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サラ視点

サラさん視点の話です。

 人間は様々だ。

 一人ずつ外見が違うように、中身も違う。

 外出予定の日が雨だというだけで怒り出す人間もいれば、全く怒らない人間もいるし、道端で死んでいる猫を見て涙を流す人間もいれば、全く心を動かさない人間もいる。

 そして恋に溺れる人間もいれば、誰かの事を好きになっても、その恋に全力を傾けない人間もいる。



***




「サラって、何にも動じないよなぁ。時々本当に俺の姉なのかって心配になるよ」

「何を馬鹿な事を。お前とサラは正真正銘、父さんと母さんの子だぞ。サラもしっかりしているが、お前もおっちょこちょい過ぎるんだ」


 弟と父がそんな事を話しているが、私はいちいち相槌代わりに笑みを作ったりしない。わざわざ笑わなくたって、父と弟は私の表情の乏しさをよく分かってくれているので、機嫌が悪いのだと勘違いされる事もないからだ。

 気を許した家族の前では、私はいつにも増して無表情になる。


 私たち家族が仕えているのは、この国の第三王子、ロキオ殿下である。私たちは領主の屋敷に住みながら、この屋敷や馬の管理をし、使用人たちをまとめ、ロキオ殿下が領地にやって来れば殿下のお世話もしていた。

 とは言え、ロキオ殿下は毎回従者や侍女を連れてくるので、私は彼や彼女たちのサポートをする事の方が多い。


 そして今回、殿下は新しい侍女を一人だけ連れてきた。従者のスピンツさんはもう五年ほど殿下のそばにいるが、侍女の交代は頻繁であるように思う。

 けれど私はそれに対して何か思うでもなく、淡々と新しい侍女のエアーリア様と挨拶を交わした。

 前の侍女のマナ様とリィン様も悪い人ではなかったが、エアーリア様の方が落ち着いているように思えたので、そこは少し安心した。

 こういう人だとこちらも仕事がやりやすいし、ロキオ殿下もそうだろう。


 実際、殿下はエアーリア様の事を気に入っているらしかった。今まで見た事がないくらい穏やかな顔を見せたり、優しい声を出したり、明るく笑ったりしながら、エアーリア様の事を見ているのだ。

 父や弟、この屋敷で長く働いている使用人たちも驚いたようだった。


(ああ、この人が……)


 私はじっとエアーリア様を見つめた。控えめに笑う、美しい人だ。

 これまでロキオ殿下には浮いた話がなかったけれど、いつかこんな日が来るのは覚悟していた。二人はまだ恋人ですらないようだったが、私には予感がした。


 

 私の使命は、この屋敷に滞在中、ロキオ殿下に気分良く過ごしてもらう事だ。屋敷を美しく保ち、料理人たちに美味しい食事を用意してもらい、使用人たちにも何も問題を起こさせないようにする。

 けれど今回は、新人の使用人であるカリンが色々と問題を起こしてくれた。エアーリア様におかしな嫉妬をして失礼な態度を取るのである。


 私が一度注意したくらいではカリンはへこたれず、ついにロキオ殿下にまでこの事が知られてしまい、私は内心カリンに苛立っていた。

 こんな馬鹿げた事で、殿下に余計な心配事を増やさないでほしいと思う。


 ただ、私は感情が表に出ないので、カリンは私の苛立ちに気づく事はなかった。淡々と事務的に注意をされていると思われたのだろう。

 そして休憩中にエアーリア様の陰口を叩いて、逆に責められた事をきっかけに、カリンのエアーリア様に対する態度はさらに悪くなった。

 きっとそのうちエアーリア様に何かしらの危害を加えるだろうと危惧し、私はロキオ殿下に報告に行こうとする。


 しかしその途中で、廊下を一人で歩いているエアーリア様を見つけた。その後ろ姿がとても無防備に見えたので心配になって、殿下のところへ行く前に忠告しようと声をかけた。


「エアーリア様、今、少しいいですか?」

「サラさん? どうしたの?」


 エアーリア様にカリンの事を話しながら、ふと胸元で光るブローチに目がいった。あのブローチは、ロキオ殿下からエアーリア様への贈り物だ。

 今まで私も殿下からプレゼントを貰った事はある。お菓子やハンカチなどだ。けれどそれには何の特別な意味もない。私に何か買ってきてくださった時は、他の使用人たちや父や弟にも同じようなものを渡しているのだから。

 私はロキオ殿下に信頼されているという自信はあったが、それ以上の感情は持たれていないとも分かっていた。


 普通の恋をする乙女なら、ここで傷つくのだろうか?

