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寂しい侍女は、高慢王子の一番になる  作者: 三国司
フルートー編

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20日目(2)

 ロキオ殿下と二人で部屋に戻る途中、前からやって来たカリンたちは、廊下の端に寄って頭を下げた。

 しかしカリンは殿下が通り過ぎるとすぐに頭を上げて、殿下の後ろを歩いていた私には冷ややかな視線を向けてきた。

 目の奥に宿っている感情は……妬みだろうか?


 睨まれて、私はびっくりして目を見開いた。立ち止まってカリンに何か言おうとしたが、彼女はつんと顔を背けると、さっさとここから離れていってしまう。


「あ、ちょっとカリン……!」


 まだ頭を下げていたもう一人の若い女性使用人は、私にもう一度礼をしてから、カリンの後を追う。

 そして先へ進んでいたロキオ殿下は、私が立ち止まっているのに気づいて声をかけてきた。


「エアーリア?」


 私は前を見ると、すみませんと言いながら急いでロキオ殿下に追いつく。


「どうかしたのか?」

「いいえ、なんでもありません」


 殿下は私の後ろに見えるカリンたちに目をやってから訝しげにこちらを見たが、私は何も言わずに「お部屋に戻りましょう」と促した。


(嫌な事を思い出してしまったわ……)


 再び廊下を歩きながら、私は過去に出会った家庭教師の女性の事を思い返した。


 彼女は、私が八歳の時にやって来た家庭教師だった。それまで勉強を教えてくれていた教師が結婚のために仕事を続けられなくなったので、新しく雇われたのだ。

 新しい家庭教師は、私がアビーディー家と血の繋がりのない養子であると知ってから、はっきりと私に冷たく当たるようになった。

 アビーディーより格は下がるが彼女も一応貴族の出だったので、本来ならだたの使用人の子であった私に丁寧に接するなんて嫌だったのだろう。

 

 勉強を教えてもらっている最中は、部屋には私と家庭教師の二人きりだ。たまに侍女がお茶を運んできてくれるものの、長居はしない。

 

『全く、どうしてこんなまがい物が贅沢な暮らしをしているのかしら』


 周りに大人がいない状況では、彼女は私をよく罵った。

 他にも、難しい問題を出しては解けない私を厳しく叱ったりしたし、こちらから分からない事を質問すれば無視をされたりもした。すぐ隣に座っているのに、本を読んだまま何も言わなくなるのだ。


『お前はアビーディー伯爵様たちに感謝するべきよ。ただの使用人の子だというのに、こんなふうに家庭教師までつけてもらっているのだから。いつも身を謹んで、ミリアン様やミシェル様より前に出ないようにしなさい』


 そんな事も何度も何度も言われたけれど、言われるたびに「そんな事は分かっている」と思っていた。

 彼女に言われなくても私は両親に感謝していたし、ミリアンやミシェルより目立たないようにしていた。とは言え、ミリアンとミシェルは子どもの頃から天使のようだったし勉強の方もよくできたので、私がそんな気を遣うまでもなかったけれど。


(あの目……)


 身分不相応な環境にいる私を妬むようなカリンの目は、あの家庭教師の目とそっくりだった。

 私は顔を歪め、目を伏せる。


 私の出生を知っても全く態度が変わらない人や、「ご両親は馬車の事故で亡くなったのね……。気の毒だったね」と同情してくれる人もいる。

 ほとんどの人はそうだったが、中にはあの家庭教師やカリンのように、悪い方に態度をがらりと変えてくる人もいるのだ。自分の現状に満足していない人ほどそうなるのかもしれない。


 家庭教師は一ヶ月ほど私に意地悪を続けていたが、結局、様子がおかしいと気づいてくれた侍女が父に言ってくれて、解雇になった。


 私が自分で両親に訴えれば一番早かったのだが、幼い時は今以上に家族に対する遠慮があって、家庭教師が酷い人なのだとは言えなかった。

 その問題を対処するために、父や母の手を煩わせるのが申し訳なかったからだ。

 両親に問われて初めて、自分が受けている扱いを伝える事ができた。


『なんという事だ! そのような人間だったとは……。エアーリア、安心しなさい、もうあの家庭教師は呼ばないよ。新しい人を雇おう』

『ああ、エアーリア、気づけずにごめんなさい』


 父は憤慨し、母は泣きそうな顔をしていた。けれど二人は私の勉強中、同じ部屋で見ているわけではないし、当時はまだミリアンとミシェルも幼く手がかかったので、注意もそちらに向いていたのだろう。私も訴えなかったし、気づかないのも仕方がない。

 

(あの時は、家庭教師は父が追い払ってくれたけど……)


 今回は自分で対処しなければならない。私はもう、ただ耐えて助けを待つだけの子どもではないから。


(うーん、でも……対処ってどうやって?)


 思いつくのは、カリンに直接注意をするという方法だ。だけど何て言って注意をすればいいのだろう。


『変な嫉妬をするのはやめて。私が伯爵令嬢であるのが気に入らないのなら、私を養子にした父や母に直接言ってみたらどう?』


 とか?

 でもそんなふうに親を出すのは嫌だ。自分だけでは勝てないのだと思われそうだ。


『養子でも私は貴族である事に変わりはないのだから、あなたはその失礼な態度を改めるべきよ』


 と言うのはどうだろう。でも、少し偉そうに聞こえるかも。

 もしくは、


『そういう礼節をわきまえない態度は、あなたにとってもためにならないわ。周りから常識のない人だと思われてしまうわよ』


 と少し遠回しに言うというのは? 逆に嫌味だろうか?

 注意するのならびしっと決めたいけれど、相手を逆上させたくないし、難しいところだ。


「ううん……」


 こういう時、弟のミリアンなら上手い言葉を思いつきそうだ。あの子は頭がいいし、弁が立つから。

 ミシェルも嫌味のない素直な言葉を相手に伝えて、逆に仲良くなりそうな気がする。

 唇を引き結んで小さく唸っていると、いつの間にか殿下が足を止めてこちらを見ていた。私室に着いていたようで、扉を開けたまま待っていてくれている。


「入らないのか?」

「あ、申し訳ありません」


 小走りで距離を詰める。部屋の中では、スピンツ君が窓辺で寝ているロクサーヌを眺めて待っていてくれていた。


「殿下、エアーリアさん、おかえりなさい。でも帰ってくるの早過ぎないですか?」

「魚がいなかったんだ」

「魚? 何ですかそれ?」


 ロキオ殿下の短い説明に、スピンツは首を傾げている。私に魚を見せるというロキオ殿下の思惑までは知らなかったようだ。

 部屋の中は暖炉が燃えていて暖かかったので、私はロキオ殿下の後ろに回って、殿下がコートを脱ぐ手伝いをした。

 そして殿下のコートを持って、部屋を出る。


「片付けてきますね」


 誰もいない廊下を歩いていると、殿下のコートからふわりと香水が香ってきた。自分がつけるには男性的で色っぽ過ぎる香りだけど、ロキオ殿下にはよく合っていると思う。落ち着くような、いい香りだ。

 思わず手に持っている黒いコートに顔をうずめたくなったが、さすがに自制する。


(そもそも異性のコートに顔を埋めたくなるなんて、私ったら何を考えているの)


 最近本当に変だと、私は自分で思ったのだった。

 

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