打たれたホームラン
10
沈痛な気分? 何それ、おいしいの? って感じでで帰った俺は本でも読むか。
……あれ、読んでないのがない。
C言語のやつは読んだし、線形も読んだな……。
暇だなーと思っていたら、開錠する音がした。
「ただいまー」
あれ? この声は弟の広哉だよな……何でこんな時間に?
一つ下の広哉は、大抵、六時くらいまで帰ってこない。広哉は中学のサッカー部にいる。しかも、一年から不動のエースストライカー。何で、こんなに運動神経に差が出来たんだろうな。
勿論、朝も早い。大体、俺が起きてくる頃には学校で練習している。
だから、こんな時間に帰ってくるのは本当に珍しいのだ。
「あれ、今日は早いじゃん。何かあった?」
「ん? ああ、練習はなし。先生が新入生の世話で忙しいんだと」
「ふーん。じゃあさ、ゲームしよーぜ」
どうせ暇だったし。
「いいよ。なにやんの?」
「いつもの」
「よし、やろう。ちと、待って」
「分かった」
そして、待つこと約五分。
着替えた広哉が来た。それを見て、起動する。ゲーム機からファンの回る音がする。そして、メニュー画面からソフトを選ぶ。
ほどなくして、オープニングが始まった。メイン画面から対戦を選択。
遅れたが一応、何のゲームか、と言うと、所謂、野球ゲームである。
広哉の所属している部活から、サッカーゲームだと思ったかもしれないが、弟も俺も野球が好きである。
と、言うことで、チーム選択。
俺は北海道日本ハムファイターズ。弟は阪神タイガース。
ピッチャーも俺を模して作った『赤城悠哉』を、弟も同じく自分を模した『赤城広哉』にして、プレイボール。
「今日こそは負けねーぞ」
そう、挑発してきたので言い返す。
「俺だって」
因みに、俺ら二人の対戦成績は、十三戦二勝一敗十引き分けである。異様に引き分けが多い。要は、俺たちの技量は大体、同じである。
「よし」
「ちくしょー」
画面にはバットを下に振り下ろすバッターの姿が映っていた。
幸先良いなー、三者連続空振り三振なんて。しかも、十球しか投げてない。
さてと、攻守交代だ。
「やっちまったー」
「ふう」
ヒットを打ってノーアウト一塁とした。しかし、後続が三邪飛、中飛でツーアウト。何度も繰り返し対戦しているから、牽制してこない事は分かっていた。ワンボールワンストライクの時に二盗をしたが、相手のキャッチャーの肩が強くて敢え無く失敗、チェンジ。
そこに、また玄関の開錠の音がした。
「ただいま」
琴葉が帰ってきたようだ。荷物を降ろしに二階に来た。
降ろした後、こっちに来て訊いた。
「今日、何が食べたい?」
「は?」
思わず聞き返してしまった。
「どういう事?」
いつもの夕飯は母が料理をする。しかし、時々いないときは父が出前頼むのだが、どういうことだ?
「あんた、聞いてなかったの? 朝の話」
「いいや、全く」
「今日はお母さんが修学旅行の下見でいないでしょ。お父さんも出張でいないのよ。分かった?」
「そういうこと」
「で、何がいい?」
「んー、じゃあ、オムレツで」
「ヒロは?」
「俺もそれでいいや」
「決まりね。材料は……あ、挽肉! 今日使ちゃったんだー」
頭を抱えて言う琴葉。俺は素っ気なく言った。
「ふーん、あっそう」
「何、言ってんのよ。あんたが行ってくんのよ」
「……は?」
彼女は、あたかも当然のように言った。
「そんなの当り前じゃない。この中で一番年長なのは、あんたでしょ」
「いやいやいやいや。そんなのカンケーないじゃん、いつも」
と言った瞬間、琴葉にじろりと睨まれた。お・ま・え・が行って来いとでも言っているかのように。
あー、めんどくせー。
仕方なく腰を上げて、誕生日が数日しか違わない妹を見る。
「わーったよ。行けばいいんだろ、行けば」
「よっろしくー♪」
腹立つ~~。
外に出る準備とゲームの中断をして、玄関に行く。
「おーい。ついでだから何か買っておくものはあるかー?」
「んーそうだね。あっそうだ。小麦粉と牛乳、買ってきて」
「小麦粉って、薄力粉? 中力粉? 強力粉?」
「薄力粉」
「ん、分かった。じゃあ、行ってくる。鍵よろしく」
「ヒロ~。鍵~」
「はいはい」
あいつは弟ですらも使うのか。悪魔だな。
庭を突っ切って出た、俺はふと、空を見上げた。
空は夜の青暗さとビル群に隠れて見えない太陽が出す橙色と黄色をマーブルにした感じの光が、丁度、中天で混ざり合った空だった。
いつだろう。俺はこんな空を知っている。
少々、デジャヴに感じながらも歩いた。
スーパーは、駅の真逆にあって、大体、歩いて七、八分と言ったところにあった。
やっぱり、四月でも寒いなー。
