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寂しい侍女は、高慢王子の一番になる  作者: 三国司
フルートー編

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28/48

22~26日目

 次の日、私はドレスの胸元に銀色のブローチをつけた。ブローチは花のデザインで、小さな真珠や透明で綺麗な石――まさかダイヤではないと思う――がいくつもあしらわれていた。

 真珠だって高いはずなので本当に貰ってしまっていいのか悩むけれど、ロキオ殿下は私が遠慮しないよう渡し方にも気を遣ってくれたのだ。そこまでさせておきながらブローチを返すのは、逆に失礼になる気もする。


 それに殿下が私のために選んでくれたのかと思うと、このブローチはもう手放せそうになかった。私の中で宝物になってしまっているから。


「うん、いい感じ」


 自分の部屋のドレッサーの前で、鏡に映る自分の姿を眺める。このブローチはどんなドレスでも合いそうだけど、今日はブローチが引き立つように夜空のような落ち着いた藍色のドレスを選んでみた。


「ふふっ」


 一人で笑っているなんて変だ。けれどブローチを見ていたら口元の筋肉が緩んでしまう。

 私はふにふにと自分の頬を摘んで緊張感を持たせると、


「仕事しよう」


 そう呟いて自室を出たのだった。


 

 殿下が起きてくる前に、私室の掃除や朝食のためのテーブルのセッティングなどをサラさんと手分けして行っていると、サラさんはふと私の胸元を見て言った。


「そのブローチですか? ロキオ殿下が昨日、エアーリアさんに買ってこられたというのは」

「え? どうして知っているんです?」

「スピンツさんが言っていました」


 サラさんは淡々と言った。

 私は控えめに頷く。


「そうなの、殿下が下さって……。あの、きっと昨日はたまたま機嫌が良かったのね」


 自慢のように取られると嫌だなと思って、気を遣いつつ言う。

 サラさんもロキオ殿下に忠実だし、忠誠心は厚いように思う。そして彼女は侍女ではないけれど、私より前からフルートーで殿下に仕えていた使用人なわけで、もしかしたら私だけがブローチを貰った事に対して嫌な気持ちを持つかもしれないと心配した。


(だって、もしロキオ殿下がサラさんにだけお土産をあげていたら……)


