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葉桜の入学式

            1


私立嶺成れいせい高校。


そこは、都内有数の進学校であり、各界の風雲児を育成することでも知られている。

そんな高校の入学資格は

①入試の英語、国語、数学、社会、理科のテストにおいて、総合点数の偏差値六十五以上(通称、一般入学、蔑称、ガリ勉入学)

②もしくは、そのテストで各教科の偏差値が七十五以上(通称、特殊入学、蔑称、変人入学)

③面接試験において、自分の他人とは違う特筆するもの(なんでもあり)をアピールし、それが社会に貢献できることを実証出来た者(通称、面接入学、蔑称、オタク入学)

の三つの方法がある。

要は、凡庸はいらねーから、変人、奇人、オタク、○○バカ共、集まってこーい、という感じである。

名付けて、変人育成高校である。

その証拠に裏サイトには、蔑称として冷静高校だの、変人高校だの、色々な名が付けられている。

と、まぁ、そんな感じで俺は二つ目の方法で入学し、春休みを家に引き籠って過ごし、今日、ここに入学式を迎えるわけなのだが――。


初っ端、寝ちまった。

あの後、教職員がそれを発見し、校長室に連れてかれた。そして、校長先生と何故か知らないが、理事長がいた。

そこで校長先生によって、こってり絞られ、理事長に春休みやっていたことで驚かれ、その所為で一時間強(俺の体感時間で)、理事長と校長の即興コント? に巻き込まれ、精神ボロボロになって解放された。

そして、只今、廊下。

「………えーはじめまして。中山理香子なかやまりかこと言います。担当科目は理科。よろしく。それでは、初めに自己紹介をしてください。内容は自由。趣味も忘れずに」

HRが始まった様だ。急がねば。

速く、そして、静かに足を進めて、ドアを開けた。

――瞬間、何かが飛んできた。

何なんだ、いきなり。

床に目を向けると、当たった物が分かった。

――チョークだ。

しかも、投げやすい短く丸まったやつ。

「それじゃあ、しょっぱな遅刻してきた、そこの居眠り王くん、からってことで」

教室の中が一斉に笑いだした。

あれ? 何で分かったの? と首を傾げるが分かる訳もなかった。

「……へっ、俺から? えー、めんどくせー。……仕方ねえなぁ……えーっと、俺の名前は赤城悠哉です。中学は双葉中。それで、趣味は……理科……かなぁ。まぁ、いいや、三年間よろしく!」

「短いですね。でも、そんなものですかね…。それじゃあ、次は……」

そう言って、手元の座席表を見る。

「あっ、いいのがいるじゃないの。ええっと、いたいた。そこのあなた、よろしく」

俺は、席を探して席に向かいながら、そいつを捜す。

ん、誰だ。

その時、誰かが立った。

あいつか……っ!

