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虹の石  作者: 山風勇太
第一章 冒険王の仲間
8/33

旅に出るには

 

「村を離れる……」

 フィリネが、いぶかしげな表情で前髪をいじった。

「どういうことです?」

「なんでも、亡きローレア様のお告げだとか。もし虹の石が心悪しき者に触れられたら、聖なる泉で清めなければならない――ローレア様がご存命の頃、そうおっしゃっていたということだ」

 ゼインの言葉を思い出しながらなのだろう、隊長がゆっくりと述べた。

 先王ペリゴールの妃にして、四人の冒険者のひとり、星々の巫女ローレア。彼女は不思議な力によって星の声を聴き、仲間に道を示したという。

 呆気にとられたように、フィリネが訊いた。

「それで、その……聖なる泉とやらへ行くので、村を離れると?」

「そういうことらしい」

「いいんですか? まだ調べなければならないこともあるように思いますが」

「まあ、殺したことはすでに認めているからな。後は別に、ゼイン卿本人がいなくても構わないんだ。それに……」

 隊長がまた、難しい顔になる。

「王国の秘宝に関わることだからな。下手なことをして、ゼイン卿の邪魔をすれば、国家反逆罪になりかねん」

「そんな」

「ゼイン卿がそう主張すれば、わたしひとりくらい、すぐさま牢屋行きだ」

「…………」

 フィリネは沈黙した。その隣で、アルードも何事か考え込んでいた。

 しばらくの間、隊長がナイフとフォークを動かす音だけが響いた。すでに食堂の中には、三人だけになっていた。

 ふいに、アルードが口を切った。

「冗談じゃないですよ」

 隊長が、喉の奥で唸る。

「そう言いたくなるのも分かる。しかし、我々のごとき雑兵は――」

「いえ、そうじゃなくてですね」

 アルードが、隊長の言葉を遮った。

「あの人が本物の冒険者ゼインだったとは! そうと知っていれば、もっと身を入れて話を聴いてたのに!」

「…………」

「…………」

 隊長とフィリネが、無表情にアルードの顔を見つめた。

「二人とも、頭の悪い人を見るような目をしないでください。おれはですね、冒険者に憧れていたんですよ。おれ自身、なれるものならなりたかった。しかし、現在の冒険者とは、いまだ手つかずの遺跡を探し当てて、一攫千金を狙う人達のことです。おれにそんな器量はない。そこで、何かチャンスに巡り合うまでの繋ぎとして、とりあえず兵隊になったんです」

「上官の前でそういうことを言うな」

 隊長が額を押さえた。

「それがとうとう、冒険王の仲間なんていうとんでもない人とお近づきになれたのに、そうと判った途端お別れだなんて。冗談じゃありません。いえ、決めました」

「何を?」

 フィリネが、どうでもよさそうな口ぶりで訊いた。

「おれは兵士を辞めて、あの人に付いていく」

「……なぜだ? ゼイン卿の話が聴きたいなら、帰ってくるのを待っていればいいのでは?」

「隊長、だって、王国の秘宝ですよ? 聖なる泉ですよ?」

「少し落ち着け」

「神秘の秘宝を清めるために、聖なる泉へおもむく。戦争終結から二十年、こんな冒険は聞いたことがありません。それを見逃すだなんて、それこそ冗談じゃありませんよ」

「……とりあえず、言いたいことは分かった」

 頭痛をこらえるような顔で、隊長が言った。

「まあ、ゼイン卿に頼んでみればいいんじゃないか?」

「え、いいんですか、おれがいなくなっても?」

「もう、どこへなりと行くがいいさ」

「ありがとうございます!」

 アルードは元気よく立ち上がった。

「今から行くのか」

「まだぎりぎり、訪問が許される時間です。何事も早め早めですよ」

 フィリネが呆れたような顔をする。

「あなた、訓練ではいつもぐずぐずしてるじゃない」

「まあ、それはそれだ。ところでフィリネ、一緒に来てくれないか」

「なんで?」

 フィリネは、極めて投げやりに訊いた。

「君は弁が立つからな。旦那が渋るようだったら、うまく説得してくれよ」

「……まあ、別にいいけど」

 フィリネも席を立ち、二人は連れ立って食堂を後にした。

「どうも、仕事に身が入ってないとは思ってたんだよ……」

 隊長が呟いたのを、聞いた者はいなかった。広い食堂は静かだった。



 旅に同行したいというアルードの頼みを、ゼインはあっさりと承諾した。

「君は今、十九歳か。十九歳、わたしが冒険を終え、この村に落ち着いた歳だ。旅に出るには遅いくらいかもしれん」

 ゼインは、何やら嬉しそうに何度も頷いた。

「道連れができるのは、ありがたいことだ。宿の払いと食費は、わたしが持とう」

「ありがとうございます。夢のようです」

 アルードは心底感激した様子だった。そんな同僚の悩みのなさそうな顔を、フィリネは不安げに見やった。

「ちょっと待ちなさいよ。もうちょっと、色々訊いておいたほうがいいんじゃないの? あなた、目的地だって知らないじゃない」

「この際、そんなことはいいよ。どこへでも付いていくだけさ」

 まるきり呑気に、アルードは言ってのけた。

 ゼインが、そんな二人の若者を見比べた。

「なんというか……どちらかというと、むしろフィリネ君に付いてきてもらったほうが助かりそうだな」

 とんでもないことを言いだしたゼインに、アルードが慌ててまくしたてる。

「いえ、駄目です。こいつは多少頭が回りますが、どうしようもなく面白味のない人間でして。一緒にいると、息が詰まること請け合い――痛い、やめて、蹴らないで」

「……目的地についてだが、我々は西の辺境の北部にある、リオンの町を目指す。その町のそばに広い森林があって、聖なる泉はその奥にあるのだ。順調にいけば、馬で一月ひとつきほどの行程だな。出発は、明後日の朝にと思っていたが……」

「明後日ですね」

 アルードは勢いよく言ってから、しかし急に不安げな顔になり、ゼインの家の居間の中をどこともなく見回し始めた。

「明後日……あれ、いけるかな……?」

 落ち着かない様子でしばらくきょろきょろしていたアルードは、最後にその視線を隣のフィリネへと向けた。

 フィリネが、はあと溜息をつく。

「平の兵士の除隊は、小隊長が認可できるわ。隊長は賛成していたようだったし、明日一日あれば、手続きは済むはずよ」

 アルードが顔を輝かせて、ゼインに向き直った。

「そういうことらしいんで、いけそうです」

「分かった」

 楽しげに二人のやりとりを眺めていたゼインは、ゆったりと頷いた。

「では明後日の朝、この家に来てもらおう。馬の手配はしておく」

 それからゼインは、ふと気付いたように立ち上がった。

「そうだ、ひとつ、頼みたいことがあるんだが」

 そう言って、奥の部屋へと消える。財宝と遺体があったのとは、別の部屋らしい。

 いくらもせずに、ゼインは戻ってきた。

「これを、ベンテさんのご亭主に届けてもらえないだろうか」

 言って、口を締めた革袋をテーブルの上に置いた。中から金属の触れ合う音がした。

 アルードとフィリネがゼインの顔を見やると、ゼインは低い声で続けた。

見舞みまいだ。わたしの顔など見たくないだろうからな。誰かに頼もうと思っていた」



 アルードのキャラクターが固まってきました。


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