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寂しい侍女は、高慢王子の一番になる  作者: 三国司
フルートー編

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18日目(3)

 ロキオ殿下が点を入れた後も、休む事なくプレーは続いた。

 殿下はこのピオボールに慣れ親しんでいるわけではないはずだが――少なくとも王城でピオボールをやっているところは見た事がない――よく点を入れて活躍していた。

 スピンツ君もちょこまかと素早く走り回って、何度も敵からボールを奪っていたが、体当たりされて倒されては敵の下敷きになって潰れていた。


(皆、怪我をする事を少しは怖がってくれないかしら?)


 誰かと誰かがぶつかるたび、見ているこちらが青ざめてしまう。それがロキオ殿下なら尚更だ。

 それに心配なのは、ぶつかったり体当たりされたりする事だけではない。試合が終わるまでに殿下の上等な服も無事であるかも心配だった。

 殿下はボールを奪おうとした敵に服を引っ張られ、シャツの上二つのボタンが弾け飛んだり、泥だらけの作業員とぶつかって殿下も泥だらけになったりしているのだ。


(シャツはいいけど、ベストのボタンは純金製だったわね。取れてしまっていないか後で確認しないと)


 そんな事を考えながらもロキオ殿下やスピンツ君を応援しつつ、試合が終わるのを待つ。


「ロキオ殿下は何をやっていても格好良いわね」

「本当に素敵よねー」


 カリンとその隣りにいた若い女性使用人が、ロキオ殿下を見て感嘆のため息をついた。

 その気持ちは私も分かる。太陽の光を含んだ金髪が揺れ、零れ落ちる汗すら輝いて、ロキオ殿下は普段より格好良く見える。

 殿下がゴールを入れるたび、きゃあきゃあと黄色い声をあげるカリンたちに、少し年配の女性使用人がしみじみと言った。

 

「私はここのお屋敷で働けて幸せだよ。でも私がもう少し若ければ、殿下と恋仲になる事も夢見れたんだけどねぇ」


 その言葉にカリンの隣の使用人が「やだ、タバサさんってば」と笑う。


「若くても、私たちみたいな使用人じゃ、王族と恋をするなんて夢のまた夢ですよ」

「あら、そんな事ないわ」


 自虐的に笑う女の子に、カリンが続ける。


「人生、何が起こるか分からないもの。ただの使用人のはずだった人が伯爵令嬢になる事もあるし、王族の侍女になる事だってあるのよ」


 自分の事を言われているのだと気づいて、私はカリンの方を見た。カリンは真っ直ぐこちらを見ている。

 使用人と貴族という立場を考えれば、あまりに不躾な視線だが、カリンはおそらく私の事を本物の伯爵令嬢とは思っていないのだ。私の本当の両親は使用人だったから、中身は自分と同じだと思っている。

 

「馬鹿! な、何を言い出すのよ!」

「あんたって子は、ほんとに」


 周りにいた女性使用人たちが心配そうにこちらをちらちらと見ながら、慌ててカリンの肩や背中を叩く。

 彼女たちの反応からして、どうやら私が養子だという事は屋敷の皆に広まってしまっているのだろう。きっとカリンが話したのだ。


「だってそうでしょ。私たちにもチャンスはある」

「ないわよ、もう! 黙っていて」


 口を塞がれて、カリンはやっとお喋りをやめた。私も彼女たちから顔をそらす。

 と、その時。殿下が何度めかのゴールを決めて、試合が終わったようだった。


「やったぁ! 僕と殿下のチームの勝ちです!」

「負けたー!」


 スピンツ君が跳んで喜び、セオさんが悔しがる。

 ロキオ殿下は一緒にプレーした仲間や敵の肩を叩いて歩きながら、お互いの健闘をねぎらっていた。結構激しい試合だったので最終的に喧嘩になったりしないかと心配したが、実際はその逆だった。身分の差を越えて仲良くなったようだ。


「僕、もう一度やりたいです!」

「俺はちょっと休憩」

「じゃあ俺が代わりに」


 スピンツ君はそのまま続けるようだが、メンバーを入れ替えてまた試合が始まった。

 ロキオ殿下は皆の輪から外れると、まくりあげた袖で汗を拭って、こちらに歩いてくる。


「ちゃんと見ていたか?」


 髪をかき上げながら、ロキオ殿下は自慢げに笑いかけてきた。

 私は苦笑して答える。


「はい、見てました。とても格好良かったですよ」


 ロキオ殿下は当然だと言うように賞賛の言葉を受け止めると、私の隣で玄関前の階段に座って、得意げに唇の端を上げる。とても機嫌が良さそうな横顔だ。

 

