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寂しい侍女は、高慢王子の一番になる  作者: 三国司
フルートー編

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18日目(2)

「エアーリア様はこの部屋を使ってください」

「え、ここ?」


 私は広い部屋の中を覗いた後、困惑しつつサラに尋ねた。


「でも、この階にはロキオ殿下のお部屋もあるし、私は一階にある部屋でいいのよ。ここはお客様が使うような部屋じゃない」

「ええ、ですが殿下もそれでいいとおっしゃるので」


 サラは淡々と言って、この部屋の鍵を私に渡してくれた。私の荷物もすでに部屋に運ばれているし、このままこの部屋を使わせてもらった方がいいのだろうか。隣の隣にはロキオ殿下の部屋があるので落ち着かないけれど。


「分かったわ。ありがとう」

「次は調理場をご案内します」


 サラの後に続いて階段を降り、調理場に向かう。

 そして調理場を案内してもらった後で廊下を歩いていると、大きなキャベツを調理場に運ぼうとしている女の子と出くわした。ロキオ殿下を見てはしゃいでいた、カリンという名前の使用人だ。

 顎くらいの長さの黒髪は毛先が外側に跳ねていて、髪と同じく黒い眉は、物怖じしなさそうな本人の性格を表すように真っ直ぐだ。


「あ!」


 カリンは私を見つけると、キャベツを抱えたまま声を上げた。


「侍女の、エアーリア様!」

「こんにちは、カリン」

「私の名前を知ってくださっているんですか!?」


 目を丸くするカリンに、サラが静かに忠告する。


「殿下が到着された時、お前が騒いだからよ」

「別に騒いでなんて……」


 カリンは不服そうな顔をしてサラを見た。カリンはサラより小さいので、見上げる形で睨んでいる。

 けれどすぐに気を取り直すと、私の方に向き直って瞳を輝かせた。


「エアーリア様はアビーディー伯爵家のご長女だとか!」

「ええ」


 カリンの勢いにたじたじになりながら頷く。


「すごいですね。だからそんなに上品で、お綺麗なんですね。かつての王族の血を引いておられるから。今もアビーディーにはお城が残っているんですよね」


 私は困って曖昧にほほ笑みながら、カリンの勘違いを正した。


「そうね、城はあるわ。古いけどね。でも、私は養子だからアビーディーの王族の血は引いていないのよ」


 後でがっかりされるより最初に落胆された方がまだいいかと思って、そう言った。

 カリンはきょとんとした顔をする。


「え? ではエアーリア様の本当のご両親は?」

「私の本当の両親は、アビーディーの城で働く使用人だったのよ」

「もういいでしょ、カリン」


 さらに何か質問しようと口を開きかけたカリンを、サラが止めた。


「エアーリア様はお前の友だちじゃないのよ。使用人の自覚を持って、口を慎みなさい」

「でも……」


 カリンはまだ何か言おうとしていたが、サラに睨まれて黙った。そしてこちらにくるりと背を向けると、

「なーんだ」と独り言のように呟いて、調理場の方に走っていく。


「申し訳ありません、エアーリア様。教育ができていなくて」

「いいえ、いいのよ」


 眉を下げて言った。


(なーんだ、か……)


 小さくなっていくカリンの姿を見つめたまま、私はちょっとだけ落ち込んだのだった。


 

 昼食を食べた後、殿下の食事の給仕も終えると、私は午後も引き続きサラさんに屋敷の案内をしてもらった。


「ここからも裏庭に出られます」

「池があるのね」


 小さくて可愛い池だ。


「前は観賞魚がいたんですが、三日と持たずに食べられてしまいました。野良猫と鳥、それにこの辺りはキツネも出ますから」

「まぁ」


 サラさんとそんな話をしていると、前庭の方から何やら楽しそうな笑い声が響いてきた。

 ここから前庭は見えないが、私とサラさんは揃ってそちらの方角に顔を向ける。


「スピンツ君かしら?」

「セオの声もしますね。何を騒いでいるんでしょう。見てきます」


 サラさんは眉根を寄せると、小走りで駆けて行ってしまった。

 私は手持ち無沙汰になって、なんとなく池の方へ近づく。確かに今は魚はいない。


「ここの池は浅いのね」


 透明な水に指先をつけて水の冷たさを感じていると、サラさんが戻ってきた。


「エアーリア様、ロキオ殿下がお呼びです」

「殿下が? 前庭にいたのはスピンツ君とセオさんじゃなかったの?」

「とりあえず来てください」


 サラさんはそこで呆れたような顔をしてぐるりと目を回した。無表情だと思っていた彼女がそんな仕草をすると、何だか親しみが湧く。

 だけど一体、前庭で何が行われているのか。


「分かったわ。行きましょう」


 サラさんと一緒に前庭に向かう。しかしまだ殿下たちの姿が見えないうちから、騒がしい声は段々と大きく聞こえてきていた。前庭にいる人数も、ロキオ殿下とスピンツ君、セオさんの三人だけではないようだ。


「一体、何をしているの?」


 疑問に思いながら歩調を早める。そして前庭に着いた瞬間、私は目を丸くした。

 そこでは、ロキオ殿下たちがボールを持って子どものように駆け回っていた。


(青空の下でボールを持って走っていると、殿下も爽やかに見えるわ……)