その少女は、儚い印象を与えた。とても長く艶やかで豊かなみどりの黒髪と、とても小さく端正で、そのみどりの黒髪がよく映える真珠に様な白い顔。

目は、少し勝気そうな吊り目で、深淵から生まれる闇夜の様な漆黒の瞳。

唇は、形が整っていて、赤い絵の具と白い絵の具を一対九十九の割合で混ぜたくらい薄い桜色。

そして、体は、とてもスレンダーな体型であり、腰は細くくびれている。更に、腕と脚は、細く長く、言い換えるなら、枝の様な腕と脚だった。

所謂、モデル体型である。

そして、

そいつは

俺の


腐れ縁。


「私は双葉中から来た和泉明香里いずみあかり。」

彼女は、剣呑だが、清流の様な――例えば、百人の合唱の中でも見つけられるぐらい澄んだ声で言い放った。

俺は上履きの音を止めて、見入った。

「趣味は…」

何故、こっちを見る。訳わからん。

「勉きょ……いや、特にない……です。」

そして、何故、無表情の顔のまま、前を向く。何の為だったんだ? 益々、訳わからん。

「えー短いぞー」

と先生。

おい、さっきと態度が違うぞ。何で、タメ口なんだ。

「……よろしく。」

「んん~~仕方ない。じゃあ、次!」

席について自己紹介を聞きながら、思い出す。実際は聞いてなんか、いなかったけど。

そういや、あいつってここより偏差値の高い高校受かってなかったか。

何で何だろう。

結局、あいつのやっていることが分からなかった俺だった。


            2


休み時間。

「やあ、君もこの学校だったんだー」と、同じ中学だった友達、遠藤周作えんどうしゅうさく。この名前は、『沈黙』などで有名な近代文学の文豪、遠藤周作から、来ているらしい。因みにクラスは違う。

「まぁ、大体、予想は付いていたがな」と、突き放す。

「何で?」

端正な顔の遠藤が問う。あぁ、面倒臭い。

「お前みたいな変人は、この学校くらいしか入れてくれないからな」

更に、突き返し。

「なっ! そんなお前こそ変人じゃないか」と、言い返す。

「俺は変人じゃない。奇人だっ!」

遠藤に「はぁ、また始まったよ」と言いたそうな顔を無視して、言い続ける。

「大体、君たちはマッドサイエンスのことを馬鹿にし過ぎなんだよ。しかし、昨今の馬鹿親たちの所為で面白くもない実験が行われている! 元来、科学というのは危険を伴うもの。だから、科学を愛する人は少々のリスクを払っても、面白い実験をするべきなんだっ!」