 エアーリア様に醜く嫉妬するのだろうか?


 けれど私は元々感情が乏しい。怒りも喜びも悲しみも嫉妬も、自分の中に確かにあるのは感じるけれど、おそらく他の人たちに比べれば、その感情の揺れや増減が少ないのだと思う。

 恋愛感情ですらそうだ。


 私はずっと恋をした事がなかったが、ロキオ殿下とお会いして初めて恋愛感情というものを知った。

 最初は高慢で偉そうだと思っていたけれど、責任感の強さや誠実さ、分かりにくい優しさに気づいて好きになったのだ。

 けれどそれは、自分の身を焦がすほどの感情じゃない。確かに恋だけど、私の恋は、思い悩んでどうしようもなくなったり、嫉妬に狂ったりするようなものじゃないらしい。

 

 だからカリンを罠に嵌めるためにエアーリア様のブローチを使おうとしたのも、単にカリンの食いつきが良さそうだと思ったからだ。

 ロキオ殿下がエアーリア様に贈ったブローチが壊れるのが見たかったというわけでは断じてないし、壊れても殿下が新しく買ってくださるに違いないから、それでいいじゃないかと本気で思っていた。

 エアーリア様の元に、ロキオ殿下から贈られたブローチが一つ残る事には変わりがないのだからと。


 しかし、エアーリア様はブローチを渡してはくれなかった。

 きっと私にはない繊細さがエアーリア様にはあって、そういう部分も含めてロキオ殿下は彼女を好きになったのだろうと思う。


 ちょっと悔しような気がしないでもないが、けれど私が一番大切なのはロキオ殿下なので、殿下が幸せになるのならエアーリア様と上手く行ってほしいと思う。それにエアーリア様には好感が持てるので、身分ばかり高いいけ好かない女とロキオ殿下がくっつくよりは全然いい。


 そしてやはり、二人を困らせているカリンには屋敷を出て行ってもらわねばと考える。雇った時は、はきはきとしていて明るい子だと好印象だったのだが、蓋を開けてみればとんでもない子だった。


 エアーリア様と別れてロキオ殿下の執務室に向かう。ノックをして許可を貰ってから扉を開けると、中には殿下とスピンツさん、そして窓辺でお腹を見せて寝転がっている猫のロクサーヌがいた。

 ロクサーヌは人見知りで、暖かい日でもきゅっと丸くなっている姿しか見た事がなかったが、いつの間にこんなにリラックスしてお腹を見せるようになったのだろう。


「殿下、カリンの事でお話が……」


 私がそう言うと、殿下はすぐに仕事の手を止めて、私室へと私を連れて行った。


「スピンツさんには内緒にしておくのですか?」


 わざわざ私室へ来たのは、スピンツさんに話を聞かれたくなかったからだろう。

 ロキオ殿下は難しい顔をして答えた。


「エアーリアが嫌な目に遭っていると知ったら、スピンツは直接カリンを問い質しに行くだろうからな。あいつは素直だからすぐ行動に移す。だが、今回はスピンツに下手に動かれるとさらに拗れる可能性があるかと思って、あいつには何も話していない」


 殿下は私に向き直って尋ねる。


「それで? 何があった?」


 カリンはエアーリア様やエアーリア様の持ち物に何かする気かもしれない、というような事を私が話すと、殿下の顔はみるみるうちに険しくなっていった。


「下剤だと……?」

「エアーリア様の食事に入れようとしていたかも、というのは私の推測ですが、外れていないのではないかと思っています。カリンが便秘気味で自分で使おうとしていたにしても量が多かったですし……。あれでは酷い腹痛を起こします。二階にも掃除のために行く事はありますが、それならば一人でこそこそする必要はありません」


