表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹の石  作者: 山風勇太
第一章 冒険王の仲間
7/33

名物おじさん

 

 その日の夜、いささか疲れた様子の隊長が、兵舎の食堂に現れた。食事を載せた盆を受け取り、長テーブルの端の席に落ち着く。

 すでに夕食を終えていたアルードとフィリネは、待ち構えていたようにそこへ行き、向かいの椅子に並んで掛けた。

「隊長、それで、どういうことになったんですか」

 アルードが訊いた。殺人現場を確認した後、隊長は部下達に次々指示を出し、みんな忙しく働いていたのだが、最年少の二人は詰所で留守番をしていたのだった。

 スープの羊肉を飲み込んでから、隊長が口を開いた。

「正当防衛、ということになった。お咎めなしだ」

 アルードは、やはりという気持ちと、それ以上に腑に落ちないという気持ちで、言葉を返した。

「しかしあの旦那は、当代最高の剣士だっていうんでしょう? いくら危険な武器を持っていたといったところで、たかがおばさんひとりを相手に、殺してしまったというのは……」

 アルードはそこで、ふと言葉に詰まった。

「その、なんかまずいでしょう、あれが」

「過剰防衛」

 フィリネが助け船を出す。正当防衛とは、身を守るためにやむを得ず反撃する行為を指すのであって、防衛に必要な程度を明らかに超える攻撃は、法律に引っかかるはずなのだ。

 隊長が難しい顔になった。

「確かに、普通なら裁判を開くべき事件だし、罰金刑か苦役刑になってもおかしくない。しかし、今回は色々と特殊でな。殺した人とか、狙われたものとか」

「ゼイン卿は――」

 今度はフィリネが、隊長に言った。

「あの宝玉を盗もうとすることは王宮の宝物庫へ侵入するのと同じ、といったことをおっしゃっていましたが、その主張を認めるのですか?」

「迂闊に否定することもできんのだよ。あの虹の石とやらにどれだけの価値があるかは、わたしには判らん。しかしゼイン卿は、亡き先王ご夫妻の仲間、という人物だ。今の国王陛下も、父親に対するように敬意を払われると聞く」

「冒険王の仲間、伝説の英雄……」

 フィリネはそう呟いてから、ふと思い出したようにアルードの顔を見た。

「そういえばアルード、あなた今日、変なことを言ってなかった? ゼイン卿が、にせものとかなんとか」

「ああ! そう、それそれ!」

 アルードが頓狂な声を上げる。

「おれは今日の今日まで、あの人のことを、英雄の名をかたる変人だと思ってたんだよ。隊長、どうしてゼイン卿のことを教えてくれなかったんです」

 隊長が、怪訝な顔をする。

「何を言っている? 君に、ゼイン卿を訪ねて冒険譚を聴かせてもらうよう勧めたのは、わたしじゃないか」

「だって隊長、『面白い人がいるぞ』なんて言い方で、にやにや笑ってたじゃないですか。それでおれはてっきり、村のちょっとした名物おじさんかなんかで、みんなで面白がって『ゼイン卿』なんて呼んでいるものかと」

「ああ、そうだったか。いや、あの時あんな言い方をしてしまったのはだな……」

 口ごもった隊長の後を、フィリネが引き受けた。

「あの人は実際、村の名物おじさんなのよ。いつも誰かに昔話を聴かせたがっていて、わたし達が相手をさせられることもあるの。隊長は、あなたを差し向けることで、ゼイン卿がおとなしくなってくれることを期待したのね」

「いつも思うが、君、はっきり言うよな」

 隊長がなんともいえない表情で、フィリネに言った。

「どこか間違っていましたか」

 フィリネがすまし顔で応じた。

「いや、全くその通りなんだが……確かにうっかりして、アルードにゼイン卿のことを説明するのを忘れていたようだな」

「隊長だけでなく、誰も話していなかったようですね。我々にとって最も重要な任務なのに」

 フィリネの言葉に、今度はアルードが怪訝な顔になった。

「重要な任務? 旦那とおれ達と、何か関係があるのか?」

 すると、フィリネが何か言う前に、隊長が口を開いた。

「アルード、この村に十二人もの兵士が駐在していること、疑問に思ったことはないか。西の辺境からも東の国境からも遠いこの辺りで、この規模の村なら、兵隊を置くにしても普通は三、四人というところなのに」

「まさか……」

 アルードがハッと顔色を変える。

「旦那の財宝を守るためだっていうんですか?」

「うーん」

 隊長は、肯定とも否定ともつかない曖昧な頷き方をした。

「その意味もないではないが、副次的なことだ。我々が守っているのは、財宝ではなくゼイン卿ご自身……いや、守っているというより、見張っているという意味合いが強い」

「見張る? どういうことです」

「さっきも説明したように、ゼイン卿は王とさえ対等に話せる立場にある。その気になれば、大変な発言力と求心力を発揮できるということだ。もしも、王国に対してよからぬ考えを持つ輩が、彼に接触して言いくるめるようなことがあれば……」

 内乱の火種となりうる、とでもいうのだろうか。村の名物おじさんと思っていた人物が。

 アルードは息を詰めて、隊長の次の言葉を待った。

「そういう事態に備えて、それとなく彼のことを監視するのが、我々の任務というわけだ。もっとも、そういう事態が二十年間まったくなかったものだから、日頃は我々も、そんなことは半分忘れているような有様なのだがな。それでアルードへの説明も、うっかり失念していたわけだ」

 隊長が表情を緩め、アルードも気の抜けたような顔になる。

「はあ……村の警備にしてはやたら人数がいるので、おかしいなとは思っていましたが」

「それで、隊長」

 と、フィリネが口をはさんだ。

「ゼイン卿への今後の対応について、何か気をつけることはありますか」

「ああ、それなんだが」

 隊長が、思い出したように言った。

「ゼイン卿は、しばらく村を離れるそうだ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