 そう言いながら、大きく忙しなく手を動かしながら歩き回る。

「それが喩え、マッドサイエンスであってもっ!」

 そして、バンと机に手を叩きつけ、カッと目を見開いて座っている遠藤を見つめて溜めて言った。

「それこそが科学に真髄。学校の科学なんて外道。マッドサイエンス最強!」

「あーはいはいそこまで……!」

 遠藤が止まる。だから、振り返りながら訊いた。

「何が起き……うわっ!」

――中山先生がいた。

「えっと、何か用事でも?」

「いや、君たちが面白い事を口走っているわね。少々、気になったのよ。いやー、そこまで驚かなくても……」

「そりゃ、驚きますよ。いきなり、後ろに立っていたら」

「そりゃ、失礼」

「で、要件は何ですか?」

「ん? ええ、君に教えに来たのよ」

そう言って、遠藤に指差す先生。指された遠藤は事の真相に気が付いたのか顔を引きつらせる。

「……何を?」

「勿論、科学です」

そして、俺の顔を見て、

「そうですよね、赤城クン?」と言い、

「ええ」と俺も返す。

俺と先生は引きつった顔の遠藤を見る。

そして、遠藤が「じゃ、ぼくはこれで」とほざいたことを抜かしやがったので、俺と先生は遠藤の襟を持って引っ張る。

――刹那、

あぁぁぁかぁぁぁぎぃぃぃぃぃ―――――――。

と高いトーンの叫び声。

あぁ、やべ。頭痛くなってきた。

がらっ、と扉を開けて近付きながら言う。

「おぉ、心の友よ」

と気持ち悪い某ガキ大将が言いそうな言葉を吐きながら、抱きつこうとした。すかさず、俺はそいつを膝蹴りで吹き飛ばす。勿論、股間――ではなく、その上の腹に直撃させた。

遠藤は嘆息した。

先生は呆然と言うのか何なのかわからない顔をした。

倒れているのは、

――むさい漢。とはいっても、見た目がむさいのであって、外見は細い。

「いい蹴りだ、赤城……がくっ」

「何でこいつまで居んの? 遠藤」

「知らなかったの、赤城。こいつも、ここだってこと」

「うむ、そうだ」

むさい漢――もとい菅原晶すがわらあきら、復活。

「ええっと、君は確か……」

「菅原です」

うん、この声がバスだったら、威厳があっていいのかも知れないけど……残念ながら、この人、ソプラニスタなんですよ。だから、全く威厳のない応答になる。

ソプラニスタとはファルセット(裏声)を使い、ソプラノの声を出す男性のこと。しかし、こいつはどうも、地声らしい。

「あっ、そうだそうだ菅原君でしたね。入試の時のことはよく覚えていますよ」

「恐縮です」

「だって、ソプラニスタなんて初めて見たものだったから」

先生は時計を見て、思い出した様に立ち上がった。

「それでは、失礼させていただきますね」

そう言って、彼女は立ち去った。

「ふぅ、終わったかと思った」

遠藤は安堵の息を漏らした。くそぅ。危機が去ったからなのか、遠藤は上機嫌で座ったまま、そして、あろうことか脚を机の上に乗っけて、俺たちに訊いた。

「猿休みはどうだった?」

吹いた。菅原も吹いた。

あいつは滑舌が悪かった。

「おまっ、お前、猿休みって。どんな休みだよ」

「俺は噛まずに、ちゃんと春休みと言ったはずだぞ。なぁ、みんな?」

と言ってみるが、休み時間の喧騒で掻き消される。

誰が聞いてるかっつーの。

そんなことを思いながら、次の手を考えていると左の方から声がかかった。

「……聞こえなかったですよ」

え……聞こえたの……?

俺と菅原は驚いた顔のまま、その方向を見た。

ショートカットの少女が立っていた。然も、にんまりした顔で。

「私にも、猿休みって聞こえたですよ」

それに対し、俺らは

「あんた、誰?」「お前、誰?」「お主は誰だ?」

――異口同音とはならなかった。

うん、まぁ、ここで一致しないあたりが俺ららしいんだけど……ね。

「遠くから見ていたんですけど、やっぱり君たち面白いですね。ちなみに、あたしは宮島萌みやじまめぐみです。よろしくです。って、ゆうちゃんなら同じクラスなんだから、知ってると思ったのにー。ぷー」

