(3)
「翼があるんだね」
ある日、少年がドラゴンの大きな翼を持ち上げながら言った。
「ああ」
「飛べるの?」
「飛べない」
「どうして?」
「歳をとりすぎたんだ。千年も生きてきたからね。それにもう、飛び方を忘れてしまった」
「昔は飛べたの?」
「ああ、飛べた」
ドラゴンは、ずっと昔の、空を飛んでいた頃の話をした。
海の上で見る朝焼けや夕焼けの美しさ。
月が冴える夜の静けさ。
海の向こうに珊瑚礁でできた島があること。
火山島の上ではいつも雷が轟いていること。
雲よりも高くそびえる雪山があること。
高く舞い上がれば舞い上がるほど、世界は丸く見えるということ。
話しているうちに、自分はまた飛べそうな気がしてくる。
少年は、目を輝かせながらドラゴンの話に聞き入り、それから、
「僕にも翼があったらいいのに」
と言った。
少年は、時々、夜にもやってきた。
「ここで寝てもいい?」
「ああ、いいとも」
そういうとき、ドラゴンは理由を聞かなかった。何か悲しいことがあったに決まっているから。
少年がなぜ自分のような怪物と友達になりたがったのかを考えることもあったけれど、その理由も聞かなかった。
ドラゴンは、大きな翼で少年を包むと、朝まで一緒に眠った。
ある朝、ドラゴンが目を覚ますと、洞窟の入り口に少年が立っていた。
いつもと様子が違う。
体をわなわなと震わせて、泣いていた。
「ごめんなさい」
「どうしたんだい?」
「もう、ここには来られない」
「なぜ?」
「僕、約束を破ってしまった」
「約束を?」
「おじさんに、僕たちのことをしゃべってしまったんだ。そうしたら、もうここに来てはいけないって……」
ドラゴンは少し狼狽した。
けれど、すぐに落ち着きを取り戻した。こうなることは、ずっと前から分かっていたような気がする。
「ああ。いいんだよ」
少年を苦しめているものが罪の意識であるとドラゴンは分かった。
そのトゲを抜いてやらなければならない。
「気にしなくていい」
「おじさんたちがドラゴンを殺しに来るかも知れない」
少年は泣きながら叫んだ。
「逃げて、ドラゴン」
「いいんだ。殺されても。僕はもう十分に生きたから」
本当にそう思っていた。
けれど、人間たちはきっと自分を殺せないだろうとも思った。
「もう泣かないで」
ドラゴンは、しっぽの先で少年の頭を優しくなでた。
少年はいつまでも泣き続けた。
そして、ドラゴンはまたひとりぼっちになった。
時々、少年の夢を見る。少年を背中に乗せて草原を散歩する夢、湖を一緒に泳ぐ夢、少年がとってくれた甘い果物を食べる夢……。
けれど、目が覚めると、ドラゴンはやっぱりひとりぼっちだった。
散歩をするのが楽しいのも、泳ぐことが気持ちいいのも、食べ物をおいしく感じるのも、それを分かち合える誰かがいるからだった。
希望とは、明日を楽しみに待てる心だった。その灯りが、彼の中で静かに消えていく。
ドラゴンは元のひきこもりに戻った。