 逆の立場で考えるともやもやする。決して物が欲しいというわけではないのだが……。

 ブローチが目立つようなドレスを選んだ事も少し後悔した。見せびらかしていると思われたらどうしよう。

 しかしどうやら私は変に気を回し過ぎていたようで、サラさんはいつもと変わらぬ無表情でこう言うだけだった。


「エアーリア様によく似合っていますよ」

「まぁ、ありがとう」


 私は素直に嬉しくなってお礼を言った。




「私は見る目があるな」


 ロキオ殿下の髪を整えに寝室へ行ったら、殿下は私を見るなり尊大に腕を組んで、そう自画自賛した。

 一瞬何の事だか分からなかったが、ロキオ殿下の視線がブローチに向いている事に気づき、言う。


「ブローチの事ですか?」

「ああ、エアーリアのために作られたかのように似合っている。私の見立て通りだ」


 私はくすくす笑いながら、指摘する。


「これは店主が強引に売りつけてきたものなのでは?」

「うん? ……あー、そうだったな。……店主は見る目があるようだ」


 同じ部屋にいたスピンツ君も声を出さずに笑っている。

 少し意地悪をしてしまったかと思って、こう続けておいた。


「けれど買ってくださったのは殿下ですものね。ありがとうございます。とってもお気に入りになりました」


 これからは毎日つけますねと続けると、ロキオ殿下は満更でもなさそうに「そうしろ」と言って口角を上げたのだった。





 ロキオ殿下にブローチを貰ってから五日後、一人で屋敷の廊下を歩いていると、後ろからサラさんに声をかけられた。


「エアーリア様、今、少しいいですか?」

「サラさん? どうしたの?」


 私は振り返って足を止めた。

 サラさんは私の胸元で光るブローチを指差して、抑揚のない単調な声で言う。


「そのブローチ、少しの時間貸してもらえませんか?」

「え? どうして?」


 ロキオ殿下から頂いたものを人に貸すのは気が進まないけれど、何か理由があるなら協力しようと思いつつ尋ねる。

 けれどサラさんはあまり理由を話したくない様子で、「少しの時間でいいので」としか言ってくれない。

 私は困って眉を下げた。


「サラさん、これはロキオ殿下から頂いた大切なものなの。理由も分からないのに貸せないわ。他のブローチでは駄目? 私も私物を二つほど持ってきているのよ。そちらなら貸せるわ」

「いいえ……」


 サラさんはわずかにうつむいて考えた後、説明を始めた。


「実は、そのブローチを使ってカリンを罠にはめようと思っているのです」

「罠? カリンに?」


 急に何を物騒な事を言い出すのだと、私は眉をひそめる。


「罠って、どういう事? 何故カリンに?」

「カリンがエアーリア様に反抗的なのは、あなたも気づいておられるでしょう?」

「ええ、もちろん……。でも全ての人に好かれるのは無理だもの、仕方がないわ」


 私は毅然とした態度を取るようにしているけれど、カリンの態度は五日経っても改善される事はなかった。だからもう仕方がないと諦めているのだ。

 そういえば昨日はこんな事を言われた。


『そのブローチ、ロキオ殿下に貰ったんですよね。本当は私と同じような使用人になるはずだったのに、エアーリア様はとっても幸運な人ですね』


 ブローチの事は、他の女性使用人に「素敵ですね」と褒められた時に、たまたま私と一緒にいたスピンツ君が「ロキオ殿下のお土産なんですよ」と自分の事のように嬉しそうに喋ってしまったので、それがカリンの耳にも入ったのだろう。

 

「……仕方がないと言っている場合ではなくなるかもしれませんよ」


 サラさんはそう前置きして話し始める。


「実は昨日、使用人たちの休憩時間にカリンがエアーリア様の事を悪く言っていたんです」

「そうなの……」


 今更カリンに陰で何を言われていてもショックは受けないが、気分は良くない。

 サラさんは続ける。


「あまり失礼な事を言うようならそれを理由に解雇しようかと思いましたが、カリンも馬鹿ではありませんから、あからさまにけなしていたわけではないんです」


 サラさんが言うには、カリンはこんな事を言っていたようだ。


『皆がいない時、私、エアーリア様にいつも睨まれるのよ』

『私が最初に失礼な態度を取ったのが悪かったんだと思うけど、謝っても許してもらえない』


 しょんぼりしながら、そう訴えたのだという。

 私は慌てて言った。


「私、カリンを睨んだりしていないわ。それに謝られた覚えもないし……。本当よ」

「分かっています」


 動揺する私に、サラさんはいつも通り淡々と返してくる。


「もうエアーリア様がここへ来て九日になりますから、私も他の使用人たちもあなたの人となりは知っています。昨日だって、他の使用人たちはカリンの言葉を信じませんでした」


 そこで一旦言葉を切って、サラさんは真剣な表情をこちらに向けた。


「それで誰からも相手にされず、逆に『嘘でしょう?』と責められ、私からも注意をされて、カリンは真っ赤になって黙り込みました。苦虫を噛み潰したような顔をして。とは言え、これで懲りて大人しくなるかと思ったのですが、どうやらカリンは逆の方向に突っ走り始めたようです」

「逆って……?」


 恐る恐る尋ねる。


「つまりエアーリア様を貶めるため、積極的に行動を始めたようです」


 私は何も言えずにサラさんの続きを待った。


「実はつい今しがた、カリンがロキオ殿下やエアーリア様のお部屋がある二階の様子を伺っていたという報告を、廊下で歩哨に立っている騎士様から受けました。それに今朝は調理場の近くで、カリンが下剤として使われる薬草を持っているのも見たんです」