そういって顔を膨らませる。

あっ、かわいい。

じゃなくて、あれ、そういや、何処かでゆうちゃんって言われた様な気が……。ま、いいっか。しかし、恥ずかしいから、あだ名はやめてもらおう。

「えぇっと、すまん! あと……あだ名はやめてくれ。嘗められてる様な気がする」

「えーじゃあ……ゆうくん! 後は後は……」

こいつは人の話を聞かないのだろうか。めんどくせぇ。

「あぁ、もういいよ、それで」

「やた♪」

飛び跳ねて、喜びを表現する宮島を、俺らは呆れた顔で見た。

「で、何か用?」

遠藤が不思議な顔をして訊く。

「何か用がなきゃ来ちゃだめなのですか?」

「いや、そういう訳ではないのだが……」

菅原は困った様に言い淀む。

「んじゃ、何でです?」

「だから、俺たちにつるむ必要があるのかなーと思っただけ」

俺は不思議に思っていることを言った。

彼女は、んー、と少し考えながら、唇に人差し指を触れさせて、

「……特に理由はないですけど」

彼女は、小さな声で言った。

んー、特に何が何でも知りたい訳じゃないしね。ま、いいっか。

遠藤も菅原も、深くまで聞くつもりはないようだ。

「んじゃ、それならいいや。三人とも放課後、どっか行く?」

「うん。じゃあ、」

「本屋行こーぜ」

「てめっ、俺は宮島に聞いてんだ。お前は黙っとけ!」

「うん、いいですー。本屋行こーですー」

「赤城、遠藤どっちでもいいから、金を貸してくれぬか」と菅原は財布の中を探りながら訊く。

「俺も持ってね―わ」

俺も財布の中を探りながら答える。

「俺も貸したら欲しいの、買えなくなるから無理ー」

「あたしには聞いてくれないのですか。少しなら貸せるですけど」

「済まん。それじゃあ、有難く頂戴する」

「はい、これ。あ、後さ、私も君たちのことを下で呼ぶですから、君たちも私のことを下とか、あだ名で呼んでくれるですか?」

「んじゃ、萌」

「何ですか、周くん?」

「……萌」

「ん、晶、何ですか?」

「宮島じゃあ、駄目なの?」

「うん、だめ」

俺は、一抹の不安を抱きながら、小声で言った。

「……めぐ……み」

「はい、よく出来ましたですー」

うわー何だ、これ。流れが、なんか変な方向に行ってるしー。然も、何故か、分からないけど、凄く恐ろしい悪寒がするんだけど。

――ガタッ。

後ろの方で音がした。

ほら、恐れていたことが起きたよ。

「赤城っ! 次の実力テスト、絶対、負けないんだからっ! ……後……私も行く……本屋に行くっ!」

こ―なったら、テキトーにあしらうか

「あーはいはい、まず、みんなが注目しちゃってるから、静かにしようねー和泉」

途端、和泉は白い肌に少し濃いピンクを塗った様に、顔を紅潮させ、逃げ出した。

「何だったんだ、あいつ」

「さあ?」

遠藤が吹けもしない口笛を吹きながら、そっぽを向く

「さっきの……和泉さんですよね……」

萌を見ると、自己紹介の時の印象とあまりにも違った為なのか、ひどく当惑している様だった。

「プライドの高い女なんだよ、和泉は」と俺はフォローする。

それに対し、遠藤や菅原は頷く。彼女も納得したようだ。

そういや、あいつ、最初なんか言ってなかったか? 確か……実力テストって言ってた様な気がするんだけど……。

急に怖くなって三人に訊く。

「あのーところで実力テストってあるのでしょうか?」

「「「うん」」」

ま・じ・で? 本当に?

「それはいつなのでしょうか?」

「「「明日と明後日」」」

まーじーで―――――――――――――――――――――――――――――――――――。

聞きたくなかった事実がそこにはあった。


          3


放課後。

とは言っても、半日だけなので現時刻は、午後一時三分。

俺らはマックにいた。そういや、関西じゃあマックのことをマクドってテレビで言ってた気がするなーなどと、正直、どーでもいい知識をふと、思い出す。

あーなんで、どーでもいいことは覚えているのに、英単語覚えられないんだろう。

単語帳を見ながら順番を待つ。でも、単語帳とは言っても、カードのやつじゃなくて、新書本の大きさのあれですよ、あれ。

順番が来たので、単語帳を閉じ、アイコーン ソルト&レモンとポテトを注文した。

会計を済ませた俺は、先に行って席を取っていてくれた菅原と交代する。

数分後。ほぼ食い終わった俺は外で買ってきたコーラを飲んでいた。

「にしても遅いな―あいつら。何やってんだろ」

と呟き、顔をあげて見渡すと、変な男達に絡まれた二人の女子生徒がいた。

と言うか、和泉と萌だった。

「ちょっと、止めてください。」

「いいじゃねえかよ、少しぐらい」

嫌がる和泉の声も、変な奴の粘っこい声に消される。

あーあいつら、見てくれはいいからなー。

で、あいつらは何処だ。

更に見渡して、見つけた。

菅原はこれぞ、『ザ・不審者』の称号を貰える程、挙動不審だし、遠藤に至っては、知らない人を装ってるし……何と言うか、二人ともヘタレだった。

俺はあいつらを助けに行くんじゃない。五月蠅いから、黙らしに行くだけだ。

と、俺はそう思い込んで、重い腰を上げた。

「えーと、すいませんその二人、俺らの連れなんで、放してくれませんか?」

「あぁ? 何言ってんだ、てめぇ」

変質者の威圧的な口調も視線も受け流し、もう一度言う。

「その二人は俺の連れなんで、放してあげてくださいと言ったんです」

「あぁ、んん? 聞こえないなぁ。こいつ、ちっこいのに何言ってんだよ。てか、そこでカッコつけて、もてようってか?」

変質者は俺が着ているTシャツの襟を掴み、唾をかけた。

――ぶちっ。

堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた。

「耳が悪いんですか、あなた。仕方がないのでもう一度言います。だから、あなたも何も入ってなさそうな脳味噌に刻みつけといてください。その娘達は私達の連れですから放してやってくださいと言ってるんです」

