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虹の石  作者: 山風勇太
第一章 冒険王の仲間
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ほら話

 

「秘宝中の秘宝、虹の石、ね。聞いたことあるような、ないような……」

 若い兵士アルードは、兵舎に帰る道すがら、ひとりでぶつぶつやっていた。周りに誰もいないと独り言を始めるのが、この男の癖だった。

 太陽はもう、西の低い山並みの陰に沈もうとしている。

「四人の冒険者か。しかし、愉快なほら話はいいが、先の王妃様を呼び捨てとはやりすぎだ」

 アルードが小石を蹴ると、道の脇の水路に落ちてトポンと音がした。

 はるか昔、まだ海の向こうとの行き来が盛んだった頃、このゴーデア王国は貿易の中継地として大きな富を蓄えていた。しかしある時、世界に大いなる異変が起こり、人々は強力な魔法の多くを失った。それに伴って、魔法に頼るところの大きかった海上交易も廃れていった。王国の南の海から、外洋を行く船が消えた。

 その混乱の中、ゴーデアの西にあった国が、ゴーデアの豊かな富を求めて略奪を行うようになった。軍事についても魔法に頼る面が強かったゴーデアは、魔法に頼らない装備と戦術をいち早く研究した隣国の軍の侵入を再三にわたって許し、多くの財宝を持ち去られることとなった。この隣国の名をナルダ王国という。

 しかし、このナルダ王国の勢力も長くは続かなかった。ナルダのさらに西にある山岳地帯から、魔族と呼ばれる異形のもの達が侵入してきたのである。その勢いははなはだ激しく、ナルダは劣勢を強いられた。ゴーデアは国境を守り、逃げてくる人々を受け容れたが、ナルダに助勢することはなかった。こうしてナルダのほぼ全域が魔族の勢力圏となり、領地と財を守ろうとした王侯貴族は消滅した。また、魔族は金銀宝石に興味を示さなかったため、ゴーデアから奪った莫大な財宝が取り残されることとなった。

 このナルダ王国滅亡が、二百年ほど前のこととされる。

「そして、冒険者の時代が来た」

 歴史に思いを馳せていたアルードは、西に見える山々にちらと目をやった。そのさらに向こうに、ナルダ王国はあったのだ。

 まがりなりにも大国であったゴーデアは、魔族の侵攻を支えつつ兵力を拡充していった。そして、旧ナルダに接する人間の国はゴーデアのみであったことから、その領土の併合を宣言し、この地を「西の辺境」と呼んだ。西の辺境に残された、ゴーデアの失われた財宝を取り戻すことが、この国の国是となった。

 西の辺境に分け入っていったのは、国軍に属さない自由な戦士達だった。彼らは時に協力し、時に対立しながら、崩れかけた城や館へ競うように潜り、財宝を持ち帰った。また積極的に魔族を駆逐し、拠点を確保する者達もいた。人々は彼らのことを、憧れや不信や様々な感情を込めて「冒険者」と呼んだ。

 冒険者達が持ち帰った財宝を資金源として、ゴーデアは力を取り戻していった。傭兵を集め、武器を揃え、西の辺境へ侵攻して人間の土地を広げていった。それはまた、冒険者の足場を固めることにもなった。しかし長い間、この魔族に対する反攻はきわめてゆっくりとしたものだった。

 ところが二十数年前、たった四人の冒険者が状況を大きく動かした。彼らは西の辺境の奥地、それまで誰も到達していなかった地域を探索し、ついに旧ナルダの王都へ到達、失われた財宝の中でも特に貴重な品々を見出した。冒険者達はにわかに活気づき、多くの者が四人の開いた道に続いた。ゴーデアの戦力増強は加速し、それから数年のうちに、西の辺境の魔族を完全に追い払ったのだった。

 人々はこぞって、四人の英雄を称えた。ゴーデア王女にして星々の巫女ローレア、ローレアと結婚して国王となる〈冒険王〉ペリゴール、魔導師ユロ、そして――。

「そして戦士ゼイン、当代きっての剣の使い手」

 アルードはふと立ち止まり、歩いてきた道を振り返った。しかし、先ほど茶を飲んでいた屋敷も手入れの悪い庭も、もう見えなくなっていた。

「まさかこんな片田舎にいるとはね、思いもよらなかったぜ」

 皮肉めいた調子で、アルードは言った。

 まだ冬だった二ヶ月ほど前、アルードはこの村に駐在する兵士の交代要員として赴任してきたのだった。それまでそこそこ大きな町に勤務していたアルードは、非番の日にすることがないと隊長に訴えた。遊びに出るようなところがない、というだけではない。小さな村にもかかわらず一個小隊十二人もの兵士が詰めており、そのくせ仕事といえば訓練と形ばかりの巡回だけなので、やたらと暇なのだ。

 そこで隊長から会ってみるよう勧められたのが、戦士ゼインを名乗る風変わりな中年男なのだった。「面白い人がいるぞ」と、隊長は髭の奥でにやにや笑っていた。

 戦士ゼインが今、どこでどんな暮らしをしているかは知らない。しかし、あんな薄汚れた屋敷で、使用人もなくひとり暮らしているということはないだろう。そうは思うのだが、しかしまた彼のほら話が暇つぶしに充分な程度には面白いことも確かなので、アルードは度々あの家を訪れているのだった。

 いささか問題なのは、今の国王の両親、亡きペリゴール王とローレア王妃を彼が呼び捨てにしていることだった。共に冒険に出た仲間だから、ということらしいが、兵士としては咎めるべきかもしれない。しかし、せっかく機嫌よく話しているところへ水を差すのもつまらない、という気もする。

「隊長に相談してみるかな……しかしまあ、のどかな村だ。こんなことしか相談事がないとは。……まてよ、隊長といえば」

 畑の中から家の並ぶ辺りへ差しかかったところで、アルードは再び立ち止まった。ゼインが気になることを言っていたのを、思い出したのだった。

「隊長がここへ来る以前に、財宝狙いの強盗が出たという話、あれは何だったんだ?」




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