 私は殿下を見つめたまま続けた。


「何か手を打たないと、カリンの行動は過激になっていくのではと思います。エアーリア様にお怪我をさせる可能性もあると心配しているのですが、けれどまだ何もカリンを責められるような確実な証拠がなく……」


 私の話の途中で、ロキオ殿下は部屋を出て行ってしまった。乱暴に押し開けられた扉が、キィと音を立ててこちら側に戻ってくる。

 私は黙ってロキオ殿下が帰ってくるのを待った。殿下の感情をこれほどまでに乱すエアーリア様が羨ましいと思いながら。

 

 殿下はわりとすぐに戻ってきた。眉間に皺を寄せたまま部屋に入ってくると、


「カリンに警告してきた。エアーリアは私の恋人だぞと言ってきたから、もう下手な事はしないだろう」


 私は軽く目を見開いた。

 ロキオ殿下は私の小さな反応には気づかず、不機嫌なまま続ける。


「王族の寵愛を受けている人間に手を出すなんて、普通はしないだろう。これで大丈夫だと思うが……どうした、サラ?」


 固まっている私を見て、殿下が言う。

 私は戸惑いつつ尋ねた。


「殿下はエアーリア様ともう恋人関係だったのですか?」

「いや、違う。だがそう言っておいた方がいいかと思ってな。私がどれだけエアーリアを大切に思っているか分かるだろうし……」


 殿下はそこで言葉を途切れさせた。

 そして私は珍しい光景を目にする事になる。殿下がおろおろと赤面しているのだ。

 

「ま、待て……私は何を言っているのだ。エアーリアが恋人? そんな嘘をつかなくても、もっと他に警告の仕方があっただろう。冷静ではなかったとは言え、私は何故そんな事を口走ったのだ……」


 口元に片手を当ててわなわなと震えると、顔を赤くしたまま、いきなりバッとこちらを見た。


「サラ! お前、この事は誰にも言うんじゃないぞ! エアーリアには絶対に言うな!」

「分かりました。けれど、別に言っても大丈夫だと思いますが。エアーリア様を守るためについた嘘なのだと、ちゃんと説明すれば」

「……そうか?」


 殿下は一度納得したけれど、しばらく考えてまた声を荒げる。


「いや、駄目だ! 別に『大切な侍女』だと言うだけでよかったところを、こ、恋人などと……。エアーリアがこの事を知ったらどう思うか……。気持ち悪がるかもしれない」

「そんな事はないと思いますが」

「何故分かる! エアーリアに訊いたのか? 訊いてないだろう!」

「そうですけど」


 狼狽しているロキオ殿下は少し格好悪いけれど、ちょっと可愛いとも思ってしまう。よちよち歩きの子どもを見たって全く可愛いとは思わない私なのに。

 

「とにかく、絶対に言うんじゃないぞ」

「承知しました」


 殿下を安心させるために、私は深く頷く。

 そして殿下が落ち着いてきたところで、再び口を開いた。


「実はエアーリア様のブローチを使ってカリンを罠に嵌めようと思っていたのですが、殿下が直接注意なさったのなら、カリンは大人しくなるかもしれませんね。まぁ、どの道エアーリア様にはブローチを貸してもらえなかったのですが」

「ブローチ? ブローチを貸すくらい、エアーリアは何故嫌がるんだ?」

「カリンが壊す可能性があるからのようです。それに殿下に頂いた大事なものを簡単に貸したくはないのでしょう」


 私がそう言うと、殿下は少し口元を緩めて嬉しそうな顔をした。「ブローチくらいいくらでも買ってやるのに、エアーリアは仕方のない奴だな」と言いながら。

 私は「そうですね」と適当に頷いて、殿下に自分の考えた作戦を説明した。すると殿下はエアーリア様と違って乗り気になってくれた。


「こちらから仕掛けるのもいいな。エアーリアに買ったブローチとよく似たものが、店に一つあったはずだ。それを買ってきて餌にするか。まぁ、私の警告をカリンが聞き入れなければの話だが」

