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虹の石  作者: 山風勇太
第二章 王女アンフローネ
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勢力争い

 

 ゼインと共に部屋へ引き上げたアルードは、まず不満を口にした。

「本当に明日出発するんですか、旦那」

 晩餐の席で、ゼインは居並ぶ人々に、明朝城を発つと伝えたのだ。

「虹の石が大事なのは解ってるつもりですけどね、もうちょっとくらい、お世話になってもいいじゃないですか。陛下もそうしろとおっしゃっていることですし」

「そんなにここが気に入ったかね」

「ええ、もっと色んな場所を見せてもらいたいですし、食べ物もすごいですし。それに、アンフローネ様とお話しする機会なんて滅多にあるもんじゃないですしね、あと食べ物も豪華ですし。ゲルデイさんともせっかく仲良くなれたのに――それと、食べ物がおいしかったなあ」

「食事のことばかりだな。あまり贅沢に慣れると、旅が辛くなるぞ」

「違いますね。素晴らしい思い出は、活力のもととなるんです。あ、ちょっと失礼して、手洗いに」

 いつになく強硬に主張するアルードだった。ゼインが呆れ顔で溜息をつく。

 アルードは部屋を出て、近くのトイレに向かった。用を済ませ、水洗設備に改めて感心しながら出てくると、ひとりの男に行きあった。

「これは、メリク隊長閣下」

 何と挨拶したものか判断しかねて、アルードはとりあえずそう呼ばわった。王室親衛隊隊長メリク・ヘクトンだ。

「こんばんは、アルード殿。穏やかないい夜ですね」

 三十歳前後と見えるその男は、夜に似つかわしい穏やかな声音でそう言った。そして、アルードが返事をする前に言葉を続ける。

「今朝は、部下の失言についておとりなしくださり、ありがとうございました」

 先王夫妻の呼び方についてゼインが怒りだした時のことを言っているらしい。アルードとしては、そんなに大したことをしたつもりはないのだが。

「いえ、あれはその、つい思ったことを言ってしまっただけで――」

「助かりました。また何かの時には、お力添えくださるとありがたい」

 それだけ言って、メリクは立ち去った。

 しばし突っ立っていたアルードは、急に背筋がぞっとしたように思い、急ぎ足で自分達の部屋へ向かった。メリクにどういったことを期待されているかは知らないが、危ういところへ片足を突っ込んでしまったことは解った。ふと、アンフローネが自分について言っていたことを思い出す――「何しろ、おじ様に近づく貴重な材料になりうるものね」。

「旦那!」

 ドアを開けるなり、アルードは言った。「こんな所はさっさと出て、旅を続けましょう!」

 ゼインが怪訝な顔をする。

「さっきと言っていることが違うな。どうしたね?」

「いえ、その……王宮の勢力争いみたいなものが、急に恐ろしく思えてきましてね。旦那は何やら、色んなところから注目されてるみたいじゃないですか」

「なるほどな」

 ゼインはひとつ頷いた。

「確かにここには、様々な思惑が渦巻いている。……ちょっと訊いてみるが、君にはどう見えた?」

「えっと、そうですね……」

 ゼインと二人になり、アルードはひとまず落ち着きを取り戻した。

「まず、元帥閣下はあからさまですよね。旦那を味方につけようとしています。そうして、国王陛下に対抗しようとしているように見えました」

「そうだな。それが、王国中枢における最もはっきりした対立だ」

「ですが、旦那を味方にすると、具体的にどういうことになるんでしょうか」

「まあ、虹の石に手をつけられたというので、かっとなって人ひとり殺すような男だからな」

 どこか自嘲するように、ゼインは言った。

「王宮に置いて睨みをきかせるには、適役だろうよ」

「…………」

「あとはまあ、冒険者に対する求心力か。わたしなどは故郷に引っ込んでいるが、冒険者の各界への影響力は今も馬鹿にできん。それを、わたしの名前でいっせいに動員できれば……まあ、色々なことが可能だろう」

「元帥閣下は、冒険者でない者を軽視しているようですね。陛下も含めて」

「うん、まさにそうだ。というのも、ムーガル閣下は、ペリゴールに対しては非常に忠実だったのだ。ペリゴールが王位を継ぐに際しては、反対も大きかったものだが、閣下は強力に後押しをされた。ご自身も冒険者として名をはせた閣下にとって、〈冒険王〉ほど信頼に値する主君はいなかったのだろう。その気持ちは、わたしにも分かる」

「……それに対して、メリク隊長はあくまで今の国王陛下に従い、元帥閣下を牽制しているように見えます」

「うん……ムーガル閣下に限らず、あの戦争を知る者を重用する傾向は広く見られる。陛下はそれに対抗するかのように、親衛隊を若い者で固めているようだ。しかしそれでは、冒険者上がりの重臣達の神経を逆撫でするようなもの。むしろ、隊長か副長あたりに、冒険者を据えてはどうかとも思うのだが」

「旦那がそこに納まれば、色々とうまくいくのでは?」

「わたしには、政治に近づくなというローレアの言いつけがある」

「……リデア様も、旦那に近づきたがっているようでしたね」

「あの人の考えていることは、昔からよく解らん。が、わたしを手元に置いておくと便利なのは、どの勢力にしても同じことだろう」

「宮廷魔導師様に同行してもらえれば、色々助かるのでは?」

「代償として、何を要求されるか知れたものではないからな。他から睨まれるのも困る」

 アルードは、水差しからコップに水をそそいで、ゼインの前に置いた。自分にも水をつぐ。かすかに、何か果物のような香りと、甘い味がした。

「解らないのは、宰相閣下です。陛下と元帥閣下、どちらの味方という感じでもない。何か一段高いところから、そういった対立を眺めているような」

「いよいよ鋭いな。バラト閣下は、ペリゴールが王族より御しやすいと見て、彼を国王に推したような方だからな。若い王の傍らで存分に手腕を発揮できる現状に、ひとまず満足しているのだろう。気になるのは、今後陛下が力を付けていった時、彼がどう振る舞うかだが……まあ、わたしには関係のないことだ」

「そうでしょうか? さっき陛下が、わざわざみんなの前でお金をくださったのは、旦那との結びつきを示すためだったようにも思えますが」

「王国の秘宝に関わることだから、援助してくださった。それだけのことだよ」

 どうもゼインも、突っ込んで話してくれるところと、そうでないところがあるようだ。



アルード「旦那を味方にすると、具体的にどういうことになるんでしょうか」

ゼイン「わたしの作るケーキがあれば、どんな交渉もうまくいくのだ」

アルード「そういう方向性だったの?」


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