「下剤……?」


 私が首を傾げると、サラさんは察しが悪いと言いたげに続ける。


「エアーリア様の食事に入れるためですよ。おそらくですが。そうじゃなければ、薬草を持ってこそこそと調理室に入ろうとしないでしょう? しかも私の姿を見ると慌てて逃げていきました」

「じゃあ二階を伺っていたのは……」

「エアーリア様の部屋に忍び込もうと考えたのでは? 具体的に何をするつもりなのかは分かりませんが、例えばドレスの一部分を少し破いておくとか、汚しておくとかして、エアーリア様がそれに気づかないまま着れば、殿下の前に出た時に恥ずかしい思いをする事になります。侍女失格だと思われるかも」


 私は思わず自分の体を見下ろした。


「このドレス、大丈夫よね? う、後ろは? 破れてない?」

「ええ、大丈夫です。カリンはまだ部屋に忍び込んではいないはずですから。近くにはロキオ殿下の部屋もあって、廊下には騎士様が立っていますし、それに部屋の鍵もちゃんと閉めているでしょう?」

「それは毎回ちゃんと確認しているわ」

「だったら今のところはカリンは何もしていないはずです」

「……カリンは私がどうなれば満足なのかしら。侍女をクビにでもなって、今の立場を失えば満足なの?」

「それが一番でしょうね。でも本人もはっきり目的は定めていないんじゃないでしょうか? 何でもいいから、とにかくエアーリア様に嫌がらせしたいだけでは?」


 サラさんはカリンの事を思い浮かべたのか、わずかに眉根を寄せて言う。

 そして私に視線を戻すと、手を差し出して続けた。


「ブローチ、貸していただけますね?」

「このブローチをどう使うつもりなの?」


 不安をにじませて言うと、サラさんはこう説明する。


「私の部屋の前の廊下にでも置いて、その後カリンを呼び出します。カリンはそのブローチの事を知っていますから、エアーリア様が落としたのだと思って拾うでしょう。そしてカリンの性格を考えると、おそらくそのまま隠し持つ事はせず、壊そうとするのではないかと思います。壊して、ロキオ殿下が通るような場所に置いておくのです」


 確かに、無残に壊されてその辺に捨て置かれているブローチを見れば、ロキオ殿下は気分を害するだろう。

 私が実はロキオ殿下を嫌っていてやったのだと疑われる可能性もあるし、他人がやっとしても私がブローチの管理をちゃんとしていなかったと思うはず。


 例えば私との付き合いが長い王妃様なら、「エアーリアったら、おかしな嫌がらせを受けているのね。ブローチはまた買ってあげるわ」と言ってくれるかもしれない。

 けれど私はまだ、ロキオ殿下とは信頼関係を築いたばかりだ。壊れたブローチが転がっているだけで、今の関係は簡単に壊れてしまうかも。

 想像だけで顔を青くしている私に、サラさんは続けた。


「カリンはまだ決定的な行動は取っていません。なので私も、カリンをこの屋敷から出て行かせられるだけの証拠を掴んでいません。待っていればエアーリア様がここを離れるまでに何か行動を起こすでしょうが、私も常にカリンを見張っているわけではないので、犯行の瞬間を見逃すかもしれません。ですから、こちらから罠を仕掛けるのです」


 罠を仕掛けて、嫌な相手を追い出す。

 子供の頃、例の家庭教師には何もできなかった私だが、今はこのブローチをサラさんに渡せばカリンを追い詰められる。

 けれど――。

 私はゆるく首を横に振った。


「私は、このブローチを〝餌〟にする事はできない。最終的にはカリンに壊されてしまうかもしれないのに」


 私が断ったので、サラさんは顔をしかめて片眉を上げた。


「壊されても、殿下がまた新しいものを買ってくださいますよ。それでいいじゃないですか。殿下には、私が無理にエアーリア様から借りたのだと説明しますから」

「いいえ、それでも無理よ。このブローチは貸せないわ。宝物なの」


 サラさんをまっすぐ見つめて言うと、彼女は呆れつつも諦めてくれたようだった。


「分かりました。……エアーリア様らしいですね。殿下もあなたのそういうところが気に入ったのでしょう」


 けれど、こう忠告もしてくる。


「でも、カリンには気をつけてくださいよ。さっきも言いましたが、私もずっとカリンを監視したりエアーリア様と一緒にいられるわけではないのですから、隙はいくらでもあります。食事や飲み物に下剤を入れられたり、階段から突き落とされたり、上から水をかけられたり、ベッドに毒虫を忍ばせられたり、手持ちのドレスを全部ズタズタにされないよう気をつけてくださいね」