「ええ、そうですね。ところで、どうせならエアーリア様も呼んで作戦を立てませんか? 殿下がカリンの事で対策を色々考えてくださっていると知っていた方が、エアーリア様も安心できるでしょうし」

「そうだな、そうす……」


 殿下は一度頷いたが、深刻な表情をしてこう続けた。


「いや、待て。エアーリアに話すとなると、私がカリンに警告したという事も説明しなくてはならなくなるのではないか? 説明しなければ、『こんな作戦を実行に移す前に、殿下がカリンに一言注意してくださればいいのに』とエアーリアに思われるだろうし、使用人に注意もできないと思われたら……」


 どこを気にしているのかと思いながら、私は言葉を返す。


「カリンに警告したという事は説明しても、その警告の内容を言わなければいいだけなのでは?」

「駄目だ。その事を考えると、胸の底から羞恥が湧き上がってくるんだ。私は本当に何故、エアーリアを勝手に……自分の恋人にしたのだ……」


 ロキオ殿下は再び顔を赤くして、頭を抱えてしまった。


「私から全部説明しましょうか?」

「いい! 駄目だ、やめろ! エアーリアには何も言わないし、カリンを罠に嵌めるとしても、私とサラでやる。いいな?」

「分かりました」


 そんなに恥ずかしいのかと思いながら、殿下の新しい一面を見られて嬉しいような、少し寂しいような気持ちになる。私ではロキオ殿下にこんな顔をさせられないから。


「とりあえず、いつでも使えるようにサラはブローチを買いに行っておいてくれ。後で、金と店の場所を書いたメモを渡す。それから引き続きカリンの様子を注意して見ていてくれ」

「承知しました」


 殿下はそう言うと、赤面したまま部屋を出て行ってしまったのだった。



 それから三日が経ったが、カリンは一向に心を入れ替える様子は見せなかった。注意してカリンを観察していると、廊下の掃除をしながらブツブツと、


『恋人だなんて! 信じられない……。どうしてあんな偽物が』


 なんて言いながら顔を歪めている姿も目撃した。

 ロキオ殿下の警告は、どうやら裏目に出たようだ。ロキオ殿下がエアーリア様の事を自分の恋人だと言った事で、カリンは引くどころか苛立ちを募らせてしまっている。

 本当にこのまま放っておけばエアーリア様に危害を加えるだろうと思い、私はロキオ殿下の元に向かった。

 エアーリア様とスピンツさんはちょうど出ているようで、執務室にはロキオ殿下とロクサーヌしかいなかった。


「そうか、カリンは私の警告を聞いても変わらないか」


 ロキオ殿下は持っていたペンを置いて言った。青い瞳は氷のように冷たく見える。眉間に皺を寄せる事も目を吊り上げる事もなく、ただカリンにいかり、失望している。一見いつもと変わらない表情に見えるのが逆に怖い。

 ロキオ殿下はたまにとんでもないミスやドジをするスピンツさんを怒鳴っているが、あんなの怒っているうちには入っていなかったのだなと思う。


「もうすぐエアーリアとスピンツが戻ってくる。お前も自分の部屋に戻って準備をしていろ。私もすぐに行く。そうしたらカリンを罠にかける」

「はい、分かりました。失礼します」


 その後、カリンは簡単に罠にかかり、まんまと餌に食いついた。そしてこちらが予想していた通りの行動を取って、ブローチを壊そうとしてくれた。

 私とロキオ殿下は冷めた目をしてカリンがブローチを壊すのを待っていたが、そこにエアーリア様がやって来て、カリンに飛びかかった時は驚いた。


「これはロキオ殿下から頂いた私の大切なブローチよ! それをよくも壊そうとしたわね! 私の宝物を!」


 ロキオ殿下も目を丸くしていたが、我に返ると「何をやっているんだ、エアーリアは」と心配そうに言ってカリンたちの前に出ていく。


 私も、本当にエアーリア様は何をやっているのかと思った。たかがブローチのために、石を振り上げているカリンに飛びかかるなんて。

 でもカリンがやろうとしている事に気づいても「ブローチはまた買ってもらえるからいいわ」と思うような人なら、殿下はそもそもブローチなんてあげなかっただろう。

 そして私も、ここまで真剣にカリンを監視したり、罠に嵌めようとはしなかったかもしれない。


(エアーリア様……)


