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二、屋上

青い空には、横長な太い雲の塊が浮かんでいるだけで、蒼平の心とは反対に、心地の良い初夏の爽やかな風が吹き渡る。

他に誰もいない屋上で、蒼平は寝転がってただ雲を眺めていた。不意にさっきの事を思い出し、芋づる式に一週間前の事が思い出され、青と白が滲んだ。腕を当てて目元を覆い、ゆっくり息を吐く。

忘れる事ができたら、こんなに辛くならないのに。

心の中で呟くと、余計に切なくなってきて、「女々しいな。」と自嘲した。

「なにしてるんだい。」

突然、声が上から降ってくる。

腕を上げるのも億劫で、男の先生だろうと勝手に推論付けて蒼平は応えた。

「…悲しみに浸ってます。」

「どうして?」

「色々あって。」

「ふーん。」

二人が黙り、暫く静かな時間が流れた。

校舎中から金管楽器の張りのある音色や、木管楽器の豊かな音が交錯して響いている。突風が吹き付けて、向こうが口を開いた。

「君は優しいんだね。」

「…ん?そんな、ことないですよ。」

「いいや、優しいよ。だって、忘れられない。だから悲しいんだろう?」

「…え?」

「でも、どうしてそこまで悲しむんだい?彼女は先に行って待っているだけなのに。永遠の別れではないのに。」

蒼平は飛び起き、その声の主の姿を捉えた。

「…学校の先生じゃ…ないよな?」

男の、ハリウッド映画に見たような整った顔立ちや青の瞳が、まず日本人でない事を主張していた。更に、両耳に空いた複数のピアスや首に巻いた長いストール、古代ローマの剣闘士が履いていそうなサンダルが、余計に特異なものに思わせた。

その彼は、悪戯な笑みを浮かべたまま蒼平を見ていた。

「そうだね。」

「そうだねって…だ、誰ですかあんた。」

「パライナ・ネポス。」

「ぱ、ぱらいな…?」

「まあよくライナって呼ばれてるから、そっちで呼んでくれてもいいよ。君は佐山蒼平君だよね?」

「なっなんで、」

「ふふん、俺、物知りだから。」

常識の外れたライナと名乗る不審者は、蒼平の反応を面白がって笑っている。頭の中で警鐘が鳴り響いているが、さっきの言葉が引っかかって、蒼平はまだ逃げるに逃げられなかった。

「あの、ライナ、さん。『先に行って待ってる』って、どういうこと?『永遠の別れでない』っていうのも。」

「そのままさ。誰でも、どんなもの同士でも、お互いを忘れない限りまた会えるんだ。だから、君もそんなに悲しまないで。彼女の願いなんだ。」

「…彼女って、どういう…」

「ん、名前?えーと、確か…」

なぜか、問うた時に声が震えた。夕日とビー玉が思い浮かび、目の前をチカチカと照らす。ライナはそんな蒼平の様子に気づかずに、残酷にもさらりと告げてしまう。


「”そら“っていう、ラグドールの若い娘。」


長いようで短い沈黙が続く。

「……けんな。」

「え?」

蒼平が何か呟いたかと思うと、彼に詰め寄ってグイと胸ぐらを掴んで言った。

「ふざけんなって言ってんだ!そんな、そんな事、信じられるわけないだろ…!どこで知ったか知らないけど、そらの名前使って俺をからかってるなら許さない、いい加減にしろ。そんなことあり得ないんだ、そらは死んだんだ!…もう、死んでたんだ…!」

涙が溢れ、頬を伝う。ライナは抵抗もせずただ蒼平を見ていた。慰めるように言葉を紡ぐ。

「…彼女の願いは本当だよ。」

「嘘だ。」

「俺が叶えるべくここに来たんだ。」

「信じられるか。」

跳ね除けられ、困り果てたライナは考え込んでしまう。蒼平は手を離して、涙を無造作に拭った。

「…そら本人が言ったなんて証拠もないのに、お前が何を言おうと俺は何も信じない。」

「本人…」

「ああ、だからもうその話は俺の前で」

「本人が言う…」

「…ライナ?」

「…なるほど…そうか!そうすれば手っ取り早かったね。いやぁ願い事叶えられないかと思って焦った焦った。」

「は?」

拍子抜けする蒼平に構わず、急に表情が晴れやかになったライナ。立ち尽くす蒼平に向き直って、さてと、と続けた。

「そらに会いたいかい?」

「…だ、だから、もうそういう話は」

「会いたくないの?」

挑発するように聞き返すライナ。

「っ…会いたいよ…もし、もう一度本当に会えるのなら、会いたいに決まってる!」

乗せられた事に気付かず、ヤケになって声を張る。するとライナは満足げに笑い、大きな声で言い放った。


「我は、雲居を統べる雲鯨。願いを二つ叶えよう。一つは親しき友との再会。残る願いは後一つ。」


耳の鼓膜が震えるほどの声量で、蒼平の頭の中の警鐘は再びけたたましく鳴り響く。なのに、足がすくんで動けない。蒼平に構わずライナは続ける。

「君が行くのは、虹の橋の麓にある”待つ者“たちが集う町だ。そこできっと会えるだろう。君を”待つ者“、親しき友に。」

そう言うと、顔の前に手を掲げられ、蒼平は思わず目を瞑った。突然、バチンとおでこに衝撃が走り、バランスを崩して尻餅をついた。

「っだ!えっ何!?」

「デコピン。」

「ああ、デコ…デコピン!?」

不可解な事が起きすぎて混乱している蒼平に、ライナはまた笑って真上を見るよう手で示す。

「え、上がどうか…し、」

そして視界に入るは、大口を開けて落ちて来る、白くて大きな。


「くじらあああぁぁ!?」


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