「でもそのお顔……」


 私は殿下の頬を見て言った。体当たりされて倒れた時に地面で擦ったのか、小さな擦り傷ができている。


「それに右手の指は大丈夫ですか? 服だってこんなに汚れて、シャツはボタンが取れていますし……」


 ロキオ殿下の正面へ回って、頬の他に怪我をしている場所はないかとあちこちに視線を移す。


「怪我なんてしていない。これだって手当ての必要もない小さな傷だ」

「あまり心配させないでくださいね」


 そんな事を話していると、ちょうどサラさんたちがタオルを運んできてくれた。


「お茶より先にタオルと救急箱を持ってきました」

「さすがサラさん。ちょうどよかったわ」


 私はサラさんからタオルと救急箱を受け取って言った。

 

「手当ての必要はないと言っただろ」


 と眉間に皺を寄せる殿下にタオルを渡してなだめながら、私は傷の消毒に取り掛かる。

 サラさんたちは他の皆にタオルを配りに行ってしまった。

 

「少し沁みるかもしれません」


 ピンセットと綿球を使って傷に消毒液を塗る。痛むのか、ロキオ殿下は僅かに目をすがめた。けれどたぶん「痛いですか?」と尋ねても「痛くない」と言うだろう。

 

「ガーゼも貼っておきましょうか?」


 私はそう言いながら、傷に向けていた視線をロキオ殿下の瞳に合わせる。

 すると、真っ直ぐに視線が合った。殿下は、私が殿下の方を見る前からじっとこちらを見ていたようだった。


「いや、いい」


 目を合わせたまま言われる。そんなふうに真正面から見られたら、なんとなく恥ずかしい。

 私は体を後ろに引いて、傷を消毒するために近づいていた距離を少し空けた。そうして慌てて会話を続ける。


「そ、そう言えば、殿下は私が侍女になってから、もう三度も怪我をされていますね。ロクサーヌに引っかかれ、剣のお稽古で右手を傷めて、今日はお顔に擦り傷まで……。もっとお体を大切になさってくださいね」


 注意するように言うと、ロキオ殿下はフンと鼻を鳴らしていった。


「それを言うなら、エアーリアも気をつけるべきだな。二回目に貧血を起こして倒れるのはいつになるだろうな」


 しかしそこまで言うと、次には気まずそうに視線を地面に向け、ぼそぼそと早口で続ける。


「いや、今のは無しだ。私は別にエアーリアに倒れてほしいわけではないのだ。だいたい、エアーリアが貧血を起こしたのも私のせいだしな。悪かった」

「そ、そんな、謝らないでください」


 ロキオ殿下が高慢でないと調子が狂う。

 熱でもあるのでは? と不安になり、つい手を伸ばして殿下のおでこに触れてしまった。


「……っ!」


 しかし殿下が目を見開いてさっと身を引いたので、しっかり体温を確認する事はできなかった。熱かったような気がするが、それは運動をしたからだろう。

 目を見開いたままのロキオ殿下は、僅かに頬を赤らめている。そんな相手の様子を見ていたら、私まで恥ずかしくなってきた。

 よく考えれば、私は何を親しげにロキオ殿下に触れようとしていたのか。

 

「す、すみません。殿下があまりに素直なので、熱でもあるのかと思って……」


 しかしその私の言葉で、ロキオ殿下は今度は「あん?」と眉尻を上げた。眉間に深い皺が刻まれる。


「私が素直だとおかしいか?」

「いえ、あの……はい、ちょっと」


 眉を下げつつ、肩をすくめて言った。

 ロキオ殿下は拗ねたように口を引き結ぶと、私の頬に両手を伸ばしてくる。

 そうして、むにっと頬をつままれた。


「やめてくだひゃい」

 

 前にもこんな事をされたなと思いつつ、殿下の手首を掴む。


「でんか……」

「ははは!」


 私の頬をむにむにと揉みながら、殿下が高笑いする。意地悪だ。

 

「仲がよろしいのは結構ですが、使用人たちも見ていますのでほどほどに」


 通りすがりに、サラさんが呆れたようにそんな言葉を落としていった。

 我に返って首を横に向けると、女性使用人たちが驚いたように目を丸くしてこちらを見ていた。カリンだけは不愉快そうにそっぽを向いてしまったが、他の皆はロキオ殿下が声を上げて笑っている事にびっくりしているらしい。

 殿下も視線に気づいて、きまり悪そうに私の頬から手を放したのだった。

 

 

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