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寂しい侍女は、高慢王子の一番になる  作者: 三国司
城での生活編

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6日目(2)

「殿下、その指、どうされたのですか?」


 赤く腫れている指の状態を私が指摘すると、ロキオ殿下は気づかれたかと言うように嫌そうな顔をした。


「目ざといな」


 よく気がつく、と言ってほしい。


「剣の稽古で傷められたのですか?」

「スピンツの剣が軽く当たっただけだ」

「剣が? 見せてください。切れてはいませんよね?」

「切れてはいない。刃を潰した剣を使っていたからな」


 私はロキオ殿下の右手を取って、腫れた指の状態を確認した。主人の怪我は侍女にとっては一大事だ。


「折れてないですよね……? 痛みますか?」

「スピンツの剣を受けたくらいで折れるほど私の骨はやわじゃない。痛みもないしな」

「そうですか? これだけ腫れていたら痛そうですけど……」


 確認するために患部を指で押さえると、ロキオ殿下は「つっ……!」とくぐもった声を上げた。


「痛いんですね?」


 私がじっとりと見上げて言うと、ロキオ殿下はバツが悪そうに顔をそらして認める。


「……少しな」


 本当にプライドが高いんだから、と私は内心ため息をついた。強がるのはやめて怪我をした時は怪我をしたと言ってもらわないと、場合によっては状態が酷くなってしまう。お風呂に入るのもこの手では大変だっただろう。よく我慢していたものだ。

 黙る私に、ロキオ殿下は自分が弱いから怪我をしたわけではないと言い訳をするように言う。


「スピンツはそこそこ剣の腕が立つんだ。あいつは山で育った野生児だからな、動きが素早いし、型も何もない奔放な剣だから、次の手が読みにくい」

「スピンツ君は強いんですね」

「俺ほどではないがな」

「でも山で育ったというのは? スピンツ君は貴族の家の子ではないのですか?」


 負けず嫌いのロキオ殿下の「俺ほどではない」という言葉をさらっと流して尋ねる。普通、王族の従者になるのは良家の子息なのだ。


「スピンツは貴族ではない。人買いに売られそうになっていたところを騎士団が助け、私が引き取ったのだ。ちょうど従者がほしかったからな」

「人買いに?」


 私は顔を青くした。

 ロキオ殿下によると、王都で密かに活動していた犯罪者集団を捕まえたところ、彼らのアジトで、スピンツ君を始めとする子どもたちが数人檻に入れられていたのを発見したのだとか。

 

「私は普段は現場までついて行かないのだが、その日は相手が単なる小物ではなく、その当時勢力を拡大してきていた犯罪者集団だったから、騎士たちに同行したのだ。他の犯罪者への見せしめのため、そして王都の住民を安心させるために、王族である私が動き、徹底的に潰すという形を取った」


 誘拐されてきた子どもたちは無事に親の元に戻ったようだが、スピンツ君だけは攫われたわけではなく親に売られてしまったらしいので、家に帰るのを拒否したのだ。それでロキオ殿下が引き取った。

 

「スピンツ君、結構辛い過去を持っているんですね」

「本人は全く気にしていないがな。『兄妹が多くて貧乏だったから仕方ない』と笑って親を恨んでいる様子もないし。それにあいつは、自分を売ろうとしていた犯罪者たちにも気軽に声をかけて気に入られていたんだ」

「すごい。スピンツ君は人懐っこいですもんね」


 思わず笑いを零してしまった。でもスピンツ君が辛い過去を引きずっていないのならよかった。

 ロキオ殿下は私の手に包まれている自分の右手を見下ろしながら、落ち着いた声を出した。


「時々、あいつを見習わなければならないと思う事がある」

「人懐っこさをですか?」

「違う。誰かを恨む事なく、常に前向きなところをだ。――ところで」


 ロキオ殿下はそこで私に視線を移す。


「いつまで私の手を握っているつもりだ?」


 ハッとして、ロキオ殿下の手を握っていた自分の両手を離す。


「そ、そのお怪我、お医者様に診ていただきましょう。呼んできますね」

「いい。それより髪を拭いてくれ。寒くなってきた」


 髪から水滴を滴らせながらロキオ殿下が言った。右手が痛くてしっかり拭けなかったのかもしれない。


「気が付かずに申し訳ありません。暖炉をつけますか?」

「そこまではいい。どうせすぐ部屋を出るんだ」


 私は急いで椅子を持ってくると、ロキオ殿下に座ってもらい、タオルで優しく押さえるようにして髪を拭いた。


「王妃様のお世話をする時には、いつも髪用のクリームやオイルをつけているんですけど、ロキオ殿下は何かつけていますか?」

「そんなものはいらない。髪も短いしな」

「では整髪料だけにします」


 櫛も持ってきて髪を整えながら、ロキオ殿下の膝の上に乗せられている彼の右手を見る。やはり腫れているので、無理にでも侍医に診せなければ。


「しばらく剣のお稽古はお休みしてくださいね」


 ロキオ殿下は素直に「そうする」とは言ってくれなかったので、部屋にはしばらく沈黙が落ちた。

 やがて私はおずおずと口を開く。


「……差し出がましい事を申しますが、怪我をするほど剣の稽古に打ち込まれなくてもいいのではないですか?」


 ロキオ殿下の香水が香る寝室で、静かに話を続けた。


「殿下は騎士団の仕事だけでなく、王族としての仕事、そしてご自分の領地を持っておられるので領主としての仕事もこなしておられます。そうやって多くの仕事を抱えておられるのに、さらに剣の腕を磨けなんて誰も要求しません」


 あまり無理をしてほしくないと思って言ったのだが、話してしまってから、やはり余計な事は言わなければよかったと後悔した。

 何故なら、ロキオ殿下が不機嫌そうに顔をしかめたのが分かったからだ。

 侍女風情が意見するなと叱られるかと思ったが、喋り出したロキオ殿下の口調は落ち着いていた。


「確かに私の職業は騎士ではないから、強さは求められていない。王族が騎士団の要職に就くのもただの慣習で、副団長の私は単なるお飾りでしかない。誰も私に期待していない。周りの全員が悪意なく、そう思っている」


 私は手を止め、ロキオ殿下の言葉を聞いた。


「私も、別にお飾りでいるのは構わない。周りに期待されないのも慣れている。だが、元々負けず嫌いだからな。たまには私の事を侮っている奴らを、負かしてやりたいと思うのだ」


 ロキオ殿下は、怪我をした自分の右手に視線を落としながら言った。

 殿下はプライドが高い。だけどプライドが高いからこそ、努力もできる人なのだろう。

 しかし私が見直したのもつかの間、ロキオ殿下はいつものように高飛車に笑って続けた。


「騎士たちを手合わせで負かしたら、どんな顔をするだろうな。自分より弱いからと手加減していた相手に、いつの間にか実力で抜かれていたと気づいたら。きっと呆けたように口を開けて目を丸くするだろう。楽しみだ」


 ハハハ、と悪役みたいに低く笑うので、思わず私も笑ってしまった。

 期間限定の私の主人は〝良い人〟ではないし、完璧な人でもないが、どこか憎めないところもある。ロキオ殿下が騎士に勝つところを、私も見てみたいなと思った。


「騎士の方も悪意があって殿下を侮っているわけではないんですから。……でも、私も殿下が勝たれるのを楽しみにしています」


 そう続けると、ロキオ殿下は意外そうな顔をしてこちらを振り返った。

 けれど次にはにやりと口角を上げて、ロキオ殿下らしく高飛車に宣言したのだった。


「ああ、期待していろ」



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