(1)
そのドラゴンは、とても恐ろしい姿をしていた。
首が長く、頭には四本の角。
ワニのように大きく裂けた口には頑丈そうな歯が並び、目はトパーズのように黄色く光った。
体はゾウよりも大きく、硬い鱗で覆われている。
巨体を支えるのにふさわしい太い脚を持ち、しっぽは大蛇のようだった。
けれど、草食動物だった。
草や木の葉を食べて、湖の水を飲む。時々、果物を食べる。一日の大半は寝ていたから、たくさん食べなくても平気だった。
背中には大きな翼があるけれど、飛べなかった。
昔は飛べた。
誰よりも得意だった。
ドラゴンは時々、その頃の夢を見る。
大きな翼を広げ、空へ舞い上がる。森を越え、山脈を越え、草原を越えて、海に出た。
世界はとても広く、美しかった。
それに比べて、とドラゴンは思った。自分はなんてちっぽけなんだろう。
茜色に染まる夕焼けの空を、光がさざめき合う星の海を、ドラゴンは自由に飛んだ。
海から昇る大きな朝日を、雨の後にかかる鮮やかな虹を、みんなにも見せてやりたい。そう思うと、わくわくした。
あるとき、ドラゴンは一人で飛んでいた。
とても遠くまで行った。
彼の住処である山奥の森に帰ると、仲間たちが倒れていた。ドラゴンにだけ感染する、恐ろしい病気が流行ったのだった。恋人も、友達も、両親も、みんな死んだ。
ドラゴンは、ひとりぼっちになった。
これは夢で、目が覚めたら、みんな生きているんじゃないか、と思って眠りにつく。
けれど、夜が明けて目を覚ますと、彼はやっぱりひとりぼっちだった。
そうして、百年が過ぎた。
ある雨の朝、ドラゴンは希望を持つことをやめた。
孤独は彼の心を臆病にし、絶望は行動力を奪った。
もうどこにも行きたくない。
何も見たくない。
目をつぶって、昔の夢だけを見ていたい。
ドラゴンは岩山の洞窟にひきこもり、一日のほとんどを寝て過ごすようになった。
今が昼なのか夜なのかも分からなくなった。
時々、人間の旅人が洞窟の前を通りかかる。
そして、仰天した。
巨大なドラゴンが、洞窟にひそんでいる。
彼らは自分の村に帰ると、その恐ろしさを大げさに話すのだった。
ある旅人は、ドラゴンの鼻息で仲間が木の上まで吹き飛ばされたと言い、またある旅人は、生き血をしたたらせながら獣を食べているところを見たと言った。
さらに噂に尾ひれがついて、ある王国に伝わったときには、ドラゴンは山のように大きく、街を襲い、人間を食べる怪物ということになっていた。
その噂を聞いた王国の戦士が、馬にまたがり、剣を持って、洞窟の前にやってきた。
「我こそは王国一の戦士。出でよドラゴン。我と戦え」
ドラゴンは目を覚ました。
暗闇の中で黄色い目がギロリと光る。その恐ろしさに、戦士は縮み上がったけれど、従者が見ているから、逃げ出すことはできない。
「臆したかドラゴン」
精一杯の勇気をふりしぼって叫んだ。
ドラゴンは何を言っているのか分からなかったけれど、とりあえず起きることにした。
のっそりと洞窟の外に出ると、
ぶぁぁぁあああぉぉぉおおお
とあくびをした。
その声の恐ろしさに、戦士はあっさりと逃げ出してしまった。
逃げるとき、従者が落ちていた鱗を一枚拾って帰った。
王国に戻ると、戦士は宮殿で国王陛下に報告した。
「はい。とても凶暴なやつでした。口からは炎を吐きます。二つの森が焼けこげになりました。もっと危険なのはしっぽです。一撃で山を粉々にするのですから」
「それは恐ろしい」
「ですが、ご安心ください、国王陛下。私が、この剣で心臓を三度突いてやりました。やつは不死身ですから、死んではいないでしょう。けれど、もう人間を襲うことはないと思います。また悪さをしたら、私がこらしめてやりましょう」
証拠としてドラゴンの鱗をさし出すと、国王陛下は満足した。
戦士は勇者と呼ばれ、騎士団長にとりたてられた。