――挑発した。後、俺の口調が変わっているのは、昔からの癖で挑発したり、キレた時になるらしい。らしいというのは、言われるまで気づかなかったからだ。

「んだとてめぇ。殴られてぇか、あぁ?」

「私は一向に構いませんが――」

変態共は、薄笑いして拳を握る。そして、和泉は涙目で唾をのみ、萌は蒼い顔でガタガタ震えている。

「――ここ何処だと思っているのですか? 殴ったら、ここにいる全員が証人にして、警察に行きますよ? 日本の刑法には便利なものがありましてね、暴行罪と言うのがあるのですよ。あぁ、空っぽの脳味噌じゃあ、知らないか。仕方ないので存在理由もなさそうな脳味噌にも解るよう教えてあげましょう。暴行罪と言うのは――」

俺はひどく冷めた声で、恐ろしいほどの笑みを浮かべて、敗北予定者に凄く辛辣な言葉を重ねる。が、途中で切られてしまった。

あんな怯えた顔をして、あいつら、俺の背後に鬼でも見えたのかなぁ?

「ひいぃぃぃっ、ごめんなさい。すんませんしたっ!」

逃げた。脱兎のごとく逃げた。

してやったり、と言いたげな笑顔で見送ったら、どっと疲れが出てきた。

「ふぅ、疲れた。和泉、萌、さっさと飯食おーぜ」

息を吐いて、固まったままの二人に声をかける。更にヘタレ共にも声をかける。

「おい、そこの二人出てこい。後で、尋問するからよろしく。特に遠藤」

少し落ち着いた和泉はトレイを持ったまま、言った。

「……ありがと……。」

「ん、あぁ」

と返事しているが、こいつが謝るのは珍しいことに気付いた。ま、それだけ怖かったということだろう。

「……怖かった……怖かったですよ、ゆうくん、明香里ちゃん!」

萌は小さく泣き出した。俺は少し驚いたが、緊張の糸が切れたのだろう、と勝手に推測を立てて納得した。

「大丈夫だからな萌」

「……はい、萌。」

和泉は冷たい声で言い放ちながら、ハンカチを差し出す。

何で、こいつ怒ってんの? 分からん。


          3


俺がトイレに行って、あのチンピラに吹き掛けられた気持ち悪い唾を念入りに拭き取っている間に、萌も落ち着いてきて、あのヘタレ二人に尋問と言う名の処刑を与えた後、予定どおりに本屋に行った。