「そ、そこまでする……? 毒虫とか、階段から突き落とすなんて……そこまで恨まれてるとは思えないわ」

「エアーリア様が何もしていなくても、理不尽な嫉妬や恨みはカリンの中で勝手に大きくなっていくものなのです。昨日、誰にも発言を信じてもらえず嘘つき呼ばわりされてカリンは恥をかいていますから、それでエアーリア様に対する見当違いな恨みがさらに強くなったのでしょう」


 そんなの、私にとってはとんだ災難だ。

 カリンは勝手に私を嫌って、勝手に妬みを募らせて、勝手に復讐しようとしている。


「忠告はしましたよ」


 サラさんは踵を返し、去っていってしまった。

 一人残された私は冷や汗を浮かべる。


 まさか、いくらカリンが私を気に入らないと言ってもそこまで憎悪されているはずもない。――普通に考えればそうだけど、でもサラさんは警戒しろと言う。

 私はとぼとぼと歩きながら考えた。


(本当かしら。本当にカリンはそこまで私を嫌っている?)


 カリンが私に危害を加えようとしていると考えるのは怖いので、サラさんが色々と想像を膨らませすぎなのでは? などと呑気な事を考えた時だった。

 外から、何やら苛々した口調の話し声が聞こえてきた。

 誰かいるのかと、私は廊下の窓から下を覗く。


 するとそこにいたのは、なんとカリンだった。


「もう! なかなかあの偽物の伯爵令嬢に恥をかかせられない!」


 私はビクッと肩を揺らした。

 カリンは続ける。


「鍵もないし、騎士様がいるから部屋には忍びこめないし、下剤を入れるチャンスも意外とないし、大体、薬草をそのまま料理に入れたらすぐにバレる……。それにあのブローチは肌身離さずつけてるみたいだし。どこかに落としてくれたら、石で叩き割ってロキオ殿下にお渡しするのに。『エアーリア様が壊していました』って言って」


 カリンの大きな独り言を聞いて、私は気が遠くなった。

 どうやらサラさんは間違っていなかったらしい。

 私が頭を抱えている間にも、カリンは上を見上げる事なく、地面の石ころを蹴飛ばしたりしながらぶつぶつ喋っている。


「大体、どうしてあんな偽物がロキオ殿下にブローチなんか貰ってるわけ? あの人には使用人の血が流れてる事を誰も気にしないなんておかしいわ! 中身は私と一緒なのに、どうしてあの人は綺麗なドレスを着て、高いブローチを貰う事ができるの!? どうして王子様に気に入られているの!?」


 聞いていると悲しくなるが、同時に警戒心も沸き起こってくる。


「こんなの不公平だわ。あの人はただ運がいいだけで、私には運がなかった。それだけでこんなに人生が変わってしまうなんて……。考えるほど、本当に腹が立ってきた。今度姿を見かけたら階段から突き落としちゃうかも。顔に怪我でもすればいいのよ」


 もう一度石ころを蹴ってからどこかへ行ってしまったカリンの後ろ姿を見つめながら、私はぞっと鳥肌を立てた。

 カリンの言い方は本気だった。

 

(とりあえずブローチを落とさないよう気をつけて、食事に変なものを入れられないようにして、階段を下りる時は背後に注意して、部屋にはちゃんと鍵をかけて……)


 フルートーを発つまであと五日。

 無事に王城に帰れるのか、かなり心配になってきた。


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