6日目(3)
ロキオ殿下の腫れた指を診てもらうため、城に常駐している侍医を呼びに行ってからロキオ殿下の私室に戻る。
「殿下、先生はすぐに来てくださるそうで――」
扉を開けると同時に言ったのだが、ロキオ殿下は眉間に皺を寄せて部屋の中央で仁王立ちしていたので、私は思わず言葉を詰まらせた。
「な、何か……?」
「この服は何だ?」
服? と首を傾げて改めてロキオ殿下の格好を見る。戻ってきたスピンツ君に手伝ってもらってバスローブから着替えたらしいロキオ殿下は、襟がひらひらしたシャツと、柔らかい色合いの水色のスカーフ、そして金糸で刺繍された白いベストと上着、ズボンを履いていた。
私が選んだ服だ。
「駄目でしょうか?」
優しい王子様をイメージして選んだのだが、ロキオ殿下の美形具合と相まって、私の想像以上に素敵な仕上がりになっている。白い衣装に身を包んだ金髪碧眼の王子様だ。
これで眉を吊り上げるのをやめて穏やかにほほ笑んでくれたら、皆ロキオ殿下に見とれると思う。
「最悪だ。何だこの甘ったるい組み合わせは。このシャツもあまり好きではない」
ひらひらした襟を掴んでロキオ殿下が言う。
「えー、格好良いですよ。善良な王子様って感じがします。眉間に皺さえ寄ってなかったら」
スピンツ君も私と同じ考えのようだ。
私は慌てて言った。
「殿下の趣味ではないかもしれませんが、本当によくお似合いですよ。優しげに見えます」
「別に優しげに見られる必要はない」
「ですが……お言葉ですが、ロキオ殿下は城の者たちから少し、ほんのちょっとだけ敬遠されていると言うか何と言うか……」
「意地悪そうで、傲慢そうだと思われていると思います」
私がせっかく言葉を濁したのに、スピンツ君がはっきり言ってしまった。
スピンツ君の口を塞いで、私はロキオ殿下を見る。
「そんな事ないですよ! そんな、意地悪そうだとか……」
「いい。大丈夫だ」
ロキオ殿下は怪我をしていない左手を軽く挙げて制した。
「自分が周りからどう見られているかは分かっている。人格者の兄二人に比べて性格の悪い、不遜な第三王子だ」
私もちょっとそう思っていたところがあるので、ただ口をつぐんだ。
どう言葉をかけるべきかと考えていると、ロキオ殿下は静かに続ける。
「だが、私はおそらく、そういう役割でもあるのだ」
「役割、ですか?」
「今はその役を受け入れているし、自分はこれでいいと思っている」
「どういう事です?」
分かるような分からないような。兄二人を立てるという事だろうか。
でも、わざわざ性格の悪い王子の役をしなくても、ロキオ殿下も優しくなって、兄君たちと三人で皆に好かれればいいのでは? と思う。
スピンツ君もロキオ殿下の言っている意味が分からないのか、「役割?」と首を傾げている。
「だが、まぁ……」
私たちに詳しく説明する事なく、気を取り直してロキオ殿下は言う。
「エアーリアが私の事を考えてこの服を選んでくれたという事は分かった」
苦笑、という感じだったが、朝日を浴びて表情を崩すロキオ殿下は爽やかに見えた。
「では、今日はそのお召し物で過ごしてもらえますか?」
「いや、着替える」
「え」
結局着替えるのか。似合っているのに。
残念に思いつつ、『ひらひらしていないシャツと黒いズボン、相手に威圧感を与えるような上着』という要望を出されたので、それに従って私は再び服を選びに行ったのだった。
上着の選択が難しい……。
着替えを終えたロキオ殿下は、朝食を食べる前に怪我の具合を侍医に診てもらっていた。
「痛い。やめろ。押さえるな」
「しかし触らねば分かりませんのでね」
「おい、私は怪我人なんだぞ。もっと丁寧に扱え」
「申し訳ありませんな」
殿下は侍医のお爺ちゃん先生に文句ばかり言っている。先生とは子どもの頃からの付き合いのようだし、気心の知れた仲だからこそ、素直に文句が言えるのだろう。先生の方も慣れた様子で適当にあしらっている。
けれどあまりに殿下が「痛い」と言うので可哀想になって、私は先生にお願いした。
「先生、もう少しそっと触ってもらえませんか。本当に痛そうですし」
しかし私がそう頼んだ直後、
「痛くない」
ロキオ殿下は子どもみたいな口調で言って私を睨んだ。
「痛いとおっしゃっていたじゃないですか」
「大げさに言っただけだ。別にそれほど痛くはない」
「そうですか……」
心配されると強がりたくなるのだろうか。分かっていたけれど、殿下は本当に面倒な性格をしている。
侍医の先生はロキオ殿下の手を離して言う。
「折れてはいないようですが、ヒビくらいは入っているかもしれませんな。一応添え木を当てておきましょう。一ヶ月程度はあまり指を動かしたり力を入れたりしないようにして安静に。痛みが酷いようなら、痛み止めの薬も渡しておきますが……」
「いらない」
「いいえ、下さい」
殿下の言葉に被せるように言った。痛みはあるはずなので、朝食の時にでも飲ませよう。
本当に困った王子様だ。