寒さを感じながら、トコトコ歩く。
しかし、ここは住宅街だからか、暗い。そして、人がいない。まぁ、当たり前ちゃあ、当たり前だが、でも、ここは怖いな。早めに帰ろう。
こんな雰囲気だからか、ふと、和泉のことを思い出した。
今日の和泉は、やけにおかしかったな。しかも、紀伊さんが言っていたこと。あれはなんだったんだろう。
どんどん今日の和泉のことで、不思議に思うところが浮かんでくる。
まぁ……でも、和泉だってロボットではないから、おかしな日だってあるし、何か、家の中であったのかもしれない。
もし、そうだったら、あまり、赤の他人が干渉してはいけないデリケートな問題だ。
その時、出来ることは黙って見守ることだけだ。
そう思いながら、先程よりも暗くなった空を再度、見上げた。
11
目的のスーパーに着き、プラスチック製の籠の中に牛挽肉と薄力粉、牛乳を入れた俺は、清涼飲料水のコーナーの前にいた。
「どうしよう。こっちにするか、あっちにするか……んー」
サイダーにしようか、期間限定サイダーにしようか迷っている俺だった。そして、籠の中には、いつの間にか様々な種類の缶コーヒーが入っていた。
「よし、こっちにしよう」
そして、会計に向かおうとして振り返ったら、見覚えのある姿が通りかかった。
「先生」
「?」
あたりを見渡して探す先生。俺のことを見つけた先生は、話しかけてくる。
「赤城君じゃないですか。こんなところに何かの用ですか?」
「俺が居ちゃあ悪いですか、先生」
「悪いです」
即答! ここまで清々しく言う人は初めて見た。
「何でですか」
「あなたが、ここにいると言うことは、何か、実験の材料を買いに来たのでしょう」
「違いますよ!」
心外な
「違うのですか?」
「そもそも、行くんだったら、まず、薬局に行きますよ!」
「ほら、小麦粉で粉塵爆発とか」
俺の籠の中を見て言う。
「そんなことしませんよ。そもそもやるとこがないんですよ」
「ほう。あればやるのですか?」
「……」
黙る俺。だって、出来るものなら、やってみたいじゃん。
「やっぱり、君は危険人物ですね」
「違いますよ!」
「本当ですか?」
「どこまで信用されてないんだろう、俺」
少し涙目になる俺に追い打ちをかける一言。
「WEPキー位には信用してますよ、一応」
「一応!? しかも、何で、無線LANの暗号化の方式で譬える!」
「ふと、思い付いたから」
「ついでにWEPキーって最も脆弱じゃねぇか! 全然信用してねぇだろ、実際」
「シンヨウシテルヨー」
「じゃあ、棒読みで言うな!」
「しんようしてるよー」
「わざとらしく言うな!」
「し・ん・よ・う・し・て・る・よ」
「……もう、いいや」
俺は匙を投げた。もう、ツッコミは止めにしよう。
――と思ったら、
「と言うのは、冗談」
「ふざけんじゃねぇぇぇええ!」
つい反射的に言ってしまった。
「もう少し静かにしなさい」
「……すいません」
「分かればよし」
「分からなかったら?」
「エンドレス説教にエンドレス授業」
「げー」
嫌そうな顔をする俺を見て言った。
「ん? やりますか?」
「いえ、結構です!」
「なんだ、面白くない生徒ですね」
本当に残念がる先生。マジでやる気だったの!? 今、思ったが、キャラ崩れてるし!
お茶を選びながら、先生は話しかけてきた。
「赤城君は何を買いに来たのですか?」
「いや、先生。さっき、籠の中見ましたよね?」
「他に何か買わないのかな、と言う意味で聞いたのです」
「何もないですよ。そう言う先生こそ、何か買いに来たんですか?」
「今日は、ホッケにしようと」
「あぁ、ホッケかぁ。美味しいですよね、ホッケ」
「赤城君の家では何にするのですか?」
散々悩んだ結果、伊右衛門にしたようだ。
「オムレツです」
「ふうん」
お茶を選んだと思ったら、今度は缶コーヒーを選び始めた。
「そういや、先生って、この近くなんです?」
「ええ、そうですよ」
どうでもいい話をしながら、買い物を続けた。
先生に会って、十分を過ぎた頃、突然、先生は真面目な顔をして、話しかけた。
「和泉さんは、いつもあんな感じなのですか?」
不意に来たので、即座に答えられなかった。
「……今日の和泉は……と言うより、近頃の和泉は、少し変です」
「と言うと?」
「まず、あいつは真面目だから、どんなことがあっても授業には出るんです。それが、今日は受けずに屋上にいた」
屋上で泣いていたことは、黙っておこう。
「後は、紀伊さんが指摘した時の和泉の反応。あれは何かを隠しているようでした」
「それは私も感じました」
んんん……と考え込む二人。って、何で、和泉のことを心配してんだろ?