 寒いのに、ロキオ殿下は白いシャツに黒いベスト姿だった。他の皆も上着は脱いでいる。

 走っているのは全部で十四人。ロキオ殿下にスピンツ君、セオさんに屋敷の男性使用人たち、それに私たちと一緒にフルートーに来た騎士も数人が遊びに混じっている。残りの騎士たちは周りで見学だ。

 そして、あれは……。


「屋敷の前で道路工事をしていた作業員たちです」


 私の思考を読んだかのように、サラさんが言った。

 泥だらけの服を着た作業員たちも、騎士たちと同じように、ロキオ殿下たちと一緒に走り回っている者もいれば、周りで囃し立ててつつ応援している者もいる。


「これは……確か、ピオボールとかいうもの? 最近流行り出した……」


 殿下たちは猟犬の様子を見に行くと言って外に出たはずだが、何故こんな事になっているのだろう。

 サラさんは呆れて言った。


「ええ、そうですね。ピオボールです。最近セオがわざわざあの籠付きの棒を作って、休憩時間に他の使用人たちと遊んでいたんです」


 ピオボールのルールは知らないが、庭の右端、左端にはそれぞれ人が立っていて、先端に籠を吊り下げた棒を持っている。あの籠にボールを入れれば点が入るのだろう。

 ボールは抱えて走ってもいいし、投げても蹴ってもいいようだ。

 サラさんは続ける。


「今、父に訊いたところによると、今回もやろうと言い出したのはセオとスピンツさんらしいですが、ロキオ殿下がそれに乗ってしまったので、騎士様や道路工事の作業員たちにまで声をかけ、このような騒ぎになったようです」


 サラの父親であるクロッケンさんは、仕方がないなというような顔をしてロキオ殿下たちを見守っていた。だがサラさんのように呆れているわけではなく、次は自分も混じろうかと思っている様子が顔に出ている。

 私たちがロキオ殿下たちを眺めていると、

 

「何だか騒がしいね」

「わぁ、楽しそう!」


 カリンを含めた女性の使用人たちも屋敷からぞろぞろと出てきて、男性陣のプレーを見学し始めた。

 私は首を傾げてから続ける。


「それで、私はどうして呼ばれたのかしら? まさか一緒にボールを持って走れというわけでもないでしょうし。お茶かタオルでも持ってくればいいのかしら。騎士や作業員の方たちの分も用意した方がいいわね。きっとお仕事中だったでしょうに」


 ロキオ殿下ったらと思いながら屋敷の中へ戻ろうとすると、サラさんに止められた。


「それは私が用意します。エアーリア様はここにいてください」

「量が多いから一人じゃ大変だわ」

「使用人を何人か連れて行きます。ロキオ殿下がエアーリア様を呼ばれたのは、おそらく『格好良くプレーする私を見ろ』という事だと思うので」

「何故……」


 わけが分からないという顔をしてサラさんの方を見たが、サラさんは女性使用人を数人連れて、さっさと屋敷の中に入って行ってしまった。仕事が早い。


(別に私はロキオ殿下の事を運動音痴だとかピオボールが下手だとか思ってないのに、なぜわざわざ見せようとしたのかしら)

 

 疑問に思いながらも、ロキオ殿下を目で追う。

 騎士は多少殿下に気を遣って動いているが、スピンツ君やセオさん、ここの男性使用人たちや道路工事の作業員たちはプレーに熱中していて、この中に第三王子がいるという事を忘れてしまっているようだった。

 ロキオ殿下がボールを持って走り出すと、手加減なくタックルしたりしている。

 

「ああ……!」


 体の大きい道路工事の作業員にタックルを受けたロキオ殿下が、彼の下敷きになって芝生の上に倒れた。

 

(殿下は右手を怪我してるのに!)


 私は自分の主を心配した。この上さらにロキオ殿下に怪我をさせたら、あの作業員の事を理不尽に恨んでしまいそうだ。

 けれどロキオ殿下は、手加減されない状況を楽しんでいる様子だった。倒されてボールを奪われても、どこか清々しく笑っている。


(そういえば、剣の手合わせで騎士に手加減された時は不機嫌になっていたものね)


 殿下はすぐに立ち上がって、ボールを奪った作業員に向かっていった。脚が長いからか走るのも速い。

 そうして後ろから作業員の腰に抱きつくようにタックルすると、見事に相手の巨体を倒してみせた。


「やったわ!」


 いつの間にか私の応援にも熱が入ってしまっていた。

 殿下は作業員に向かって『お返しだ』と言わんばかりに片方の口角を持ち上げ、余裕の笑みを見せると、ボールを奪って踵を返し、ゴールに走った。向かってくる敵をかわしながら一人でボールを運ぶと、軽く跳んで確実にボールを籠に入れる。


「すごい!」


 ぱちぱちと小さく拍手していると、ロキオ殿下はこちらへ顔を向けてフフンと得意げに顎を上げた。すごく調子に乗っている顔だが、憎めない。

 殿下の『気持ちが全部表情に出る』ところは、最初は短所だと思っていたけれど、今は少し可愛いなと思ってしまうのだ。

 


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