四、商店街
大通りの両側にテントがズラーッと並び、果物や野菜、魚肉に穀類などが売られている。人種も歳も様々な人間と動物達で賑わい、巨大なコミュニティとなっていた。
「おっアレサ!いいアジ入ってるよ!どうだ買ってかねぇか!」
「こっちはニンジン!赤に黄色に紫もあるよー!」
道を通るだけで両側から声がかかる。荷車を引くアレサの隣を歩きながら、蒼平は音と色で溢れるこの光景に目を輝かせていた。
「ニンジン一箱、あ、オレンジのな。あとキャベツ二箱とジャガイモ一箱。」
「あい、800イリスね。毎度ありー!」
「おいアレサ!アジ!サバもあるぞ!」
「うっせ!サバ嫌いだっつってるだろ!」
たわいもないやり取りが微笑ましく、自然と笑みが溢れる。そんな蒼平を目敏く見つけたアレサは、良いところだろ、と言わんばかりに白い歯を見せた。
「アレサー、箱いっぱいだから持ってってー!」
奥で八百屋の店主が呼んでいる。
「へーい!ソウヘイ、荷台の俺の靴取ってくんね?」
「靴?…これのこと?」
空の荷台に転がっていた履き慣らされた様子の皮のブーツを拾い上げる。しかし、どう見ても人間仕様の大きさと形で、明らかに「俺の靴」ではなさそうだった。
「そうそれ、地面に置いてくれ。あ、揃えろよ?」
疑問が解けぬまま、言われた通りに揃えて置く。
するとアレサはおもむろに、ブーツに後ろ足を突っ込んだ。もちろん、ぶかぶかだ。
「え、アレサ?」
「あげパン。」
ボフンッ
謎の言葉を最後に、突然アレサの姿が白い煙に包まれ一瞬にして見えなくなり、蒼平が驚く間も無いまま、すぐに立ち上る煙が薄れていった。
そして、ついに晴れたそこに居たのは、狼でもなんでもない、同じ栗毛の髪を持ち同じ服を着た細身の青年だった。
「うっし、やるか。あ、ソウヘイも運ぶのくらいは手伝ってくれよー…って、どうした?」
青年は肩にかかるくらい長い髪を一纏めに高く縛りながら、自分を凝視し口を開けて固まる蒼平に気付いて声を掛けた。蒼平の目線の少し下に、長めの前髪に隠れた琥珀色の瞳が覗き込む。
「………アレサ…?」
「おう。」
元気の良い返事が返ってくる。
蒼平が息を吸った。
「どういうこと!!?」
商店街中が自分に視線を送ろうと構わない。ただ、目の前で起きた超常現象に叫ばずには居られなかった。
「あ、わり、初めてか。」
たいして悪びれた様子もなく、ヘラッと笑って人間になったアレサが言う。
「は、え、何?アレサ、狼だったよな!?」
「おうよ、俺はれっきとしたシンリンオオカミだ。血統書つくぜ!」
「ででも、人間に…!」
「ああ、便利だろ?」
めちゃくちゃだ。訳がわからない。
蒼平が目を回していると、誰かに背中をドンと叩かれ、乱暴に肩に腕が回される。少し生臭い匂いがした。
「なんだにいちゃん!お前ルーキーだったのかよ!歓迎するぜ!サバ食うか!」
「さ、魚屋の…」
「あっ止めろよサモン!ソウヘイにサバ臭が移るだろ!」
大きな笑い声が起こる。気づけば、蒼平達の周りには人集りができていた。
「ちなみに言うと、俺も実は犬なんだ。毛並みサラサラのゴールデン・レトリーバー!ここにいる人間だって、大体が化けてる奴らだぜ。なあ皆んな!」
人集りから喝采が沸き起こった。
「へ…?」
「まあ、そういう事だソウヘイ。この街じゃこれが普通。すぐ慣れるぜ。」
アレサが頭の後ろで手を組んで、のんびりと言った。
「ようこそソウヘイ!我らの『出逢いの町』へ!」
サモンがまた大声を上げ、さらに大きな歓迎の言葉や拍手が飛び交う。
理解不能だけど、暖かい。
蒼平は何となく、しかし疑う余地もなくそう思った。