「……少なくとも、学校が原因ではないと思います、先生」
「そうですか……じゃあ、やっぱり、家庭ですかね?」
「そうなりますね……」
「難しいですね……」
「ええ」
やっぱり、原因が家庭にあるとすれは、あまり、学校が手出しできない。プライバシーの侵害だと言えば、それまでだし。
「分かりました。この件は先生に任せてください。でも、彼女に何かあったら、私に教えてください」
「ああ、そうですね」
あの後、ずっと黙ったまま、買い物を済ました。
「それでは、今日は遅いですし、気を付けてくださいね」
「先生こそ、気を付けてください」
「それでは、また、明日」
「さようなら、先生」
そう言って、先生はスーパーの裏手にある駐車場に向かった。
今日は綺麗な月が出ていた。所謂、朧月だった。
今、和泉は何を考えているんだろう。
迷っているのか?
悩んでいるのか?
それとも……
12
帰ってきた俺は、遅い、と琴葉に怒鳴られ、広哉は腹減った、と言って倒れる振りをしていた。
俺が買い物に行っていた間に風呂に入ったらしく、二人とも髪が湿っていて、琴葉はネグリジェを、広哉はTシャツにジャージと言うラフな姿だった。
「何してたの?」
「ん、ああ、先生に会って世間話を少々」
「ふーん」
興味がなさそうに言った。あのことは絶対に言えない。
「じゃあ、さっさと風呂に入って。冷めちゃう」
「ん? 分かった」
ってか、一時間経っても、冷めねぇだろ。
そう毒づきながら風呂に向かった。
「何なんだろうな……」
そう一人呟く。
何故、あんなことをしたのか。
何故、あんなに挙動不審だったんだろう。
何故、あんなに和泉のことが心配なんだろう。
分からない。
自分のことでさえも。
一人、風呂に浸かって悩んでいた。
「はぁ……」
悩んでいると、自然と溜息が出てくる。
そんなことも知らずに、声が掛かった。
「早く出なさい。ご飯が冷めちゃう」
無粋な妹に若干、苛立ったが、琴葉には何の罪もないので、苛立ちが表面に出ないように気を付けながら、言った。
「……はいはい」
「はいは一回!」
「はい」
どっかでしたやり取りをしながら、浴槽から上がった。
今日のご飯は、俺のリクエストでオムレツと卵スープだった。
「ヒロ。ケチャップ取って」
「はいよ。でさ、食べたら続きね」
「……」
「聞いてんの?」
「……? あ、ごめんごめん。で何だって」
「続きやろう、って言った」
「……あぁ、うん」
放心していた俺を呆れるように見ていた広哉だった。
そんな俺に気付いたのか、琴葉が訊いた」
「何かあったの? 学校で」
「……」
これは何も言えない。
そのことを察知したのか、琴葉は(ぶっきらぼうにだが)言った。
「そう。言いたくないのね。言いたくなったら言って」
「…………ああ」
虚ろな反応をした俺を訝りながら、琴葉はオムレツを食べ続けた。
テレビには、げらげらと下品に笑うタレントが映っていた。
装置を止めた俺は、さっき言っていたようにゲームを再開しようとテレビの電源を入れた。
「さて、続きをやろうか」
「……」
正直、今、そんな気分じゃないんだけど……。仕方ない。
二回表からだった。
初球、すっぽ抜けた。緩いボールは真ん中に入っていった。広哉はそれを逃さず、振り抜いた。
引っ張った打球は、高く高く飛んで行った。
――ホームランだった。
十数分が経って、画面を見ると、散々な結果だった。
十九対二。
どっちが、俺のチームなのかは明確だろう。
「……」
「もう一回……」
あんなに大差で負けたのに、表情に変化のない俺を見て、流石に場違いと感じたのか、最後の方は聞こえなかった。
「また、明日やろう。じゃあ、お休み」
「……ああ」
ドアを閉める音が、俺の部屋に響いた。
その夜は、寝つきのいい俺でも、なかなか寝付けなかった。
俺は、そのことに苛立ちつつも、寝返りを打った。丁度、天井を見上げる形になった。
一般家庭の洋室で、よく見かける白い壁紙が天井にも貼ってあった。
それを凝視しながら、ここにいない人物に問いかける。
和泉……お前、何を隠しているんだ?
考えれば考える程、謎が増えていった。
俺はその一つにさえ、答えを見つけられぬまま、意識が遠くなっていった。