「ちょっと、トラウマになりそうなんだけど、赤城」

「知るか。自業自得だ。と言うか、お前、漫画とかラノベ読んでりゃあ、そんなの忘れられるんじゃないか?」

「それはそれ、これはこれなんだよ。っと、あった、あった」

「にしても、好きだよな、お前」

「だって、日本の文化だし? いいものはいいものなんだよ」

「ふーん」

俺は書店でよくある販促用の小冊子の漫画を流し読みした。

ああ、これが遠藤の言っていた奴か。へー綺麗な絵だな。バックは丁寧に書き込まれていて、一つの絵画のようだった。

――が、俺はあまり、面白いと思わなかった。と言うか、漫画に興味がなかった。

ただ、あいつのせいでそこらへんの知識が増えつつあるが。

そして、読み終わり、他の小冊子もないようなので、今や、俺の庭と化している学術本のスペースに行く。

俺は気になった本を流し読みして、楽しん(?)でいた。

そうしていたら、横から声がかかった。

「へー、ゆうくんは、こんなの読むのですね」

「ん、ああ、そうだけど?」

「凄いですね、ゆうくんは」

「そんなでもないけど?」

「やっぱり、凄いですーゆうくんは」

そんな風に萌と談話していると、

――刹那、鋭い悪寒がした。

「……帰るわよ、赤城っ、萌。」

やっぱり、和泉だった。

俺は手にしていた本を片付けている間に、和泉はスタスタ行ってしまった。

「って、待てよ、和泉」

「待ってくださいですー明香里ちゃん」

二人とも、慌てて追いかける。

和泉の背中は、心なしかひどく焦っている様にも、怯えている様にも、そして、無理している様にも見えた。


           4


家に帰って、夕食後、俺の部屋でボーっとしていたら、電話が掛かってきた。

携帯の画面を見たら、和泉からだった。

『……もしもし。赤城?』

「何だ、珍しい」

『……。』

何か、やり辛い。

「何のご用でしょうか? いず……ふわぁぁぁぁああ」

『……ちょっと、欠伸してんじゃないわよ。』

「ごめん、ごめん。それで?」

『化学で教えてほしいことがあって……。』

「で、だから? ふぁぁぁあ」

『ん~もうっ! 欠伸してんじゃないわよ! 赤城っ!』

「はいはい、話が進まないから」

『そもそも……』

俺は話をぶち切るように、言った。

「落ち着け、和泉。深呼吸しろ」

『すーはーすーはー。』

「はい、それで、端的に言って何?」

『……教えなさいっ、赤城っ!』

「嫌」

だって眠いもん。

『教えなさいよ、赤城っ!』

「自分でどうにかしろ。大体、何で、敵に塩を送らなきゃいけねぇんだ?」

『つべこべ言わず、教えなさい!』

「めんどくせぇなぁ。どうしよっかな~。あっ、じゃあ、命令形じゃなかったらいいけど、どうする?」

電話の向こうで、歯を食い縛る(?)様な気がした。

『……おし……えてくだ……さ……い……。』

おぉ、こいつの口から初めて、敬語を聞いたぞ。

――じゃなくて、めんどいけど、聞かない方がめんどくなりそうだ。

「わーったよ。で、どこだ」

『……ありがとう。』

今日は可笑しな日だな。あの和泉が、俺に二度もお礼を言うなんて。

「……和泉」

『……何。』

「お前……頭でも打ったか?」

『打ってないわよ! 馬鹿!』

「うん。なら、いいんだ」

予想が外れたなぁ。ま、いいっか。早く寝たいし

「で、どこを教えて欲しいんだ?」

『えぇっと、問題集の三十七ページで……。』


『……ねえ、覚えてる?』

たっぷり、二時間強教えたところで、和泉がそう言った。

「何を?」

『赤城と初めて話した時のこと。』

「は? お前、何言ってんの?」

『……なにが?』

「今の言葉だよ、今の」

『……何か悪いっ!』

「はぁ、お前、熱でもあるのか?」

『ないわよ! あんたの方こそ、あるんじゃないの?』

「いや、まったく」

そう返しながら、ベッドに横たわった。

「……覚えてるよ、あの時のことは」

『…………ふぇ?』

俺が唐突に言ったからなのか、彼女は、いつもじゃ在り得ない素っ頓狂な声を出した。

『……何よ、いきなり……。』

「お前が言い始めたんだろ」

俺は思わず、語尾が強くなる。

「大体なぁ、あんなこと言われたの、お前が初めてだよ」

『……覚えてくれていたんだ。』

「まぁな。あんなこと言われればな……。ってか、お前ホントに大丈夫なのか?」

『……うん、大丈夫。』

在り得ねぇ。

こいつと会ってから、この約三年間、こいつのことを硬派(それこそ、核シェルター並、もしくは、アライバコンビ並に堅い)+クールビューティ(と言うか、冷血動物)メガネ(掛けてないけど)委員長(一度も委員長やったことはないらしい)+デレのないツンデレ(=ツンドラ)だと思ってきた。因みに俺はファイターズファンだ。

ところが、どうだ?

