財宝の山
「アルード、どうかしたか」
隊長が、宝玉からアルードへと目を移した。若い兵士は一瞬、びくりと肩を震わせた。
「……いえ、なんでもありません。この財宝については、お話を伺っていたもので、つい」
アルードが答えると、ゼインが小さく頷いた。
「図らずも、君の願いを叶えることになったな。どうせならもっとましな場所で、とも思うが」
「それで」と、ゼインと共にこの家にいた兵士が言った。「どうしますか、隊長」
「もう少し状況を調べてからだな。家宅侵入、窃盗未遂、そして凶器を手にしていた……とは言え、殺したとなると……」
隊長は独り言のように言いながら、再び遺体を調べだした。その手が、農婦の上着のポケットで止まった。中から、何かの鍵がひとつ出てきた。
「ゼイン卿、この鍵に見覚えは?」
宝玉を再び布で包みながら、ゼインが答える。
「いえ、ありませんが」
「フィリネ、この家の玄関に合うかどうか、試してみろ」
「わかりました」
フィリネは鍵を受け取り、居間のほうへ向かった。
「この村では、ちょっと家を空けるのに、鍵などかけないからな……」
隊長はまた呟いて、遺体のスカートを調べ始めた。他の者達は沈黙したまま、その様子を眺めていた。
いくらもせずに、フィリネは戻ってきた。
「鍵が合いました、隊長」
「うん……ゼイン卿、合鍵があったわけですが、心当たりは?」
「その鍵については知りません。ただ、心当たりというなら、この女の弟は鍵屋ですね」
「そういえばそうですな」
隊長は立ち上がると、兵舎まで知らせに走ってきた兵士に改めて遺体を検分するよう命じ、ゼインを居間へと促した。
ゼインと隊長はテーブルをはさんで座ったが、他の兵士達は立ったまま隊長の後ろに控える。
「さて、ゼイン卿、もう少しお話を伺います。彼女は何のために、お宅へ忍び込んだと思われますか」
「この虹の石を盗むためでしょう。例の短剣も目当てだったかもしれません、この石ほどではないにしろ、貴重なものです」
「そうお考えになる理由は?」
「あの部屋はあまり荒らされていませんでした。最初から、狙う品を決めていたのだと思います」
「しかし、彼女はなぜ、その二点のありかがわかっていたのでしょう」
ゼインは、少し苦い顔になった。
「……まだ分別のない若造だった頃、わたしは、かつての冒険で手に入れた財宝を頼まれるまま披露していたのです。あの女は特に財宝を見たがったので、何度もあの部屋に入れたことがあります」
「日頃、ベンテさんとのお付き合いはいかがでしたか」
「お互い嫌い合っていましたよ。特に、わたしの父が亡くなってからは」
「と、おっしゃいますと?」
「ご存知のように、この辺りには形見分けの習慣があって、誰かが死ぬと親戚や近所の者に故人の持ち物を配るのです。あの女は父のいとこでしたから、食器と農具をいくらか渡しました。するとあの女は、この家には財宝の山があり、父だってそれを売った金で暮らしていたのに、皿だの鎌だのしかよこさないとは何事だ、と言いだしたのです」
ゼインの語気が徐々に荒くなってきた。
「愚かしい言い草です。この家にある宝物は全て、わたしが西の辺境から命がけで持ち帰ったものです。わたしは父を愛し尊敬し、息子として当然父を養っていたわけですが、しかし財宝は全て、わたし個人のものなのです。それなのにあの女は、なんのかのと理屈をつけて、あの部屋へ入り込もうとしたので、力ずくで追い出しました。以来、すっかり疎遠になってしまいました。六年前のことです。それからずっと、あの部屋の品を狙っていたのでしょう」
ゼインは、いまいましげに溜息をついた。
その顔をしばし見つめてから、隊長がまた口を開いた。
「その辺りのことについても、もう少しお話しいただく必要がありますな。我々の詰所まで、ご一緒ねがえますか」
「構いません。しかし、ひとつ申し上げておきたいが」
ゼインが、心なし胸を張ったように見えた。
「わたしは先王ペリゴールから、この虹の石の管理を託されています。この秘宝に手をつけるということは、王宮の宝物庫へ押し入るのと同じことなのです。それをお忘れなきよう」
ゼインの言葉に、アルードは跳び上がりそうになった。そんな無茶苦茶な理屈があるだろうか。確かに、王宮の宝物庫へ忍び込んだりすれば、問答無用で殺されても文句は言えないだろう。しかし、このボロ屋敷と王宮が、どうして同じ扱いになるものか。
しかしアルードは、隊長の返事を聞いていよいよ目を丸くしたのだった。
「そういうことになるのでしょうな、あなたがそうおっしゃるなら」
隊長はそう答えた。