この前、ロクサーヌのヒゲが落ちているのを拾ったんです。何かいい事があるかもしれません」「最近、本格的に寒くなってきましたね」「でも昨日は少し暖かかったですね」


 などなど。喋っていて自分で自分が鬱陶しくなってくる。

 けれどこれはロキオ殿下の仕事の邪魔にもなってしまっているので、違う方法を考えた方がいいかもしれない。殿下がいちいち手を止めて私の言葉に答えてくれるので、申し訳なく思うのだ。


 しかしそんな私の思いとは裏腹に、今回もロキオ殿下は不快になるどころか、私が話しかけるたびに嬉しそうにしていた。

 そしてついには仕事を一旦中断して、こんな事を言い出す。


「エアーリア、もしかして寂しいのか? 私に構われたいのだろう? そうだ、お前は意外と寂しがり屋なのだったな」


 ロキオ殿下は椅子を引くと、隣に立っていた私の方へ体を向けて、私の両手を握った。


「今日は急ぎの仕事もないからな。二人でどこかへ出かけるか? どこへ行きたい? どこへでも連れて行ってやるぞ」

「あの」

「エアーリアがこんなふうに私に甘えてきてくれるなんて嬉しいな。やっと素直になってきたか」

「私は甘えているわけではなく……」

「恥ずかしがらなくても私は分かっている」

「いや違うんです……」


 半日も経たないうちに、私はこの作戦は失敗だったと認めざるを得なくなった。この後は『少しわがままな妹』タイプを目指して、ロキオ殿下に色々とわがままを言ってみようかと思っていたのだが、これもやめておいた方がいいだろう。

「宝石が欲しい」とか「新しいドレスが欲しい」とか「今日は私の買い物に付き合ってください」とかとんでもない無茶を言っても、今の殿下は私の望みを全て叶えてくれそうで怖い。下手なわがままは言わない方がいい。


「お仕事の邪魔をして申し訳ありません、殿下。今朝からの私のおかしな行動は忘れてください。別に殿下に構ってほしいとか、寂しいとかいうわけではないんです。忘れてください……」


 私は早々に降参して、定位置である扉近くの椅子に戻った。

 ロキオ殿下は確かに、『明るくお喋りで人懐っこく、少しわがままな女性』は好みではないのかもしれない。

 けれど、すでに私に好意を持ってくれている状況でその女性を演じても、ロキオ殿下の私に対する好感度は下がらないらしい。それどころか甘えられていると変換されてしまって、逆に喜ばれてしまう。


 椅子に座ってちらりとロキオ殿下を見ると、殿下もこちらを見ていて、フッと頬を緩めて笑った。素直ではない、愛すべき存在を見るかのように。

 

(あああ……)


 変な作戦を実行するんじゃなかったと、私は心の中で頭を抱えたのだった。

 

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