和泉がこうな風になっているのは、初めて見た。

……ま、いっか。あいつがどうなっていようが、関係ねぇし。

とは言っても、

「……」

『……。』

流石に、沈黙は辛い。

「……そういや、お前、今日の……」

と話し始めようとしたら、和泉が一言、呟いた。

『…………………………名前で呼んで。』

「……………………………………………………は?」

『名前で、ちゃんと読んで欲しいの! ……萌なんか、下なのに。』

「いや。あれは宮島が!」

『うっさい! 今から言いなさい!』

あまり、気が進まない。あれは仕方なかったからそうしたが、人の名前を下で呼ぶのは本当に気が進まない。

あぁ、もうっ。面倒くさっ。どうーでもいい。

「…………明香里」

『……初めて、呼んでくれた。』

「そうだっけ?」

『……うん。』

何なんだ。俺は夢を見ているのか? あいつが、こんなことを言うなんて、本当は夢じゃないのか? 誰か教えろよ、なぁ。

「……」

『……。』

再びの沈黙。

「…………なぁ、あの後、何て言ったんだっけ?」

『何が?』

「ん、だから、初めて会った時、俺が言った言葉」

『あの時ね、確か……は? お前、誰? って言ったのよ。……たぶん。』

「おーい、多分って何だ、多分って」

『知らないわよ! 覚えていないものは、仕方ないじゃない!』

「おいおい、そっちから、初めて会ったことの話をしてきたくせに、何なんだ、それは」

再び、戦争勃発。

――と思いきや、

『……ふふ、ふ、あははははははははははは。』

笑った。それに釣られて、俺も、

「ぷ、あははははははははははは」

笑った。

「にしても、お前がこんなに笑うなんて、びっくりしたー」

『そんな……こと……な……い……わよ?』

「おいおーい、何で、疑問形なんだ?」

と言ってみるが、彼女は、そのまま別の世界へトリップする。

『…………あれ、こんなに笑ったのって、いつだっけ?』

「知らねーよ!」

と突っ込んでみるが、スルー。

何なんでしょうね、これ。

「あのー和泉さん? そろそろ、こちらの世界へ戻ってきて下さいね? 後、あなたの声、こちらにも届いていますよ」

『……!』

耳元で、唾を呑む声が聞こえた。

恐ろしくなったので、先ほどに続けて敬語で話す。

「えぇーっと、和泉さん?」

『……うっさい。うっさい! うっさいわね、あんた!』

何か言ったか、俺。

首の傾げる(振り)俺をよそに、ポツリ、呟く。

「うん、電話なら緊張しないね」

「……?」

俺は先程の疑問に気が逸れていたので、聞き逃した。

でん、とか、んちょうとかは聞こえたけど、何て言ったのかなぁ? まいっか、どーせろくでもないことだし。

『あっじゃあ、遅いから切るね。』

「……やっと気付いたか、ふぁああああ」

俺も話に夢中だったので忘れていたが、現在の時刻、午前二時半。

「じゃ」

『じゃあね……悠哉。』

「……!?」

なんて言った、今?

まさか、あいつ、俺のことが……

って、ないない。自惚れるな、俺。

いや、待てよ。あいつから電話したのって……初めてじゃね。

いやいや、待てよ。あいつって初対面の時、あんなことを言ったんだぞ。だから、あいつの中の俺の位置付けは……

ライバルの筈だ。

うん、そうだ、その筈だ。

 とそう言い聞かせて、ベットに横たわる。そして、額に左腕を当てて、感傷に浸って、懐古する。

 ……あいつと初めて会ったときか。

 凄かったな…………………………………………いろんな意味で。

 

             5


「勝負よ! 赤城っ!」

 それが彼女が初めて、俺に言った言葉である。

俺は訳分かんない感じで、彼女を見た。

それを見て頭に来たのか、不機嫌そうな顔をして言った。

「だーかーら、勝負よ! 赤城っ!」

俺の頭の上に大きなクエスチョンマークが現れた。


人生初めての定期考査が終わって、一息ついた五月のある日の昼、俺らは給食を食いながら、駄弁っていた。

「……さー、あいつチートだろ。あんなん、倒せんの?」

「あー、雪玉やら、ジャガイモやら投げてくるあの竜ね。あれは……」

遠藤に、モンスターを狩って、死体の材料を使って、武器や防具などを作っていく国民的?ソフトゲームに出てくる、とあるモンスターの攻略法を教えようと喋ろうとしたとき、

――ガッシャーン!

