モンスターの家政婦さんを敵にまわす時
シルファはラムダと話し合った後、オライオンと共に自宅に戻る。
家政婦が出迎える。食事の席でシルファは今日までの事、これからの事を彼女に話していた。
「明日ですか……せっかく戻ってきたのに、もう……」
この家政婦の名は『セティム』という。オライオンとシルファがこの世界に飛ばされて間もない頃の事。関わった事件で彼女と行動を共にして以来、ずっと彼らと一緒に居る。
年齢は不明だが、少なくともシルファよりは年上だ。
「せっかくそこまでの力があるのですから、武力を使う道へ進まなくても……あなたには、もっとふさわしい役目があるはずなのに」
「俺もそう感じているけど、きっと世界を回ることで学べることもあると思うんだ。その後には、もっとセティムの役に立てるさ。だから、それまで待っててくれないかな?」
「え、ええ……」
顔をそらすセティム。やや赤くなっている。そして、頭の上にある耳を触っている。
セティムは獣人である。元々は魔力と知力を備えた狼の一族であったが、シルファたちと関わってから、自らを人の形に変える術を学んだ。彼女はその姿で、オライオンの家で家政婦として働いている。どういうわけか、頭にある耳だけは変えることが出来ないので獣人であることはご近所に知られている。最も、獣人自体はそれほど珍しいわけでもないが。
次の日、オライオン邸の門前に、出立の準備を完了したシルファが馬と共に迎えを待っている。
見送りに立つオライオンとセティム。彼女はシルファに話しかける。
「気を付けてね。何かあったらすぐに戻ってきて。何もなくても戻ってきて。むしろ明日戻ってきて。手紙は毎日、翼竜に運んでもらうから、ちゃんと返事を書いてね。それと……」
シルファは頷きながらなだめる。そんなやりとりをしていると、いつの間にか迎えが来ていた。
「お待たせしました。これより彼の身は、私、『ラムダ・ステンジェラキュア』が引き受けます」
「よろしく頼む」
「!!?」
「これより、我らは当分二人きりですが、彼の身は私が守ります。もっとも、その必要もないと思いますが」
「いや、剣の腕では及ばない。悔しい事だがな……」
「な……な……んな……!?」
シルファとラムダが旅立った後も、オライオンの横でセティムは小刻みに震えていた。
「ショックだったか?」
「だ、だ、だって……」
「もしも、追いかけたいなら好きにすると良い。私は一人でもどうにかやっていける。気にすることは無いぞ」
そう言ってオライオンは家に入った。
セティムはしばらく一人で立って居た後家から少し離れた場所にある林の中へ駆け込んだ。
「姉さま! 姉さま! お願い出てきて!」
セティムはそう呼びかけた。
しばらくすると、狼が現れた。地面から頭の高さは5mほどある巨大な狼。
その狼は人の言葉でセティムに話しかけた。
「あれだけ気が乱れれば、気にもなりますよ。ほぼ全て観てしまいました」
「私、わ、わたしは……」
「落ち着いて。よだれが出そうですよ。深呼吸を」
セティムは狼と共にゆっくりと息を吸って吐いた。
「それで、あなたはどうしたいのですか? 追いかけたいのですか?」
「う、うん。行きたい。い、いかねば……私がシルファを……」
「分かりました。行ってきなさい。必要な時は私が時々助けましょう。オライオン様の家には、誰かを派遣します。きっと大丈夫です」
「きっと、あなただけではないでしょう。様々なものが動き始めています。シルファが我らを病から救ったことで、この世界の何かが動いた」
「獣の口に戸は立てられません。もう噂は広がり始めています。獣や獣人のみならず、鳥、虫、妖精、精霊、他にも多くの者達がこの地のことを語り合っている。シルファが行っていることは奇跡に近いのではないか、などと語る者もいます」
「それと、我らだけの秘密であった『ゲート』のことも、そろそろ皆に話すべきではないかと考えています。どうやっても隠すことは出来ないでしょうし、我らで独占するというのは、いけないでしょうから」
その後、セティムはシルファたちを追って旅に出た。
彼らは今日も、神秘に満ちた世界を行く。