 彼女が嫌な女でなくてよかった。ロキオ殿下との仲を応援する気持ちを素直に持てるから。

 私はエアーリア様に変な嫉妬をして、ロキオ殿下に嫌われたくないのだ。


 

 二日後、ロキオ殿下たちが王都に戻る日がやって来た。またしばらく殿下とはお別れだ。

 昨日、ロキオ殿下とエアーリア様の間には何か進展があったのかもしれない。私には、二人の関係性が大きく変わったように思えた。


 何故なら、殿下はエアーリア様を見ている時はずっと目を細めて、表情を緩めているのだ。

 不機嫌そうに眉をひそめているロキオ殿下も、尊大に眉尻を上げていた殿下も好きだったが、ああやってほほ笑んでいる姿を見ると、自分でも驚くくらい胸が高鳴る。


「なんだか、今日の殿下は素敵ね。いつも素敵だけど特に」

「あんなふうにずっとほほ笑んでおられるのは珍しいからね。やっぱりエアーリア様効果だわ」

「お二人が上手く行けば、私たちもずっとあの爽やかなロキオ殿下を見られるのね」


 私たちの後ろで、ロキオ殿下たちを見送りに出てきていた女性使用人たちがこそこそとそんな事を話している。やはり誰から見ても、ロキオ殿下の甘いほほ笑みは素敵らしい。

 私は、二週間前にロキオ殿下がここに到着した日の事を思い出した。その時もエアーリア様を見る殿下の優しい表情に驚いたのに、今はそこにさらに甘さも加わっている。どんどん進化しているのだ。なんて恐ろしい。


「サラさんには特にお世話になりました。どうもありがとう。元気でね」


 エアーリア様は馬車に乗る前、わざわざ私にそう言ってくれた。父や弟にも感謝を伝えている。

 私は来月も会うのに丁寧だなと思いながら返事をする。


「今回はカリンの事でご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。また来月、お待ちしています」

「ええ」


 エアーリア様は困ったようにほほ笑んで、曖昧に頷いた。

 その反応を見て、もしかしてエアーリア様はもうここに来るつもりはないのかもしれないと心配になった。私の杞憂だといいけれど。

 

「エアーリア、もう行くぞ」


 と、その時、ずっとエアーリア様の背後で待っていたロキオ殿下が、少しだけ拗ねたような声を出した。

 エアーリア様が私たちと話して自分の方を見てくれないからって、それはほんの一分ほどの事なのに、簡単に拗ね過ぎではないだろうか。


「はい、すぐに」


 けれどエアーリア様が振り返って自分の方を向くと、殿下の機嫌はすぐに直ったようだった。


「お手を、お姫様」


 優雅に手を差し出し、エアーリア様が馬車に乗るための手助けをする。二週間前の「どうぞ、お嬢様」という台詞より、これも進化している。


「ひ、姫じゃありませんから」


 エアーリア様は心底困った顔をしつつ、頬も染めていた。複雑な心境のようだ。

 

 やがて護衛の騎士に囲まれた馬車は走り出し、フルートーの屋敷から去っていってしまった。


「さて、エアーリア様が殿下の侍女から妻になるのはいつになるだろうなぁ」

「あの様子だと、結構早いかも」


 父と弟が楽しみだと言うように笑い合っている。

 私も、エアーリア様ならば歓迎だ。けれど、エアーリア様は殿下に対して消極的な態度を取っていたのが気になる。


(そういえば今日はブローチをしていなかった)


 私は、屋敷へ戻ろうとしていた足を止めて、門の方を振り返った。馬車はとっくにそこから去ってしまっている。


 エアーリア様がもう一度あのブローチをつけて、ロキオ殿下と一緒にフルートーにやって来てくれる事を私は願った。

次話から二日に一回の更新になります。明日はお休み。

あと12,3話くらいで終わりです。

引き続きよろしくお願いします!


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