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虹の石  作者: 山風勇太
第一章 冒険王の仲間
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冒険譚

 

「さて、それから我々は、どうにか近くの町へたどり着いた」

 西日の差し込む部屋の中、四十がらみの男が、テーブルをはさんで座る青年に熱心に語っていた。

「そして宿屋に落ち着くと、いつものように、遺跡から持ち帰ったものを広げてみた。なにしろ、魔族の徘徊するところで、いちいち品物を鑑定しているわけにはいかんからな」

 青年はじっと黙って、さも面白そうに聴いていた。くすんだ赤茶色の髪が夕日を受けて、薄暗がりに浮かび上がるようだった。

 中年男の髪は黒で、艶がないため闇に沈み込むように見えた。

「すると、そこにあったのだ。秘宝中の秘宝〈虹の石〉がね」

「どういったものなんです、それは」

 いかにも興奮した様子で、青年が訊いた。年かさの男がゆっくりと頷いてみせる。

「そうだな、形は完全な球体で、わたしの拳くらいの大きさがある。色は無色透明。質のいい水晶玉のようにも見えるが、なんとも言い難い、独特な美しさと品格を備えているのだ。そして不思議なことには、日の光を浴びると、虹色に輝きだす」

「それで、虹の石というんですね」

「さよう。しかし、我が友にして星々の巫女ローレアは、夜の屋内で一目見ただけで、それが王国の失われた秘宝、虹の石であることを見抜いた。そして、わたしや他の二人にこう言った……この宝玉には、意思ともいうべきものがある。我々がこれを持ち出したようでいて、その実、石が己のあるじを選んだのだ、と」

 そう言って中年男は、手元のカップから茶を一口すすった。青年も自分のカップに手を伸ばしかけたが、それは空で、目の前にいるこの家の主はそれに気づく様子もなかったから、黙って手を引っ込めた。

 中年男がまた口を開いた。

「我々四人は、ローレアの指示で、丸テーブルの四方に立った。テーブルは確かに、しっかりした作りの平らなものだったと思う。ローレアが、その真ん中にそっと石を置いた。すると石は動きだし、わたしのもとへ転がってきたのだ」

 中年男はそこでひとつ、息をついた。

「これが、虹の石が王宮の宝物庫に納められず、わたしが管理することになった由来というわけだ」

 若者もまた、感心した様子でため息をついた。

「へえ……いやあ、今日もまた、貴重なお話をありがとうございました。救国の英雄から当時の冒険譚を直接伺えるなんて、まったく夢のようですよ、ゼインの旦那」

「なに、実を言えばわたしも嬉しいのだよ、アルード君」

 ゼインと呼ばれた中年男は、ちょっと笑ってみせた。

「昔はわたしの話を聴きたいという者が大勢やってきて、少々うんざりするほどだったのだが、近頃はそういう客もなくなったからな。小さな子ども達は時々来てくれるが、どうも彼らには、神話やおとぎ話と区別がついていないようだし」

「はは、二十年前の、今とは世の中が全然違う時代の話ですからね。おれだって、魔族と戦争してた頃のことなんて、なかなか想像できません」

「そういう君は、今、いくつだったかな」

「来月、二十歳になります」

「ほう、すると」

「ええ、戦争が終わる直前に生まれたんです」

「ふうん……そうか、あの頃生まれた子が、こんなに大きくなるのか」

 ゼインはどこか遠くを見るような目をして、つぶやくように言った。

 若いアルードはしばらく黙ってその様子を窺っていたが、恐る恐るというかんじで口を切った。

「ところで旦那、ひとつお願いしたいことがあるんですが」

 ゼインが、その目を若者に戻した。

「何かね」

「その虹の石を、一目、見せていただくわけにはいきませんかね」

「ああ……悪いが、それはできない。大抵の頼みなら、聞いてやりたいところなのだがな。昔、わたしが君といくらも違わない歳だった頃、わたしは愚かにも、誰彼かまわずあれを見せてやっていたのだ。虹の石や、それに他の財宝もな。その結果、たちの悪い連中を呼び寄せ、村のみんなに迷惑をかけることになってしまった」

「たちの悪い、といいますと?」

「強盗だよ、言ってしまえば。この村に駐在する兵士達、つまり君の先輩達に助けてもらって、どうにか追い払えたが、いくらか怪我人が出てしまった。今の隊長さんが来るより前の話だ」

 ゼインは少しうつむいて、首を何度か横に振った。

「そういうわけで、あれは人に見せないことにしているんだ」

「そうですか。残念ですが、仕方ありませんね。では、そろそろおいとまします」

「うん。話ならいくらでもするから、またいつでも来てくれ」

 アルードは家の玄関でゼインと別れ、家の前のちょっとした庭を歩いた。庭の周囲の生垣は手入れが不充分で、ところどころ伸びすぎたり枯れてしまったりしており、この辺りの習慣からすれば随分だらしのないものだった。花といえば、種々雑多な春の草が勝手に花をつけているだけで、やはり手を入れている気配はない。ただ、庭の一角の畑だけはよく耕され、豆や何かが綺麗に植わっていた。

 庭から道へ出て、アルードは建物を振り返った。それは、平屋建てのいかにも古そうな屋敷だった。古くても綺麗にしてあれば立派といえる。しかしその建物は、どうにも薄汚れていた。

「さもありなん」

 とアルードはつぶやいた。

「口からはどんな冒険だって生み出せる。しかし、現実の宝物となれば、どこをひっくり返したって取り出せやしないさ」




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