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虹の石  作者: 山風勇太
第一章 冒険王の仲間
9/33

これを受け取れば

 

 ゼインの家から出たところで、フィリネは右手の平を上に向け、呪文を唱えだした。手の平から小さな光の玉が生まれ、フィリネの頭の上あたりをふわふわと漂いはじめた。そこから発せられる静かな光が、彼女とアルードの足元を照らした。

「へえ、しゃれた使い方するんだな」

 アルードが、ちょっと感心したように言った。アルードがこの光の魔法を使う時は、木切れか何かを手に持って、その先を光源にする。さきほど、兵舎からここへ来る時もそうしていた。術としてはそのほうが簡単だから、今フィリネがやったようなのは凝った芸当といえる。

 二人は歩きだし、畑の間の道に差しかかった。アルードが、カチャカチャと鳴る革袋を顔の前に持ち上げた。

「なんかずっしりと重いような気がするんだよね。ひょっとして、金貨かな」

 アルードはどことなく陽気だった。ゼインに同行を認められてからは明らかにそうだったし、ひょっとするとその前から、兵舎の食堂で除隊を願い出た時からそうだったかもしれない。

 そんな同僚の横顔を、フィリネは常のごとく無表情に見やった。

「開けたりしないのよ」

「分かってるって。へへ、こいつがおれの最後の仕事ってわけだ」

 しっかりと口の閉じた袋を、アルードは腕の横でぐるりと振り回した。ガチャガチャと冷たい音がした。

 フィリネはしばらく無言で歩いていたが、ふと、いささか厳しい顔をアルードに向けた。

「まさか明日は、そんな浮かれた顔をしないでよね」

 アルードは驚いて、同僚の顔を見返した。

「そりゃ、お前、もちろん……」

 アルードは言いさして、ふいに不安げな表情になり、空に浮かぶ月を見上げた。満月が欠け始めたところだった。

 自分が、「最後の仕事」を軽く見ていたことに気付いた。妻を殺された者に、殺した者からの見舞金を届けるという仕事を。

「イーリアさんのご夫婦はさ、あんまり仲がよくない感じだったよな。何ていったっけ、ベンテさんの旦那さん?」

「ロジオ・イーリアさん。気の小さい旦那さんが、やかましい奥さんの前で小さくなってる感じだったけど……あんなものなんじゃないの? 結婚三十年の夫婦って」

「そうなのか?」

「さあ、よく分からない。うちは、父が早く亡くなったから」

「ふうん……」

 二人はまた黙って歩き続けたが、ややあってから、アルードが不安そうな顔のまま口を開いた。

「なあ、明日も一緒に来てくれるか?」

 フィリネは、少し表情を柔らかくして答えた。

「当然でしょ。ゼイン卿は、わたし達二人に頼んだんだから」

 アルードがようやく安堵の色を浮かべる。

「助かった……やっぱりフィリネは頼りになる。旦那が目をつける気持ちも分かるぜ」

 そう言ってから、アルードは自分の言ったことに気付き、慌てて付け加えた。

「分かるけど、駄目だぞ。旦那と一緒に行くのは、おれだからな」

 フィリネはちょっと笑ったようだった。

「どうぞ? すっごく残念だけど、譲ってあげるわ」



 イーリア家の庭は、どこも綺麗に整えられていた。庭に入ってすぐの目につくところに、花壇が作られていて、何種類もの花が植えられている。生垣も几帳面に刈り込まれていた。

 この家の人間とゼインでは、気が合わなかったに違いない。朝露に濡れた白いスイセンを見た時、アルードはふとそう思った。ゼインの家の庭では、丈の低い雑多な草がごちゃごちゃと花をつけているばかりだったのだ。

 玄関先に出てきたロジオ・イーリアは、アルードの差し出した革袋を、黙って見つめていた。目の下のくまが、南東の空を昇っていく日に照らされて、くっきりと見えた。

 五十をいくらか超えているはずのその男は、疲れた様子で口を開いた。

「それで結局、あの人は……無罪、と。うちの家内が全面的に悪いと、そういうことになったんですね」

「我が隊の隊長は――」

 フィリネが淡々と答えた。

「そのように判断しました。しかし、異議がおありなら、裁判所に申し立てることもできます」

 そうなれば出発は遅れるだろうな。アルードの頭に、ふとそんな考えがよぎった。

 だけど、それはそれでしょうがないか……。

 だがロジオは、ゆっくりと首を横に振った。

「いえ、あまり面倒なことにするのはよしておきましょう。あの人は善人ですよ。家内とは、気が合わないようでしたがね。そして……何より、あの人は英雄だ」

 ロジオは両手を伸ばし、革袋を包むように持った。アルードはそっと手を放した。

「あたしがこれを受け取れば、片がつくんでしょうね」

「いや、旦那は、そんなつもりじゃ――」

 思わず口走ったアルードを、フィリネが手で制した。

「では、我々はこれで失礼します」

 言って、フィリネはくるりと向き直った。アルードもロジオに背を向け、フィリネに続いて歩きだす。

 二人はロジオに対して、終始、「気の毒に」とは言わなかった。

 ベンテ・イーリアのことは、罪人として扱わなければならない。

「なんであんなことを……」

 背後から、呻くような声が聞こえた。

「なんで、こんなことに……」

 ロジオ・イーリアは、誰に対して「なんで」と言っているのだろうか。妻に対してか、それともゼインにか。あるいは、ゼインの権威に委縮した兵士達に向かってなのか。アルードには判らなかった。



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