のどかな村の兵士達
翌日の午前中、アルードは隊長を含む四人の同僚と共に、兵舎の裏の練兵場で射撃訓練をしていた。
この国の兵士は、主に弓矢と魔法を射撃の手段とする。今は魔法の訓練をしているところだ。
アルードは、石造りの壁の前に据えられた的に向かって右腕を伸ばし、短く呪文を唱えた。と、右手から光の塊が放たれ、木の板を重ねて作った的をわずかばかり穿った。しかし、的の中心を示す印からは少々外れている。
他の四人も、アルードの両側で次々と光の弾を飛ばしていた。魔力を集めて弾丸として撃ち出す、〈魔力弾〉の呪文である。
四十歳前後の髭を生やした隊長と、彼と同年配の男の二人は、的の真ん中に次々と命中させていた。だが他の若い三人は、なかなか狙いが定まらない。
ひとり百発も撃ったころ、隊長が休憩を告げた。
「ふう、きつい……」
アルードが地面にへたり込む。魔法の発動は使用者の体力を源とする上、集中力も必要だから心身ともに疲労するのだった。
「なんだ、情けない。体力つけろ、体力」
アルードよりいくらか年長の男が言うと、髭の隊長が苦笑混じりにそちらを見た。
「クラフ、もう少し的に当ててから言え。まあ、アルードがもっと鍛えなきゃならんのはその通りだが」
そして、若い三人の顔を見回す。
「武器と魔法、両方そこそこ使えるようになってようやく一人前の雑兵だからな」
アルードとクラフが、素早く目を合わせて笑いあった。何も起こらない村で年中訓練の指導ばかりしている隊長の、これが口癖だった。
ふと、若手のもうひとり、肩まで伸ばした髪を後ろでくくった女が手を上げた。
「隊長、今の訓練について質問があります」
「言ってみろ」
「訓練の時間配分を見る限り、隊長は弓よりも魔力弾の訓練を重視していらっしゃるように思います。しかし、魔力弾は弓に比べて殺傷力で数段劣ります。これには何か意図があるのでしょうか」
「うん、なるほど……クラフ」
隊長に名を呼ばれて、クラフは肩をびくりとさせた。
「先輩として、お前ならどう答える?」
「えっと……そうですね……そう、弓矢なんて普段は持ち歩いてないわけです。だからいざという時には、魔力弾のほうが役に立つと、そういうことじゃないかと思います」
「うん……ダーン、これをもう少し整然と言うと?」
名を呼ばれて、隊長と同年配の男がちょっと頷きを返し、若い三人のほうへ向き直った。
「矢を射るには、当然、弓と矢を装備している必要がある。しかし我々の主任務は警邏任務だから、通常、弓で武装していることはない。となれば、任務中に何か起きた際、現実的に使えるのは魔力弾のほうということになる」
そこでダーンは、クラフにちょっと笑って見せた。
「まあ、おおよそクラフの言う通りだな」
「よかった、大体合ってた」
「大体じゃないよ」隊長がたしなめるように言う。「兵士たるもの、戦闘技術に自覚的でなければな。武器の長所短所、魔法の長所短所、どういう場合に何が有効か。その点、フィリネの研究熱心な態度は、好ましいと思う」
褒められたフィリネは、しかし無表情に直立しているだけだった。「まあ座りましょうや」とダーンが言い、一同は、すでに座り込んでいるアルードの周りに腰を下ろした。
いつもこの調子だった。アルードより年下だがここではいくらか先輩の女、フィリネが戦技戦術について質問をし、隊長に意見を求められたクラフが大雑把なことを答えて、叱られる。クラフはいつも、フィリネは偉いな、などと言っているが、態度にやや問題のあるクラフに説教をするために、隊長とフィリネがグルになっているのではないかと、アルードは勘ぐっていた。
「さてフィリネ」
と隊長が口を開いた。
「魔力弾には、武装していなくても使えるということの他に、どんな長所がある?」
「練度が同程度だとすれば、弓に比べて即応性と連射性に優れます」
「その通りだ」
隊長が満足そうに頷く。
こういうところを見ると、彼女と隊長がグルになって芝居を打っているなどというのは、馬鹿な妄想だという気もしてくる。
「そこを考えても、我々の警邏任務では魔力弾のほうが有効な場合が多い。それに、さっきフィリネは殺傷力のことを言ったが、むしろ殺傷力は低いほうがいいということもある。加減した魔力弾を腹や足に当てれば、殺さずに戦意だけくじくことができる。戦争の気配もない静かな世の中だ。なるだけ、殺した殺されたということがないように願いたいものだな」
ダーンが小さく頷いて、口を開いた。
「自分も、二十年前の戦争以来、弓など訓練で使うばかりです」
うん、と短く応じ、隊長はちらと西のほうを見やった。そこには練兵場を囲む高い壁があるばかりだったが、その目は山の向こうの西の辺境を見ているように、アルードには思えた。隊長は兵士として、ダーンは冒険者として、最後の戦争に参加したと聞いている。
「ところで、アルード」
ふと現実に戻ったように、隊長が言った。
「君も何か、質問でもないのか。訓練のことでなくてもいいが」
「ええと……あ、それじゃ、この村のことなんですが」
いつもなら特に何も言わないところなのだが、そういえば、気になっていることがあった。
「何かずいぶん昔に、例の旦那のところへ強盗が入ったという話を聞いたんですが、本当なんでしょうか」
「ゼイン卿のところへ? ええと……」
「ああ、前隊長から聞いたことがあります」とダーンが口をはさんだ。「十五年ほど前のことだったと思いますが」
「ああ、そうか、わたしも聞いている」と隊長。「で、それが?」
「いえ、妙な話だなと思いましてね。あんなにせものの住むオンボロ屋敷に入って、何を盗るつもりだったのかと」
「にせもの? 何の話――」
「隊長!」
隊長の言葉は、不意の叫び声に遮られた。兵舎の横手から、男性兵士がひとり駆けてくるところだった。
「大変です、殺しです!」
「なに!?」
隊長以下、全員が立ち上がる。走ってきた男は、一同の前で立ち止まり、肩で息をした。
「大変なんです、とにかく、えっと……」
「落ち着け。誰が殺されたって?」
「ベ、ベンテさんです!」
その名を聞いて、アルードは、ひとりの農婦の顔を思い浮かべた。五十を過ぎたくらいの女だったろうか。けちで嫌味なところがあるとかで、周囲からは煙たがられていたように記憶している。
隊長がまた訊いた。
「で、殺したのは? 判っているのか?」
「その――ゼイン卿です!」