ある殺人
アルードは知らせに来た兵士とクラフ、フィリネと共に、隊長に従ってゼインの家へ向かった。ダーンは兵舎にいる仲間達に招集をかけている。
ゼインの屋敷に着くと、ひとりの男性兵士が一行を迎えた。その男に導かれて、ぞろぞろ居間に入っていく。
居間のテーブルの前に、黒髪の中年男が腰かけていた。
「隊長殿、お手数をおかけする」
ゼインの言葉に、隊長はちょっと部屋を見回してから、答えた。
「ええ……それで、遺体は」
「こちらです」
ゼインは立ち上がると、六人の兵士を家の奥まったところにある部屋へ案内した。
屋敷の北東の角に当たるだろう、思いのほか広い部屋だった。ただ、壁際にはタンスやら木箱やらが所狭しと積まれていて、妙に狭苦しいような印象をうける。そして中央の床に、胸に剣を突き立てられた女が仰向けに倒れていた。
血だまりのにおいに、アルードは口元を押さえた。いつも冷静なフィリネが顔を背ける。
隊長が、遺体のそばへ進み出た。
「まあ、兵隊なぞやっていると、たまにはこういうことにも出くわす」
そう言いながら屈みこみ、遺体の様子を調べる。中年の女だった。老いの見え始めた顔に、いくらかのしわとともに恐怖が刻み込まれていた。長いスカートとシャツの上から、くたびれた長袖の上着を羽織っている。
「ベンテ・イーリアさんに間違いないな。それで、ゼイン卿、この剣を刺したのは誰ですか」
「わたしです」
淡々と、あるいはむしろ堂々と、中年男は答えた。
「この剣は誰のものですか」
「わたしのものです」
「刺したのは、いつですか」
「つい今しがたです」
「では、その時の状況を話してください」
そう言われて、ゼインは少しだけ間を置いてから、話しだした。
「わたしは今朝から、馬で外出していたのですが、ふと……なんというか、嫌な予感を覚えまして。用事を切り上げて、いつもより早く戻ってきたのです。家の玄関まで来ると、鍵が開けられていることに気付きました。わたしは中へ飛び込み、一直線にこの部屋へ向かいました。するとこの女が、そこの短剣を持って出てくるところだったので、とっさに剣を抜き、刺したのです」
ゼインの言葉に、兵士達は遺体の脇に転がっているものへ目を向けた。確かに抜き身の短剣だった。
「その短剣に見覚えは?」
「わたしの管理しているものです。強力な魔法がかけられていて、呪文ひとつで刃に破壊の力をまとわせることができます。おそらく、その剣を折ることも容易でしょう。わたしはこの人よりもむしろこの短剣に、脅威を感じたわけです。もっとも、この女にそれを使いこなせたとも思えないが、それは死なせた後で気付いたことです」
「大変失礼ながら、あなたにしては迂闊でしたな」
「おっしゃる通りですが、わたしが冷静さを失った理由というのもあるのです。わたしが一瞬、頭に血が上ってしまったのは、この女がある財宝を手にしていたためです。それは特別な財宝で、泥棒とかそういった輩が決して触れてはならないものなのです」
「すると、それを盗もうとしていたのですかな……その財宝というのを、見せていただけますか」
「構いません」
ゼインは、茶色いコートのポケットから、何やら布の包みを取り出した。
その時、アルードが我慢ならないとばかりに口をはさんだ。
「ちょっと待ってくださいよ! あなた、この状況で何を財宝、財宝と――」
しかしアルードは、最後まで言い切ることができなかった。
雲が切れたのか、開け放たれた東向きの窓の外が、にわかに明るくなった。ゼインが、何かをくるんでいた布を払いのけたのは、それと同時だった。
ゼインの手の中で、宝玉が虹色の光を放っていた。
その圧倒されるような美しさに打たれながら、アルードは一瞬にして悟った。この男は、本物の冒険者ゼインだったのだ。そして、これが――。
「これが、虹の石……!」