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30日目(2)

 無理に笑顔を作りながら泣くという、わけの分からない表情になっているだろうが、私もわけが分からない。

 泣くつもりじゃなかったのに。

 

「す、すみません、何で……」


 急いで涙を拭うが、後から後から溢れ出てきて止まらない。

 ごしごしと目元をこすっていると、その手をロキオ殿下に捕らえられた。


「こするな」

「でも……」


 殿下は私の両手首をまとめて片手で掴むと、もう片方の手で私の涙をそっと拭った。


「お前は、寂しかったのだな」


 そして涙に濡れた私の瞳をじっと見て言う。


「やはりエアーリアは私によく似ている」

「殿下に?」

「そう。私も寂しかった」


 最初は指で涙を拭ってくれていたロキオ殿下だが、私の涙がまだ止まらないと見ると、私が刺繍をしたハンカチを取り出してそれで拭いてくれた。

 

「子どもは普通、親に一番に愛されて育つものだろう?」


 殿下は少し哀しげな目をして、皮肉っぽく片方の口角を上げる。


「人は誰しもこの世に生まれ落ちた瞬間から、親にとっての一番であるはずなのだ。普通の親ならば自分より子どもを優先して愛するものだし、子どもが増えても、その子どもたちに順番をつける事はしないはずだから」


 私は小さく頷いた。


「けれどエアーリアは、おそらくアビーディー伯と伯爵夫人にとって、三番目に大切な子どもなのだろう」


 ロキオ殿下の声が優しいからだろうか、自分でも分かっていた悲しい事実を改めて言葉にされても、衝撃を受ける事はなかった。

 ミリアンとミシェルは同点で一番で、私は三番。それはこれからも変わらない順位だ。


「そして私も、父や母にとっては三番目に愛している子どもだ。情は持ってくれているだろうが、一番じゃない」


 けれどロキオ殿下が自分の事をそう話した時には、少なからず衝撃を受けた。私や城の人間などはそれに薄々気づいていたけれど、殿下も自分でそう感じていたのだ。

 自分たちの子どもに対する王妃様や国王陛下の態度の差は、うちの父と母よりは分かりやすいので、本人が気づかないはずがないのかもしれないが。


「父と母は、長男であるイオ兄上を一番に愛しているし、大事にしている。二番目はシニク兄上で、イオ兄上の次に愛されている。そして私は三番目。生まれた順が、そのまま両親に愛されている順番にもなっている」


 私の涙はいつの間にか止まっていた。反対にロキオ殿下がだんだんと寂しげな表情になっていくので、今度は私が殿下の目元を撫でた。 

 涙をこぼしているわけではなかったが、慰めたくなって。

 私は尋ねた。


「王妃様と国王陛下は、どうしてイオ殿下を一番に愛するのでしょう? 次の国王だからでしょうか?」

「そうだろうと思う。まぁ、単純に私が可愛くないという可能性もあるが……。だが、父と母は普通の夫婦ではなく、国王と王妃だ。他のどの家より跡継ぎが大事なのだろう。シニク兄上と私は、イオ兄上に何かあった時の予備でしかない。シニク兄上は優秀な予備。私は出来損ないの予備だ」

「そんな事おっしゃらないでください。予備だなんて」


 殿下の言い草にむっとしてしまった。


「私の主は、優しくて優秀な王子です。それにこの世で唯一の存在なんですから」


 私が怒ってそう言うと、ロキオ殿下は嬉しそうにちょっとだけ笑ってくれた。

 そして続ける。


「シニク兄上は、自分が二番目である事はあまり気にならないようだ。下に私がいるから、まだ自分はマシだと思えるのかもしれないし、イオ兄上と仲が良いから、イオ兄上には一番に信頼されているという自信があるのかもしれない」

「確かにイオ殿下とシニク殿下は仲が良いですね」


 年齢もきっと関係あるのだろう。イオ殿下とシニク殿下は一歳差だが、シニク殿下とロキオ殿下は六歳も離れている。

 おそらく兄王子二人は、お互いの事を戦友のように思っている。しかし歳の離れたロキオ殿下の事は、普通に弟として見ているに違いない。


 イオ殿下はシニク殿下を頼りにしている様子で、シニク殿下はイオ殿下を支えようとしている。二人の結びつきは強い。決してロキオ殿下が除け者にされているわけではないし、兄王子二人もそんなつもりはないだろうが、ロキオ殿下は寂しさを感じる時もあるかもしれない。

 ロキオ殿下は、体のどこかに痛みを感じているかのように目を細めて言った。


「私は家族の誰にとっても、一番ではない」


 私も辛くなって、思わず殿下の頬を撫でた。頬には涙の跡なんて残っていないけれど、子どもの頃からそれを感じていたのだとしたら、私と同じようにきっと昔は一人で泣いたのだろう。


「だが、エアーリア。お前はもう違う。三番目なんかじゃない。何故なら、私がいるからだ」

 

 私は首を傾げる代わりに、一度まばたきをした。

 ロキオ殿下は薄いブルーの瞳で私を愛おしそうに見て、穏やかにほほ笑んで続ける。


「私はお前を一番大切に想っている。エアーリアは私にとっての一番なのだ」


 私は目を大きく見開いて、ほんの一瞬呼吸を止めた。

 今までにないくらい優しく、甘く、殿下が私を見つめて言う。


「愛している」



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