誰かが、物凄い勢いでドアを開けた。が、そのドアは勢い余って、枠から外れてしまった。完全に。

すると、どうなるのかというと、倒れる。

バン! カチャーン

ついでに、ガラス板も割れる。まあ、当然だね。

そして、それを見たクラスのみんな(俺らも含む)は騒ぎ立てることはながった。何故なら、あのドア外れやすいのだ。あのドアのガラスは、今月に入って、既に四枚ものガラスが割れていた。だから、みんなは、

はぁぁぁぁああああああああ。また、やっちまったよ。

とか、思って彼女を見た。例外なく、俺らもそうだった。

その時、そこで一番浮いているのは、彼女だった。

彼女は、恥ずかしさで頬を紅潮させ、一気に教室を突き進み、俺の前で止まって叫んだ。

「勝負よ! 赤城っ!」

は? 何言ってんだ、こいつ。

驚きと言うのか、何と言うのか、全く分からないくらい目が点になった。

そんな俺をしり目に彼女は繰り返す。

「だーかーらー、勝負よ! 赤城っ!」

駄目だ、こりゃ。訳分かんねぇ。

「……………………………………」

「……もうっ! 何か言いなさいよ!」

「あんた、誰?」

途端、教室中、大爆笑。予め言っておくが、俺は彼女に促されて、何か言ったのであって、何か笑いを取ろうとしていったのではないのだ。それはもう真面目も真面目、大真面目に言ったのだ。

彼女は、自分が馬鹿にされたと思ったのか、更に紅潮させ怒鳴った。端正な顔を歪めるぐらいの形相で。

「……和泉……和泉明香里よ!」

うわぁ、かっけぇ。

人間、ここまで来ると、逆に清々しい。

じゃなくて。

「……で、何の用?」

「だから、勝負よ。」

「お前さ、5W1Hって知ってるか?」

「そんなの当り前よ。私を誰だと思っているの?」

「じゃあ、その意味は?」

「What,Where,When,Why,Which,Howでしょ。」

「日本語で」

「何が、どこで、いつ、なぜ、どちらが、どのようにして、でしょ。って、赤城、あんた何が言いたいわけ?」

「端的に言って、意味不明だ」

「……。」

「お前は何を言いたいんだ?」

そこでやっと、彼女は自らの失策に気付いた。そして、深呼吸して、気持ちを落ち着かせて付け足した。にしても、深呼吸なんて、マニュアル通りな。

「……理科のテストで勝負よ!」

は?

そこでまた、俺の目は点になってしまった。

「…………えぇっと、いろいろ突っ込みたいんだけど、一応、一つだけ訊く。何で?」

「私が、あんたに理科で負けたからよ!」

……何つー理由だ。俺には理解できねぇぞ、これ。そんで、おまえ一体、幾つのエクスクラメーションマーク使うつもりだ?

「あぁ、そうだ、そうだ。和泉って、中間一位の奴だ。多分」

横で聞いて思案していた遠藤が、いきなり言った。

それを聞いた俺は悪者顔で訊問した

「へえ、そうなんだ。じゃあ、改めて訊く。何の用だい、学年一位さん」

「さっきと同じよ!」

「ついでに、理科以外すべて一位」

遠藤が言い忘れていたことを付け足す。

何か見えてきたぞ。こいつの意図したことが。

「要は、お前は俺に一位を取られたから、その腹いせに俺にいちゃもんを付けに来たってことか?」

「え、えぇ、そうよ。」

何で今、言い淀んだ。どうでもいいが。

「まあ、勝負を受けてもいいけど……」

「けど?」

「二度とこんなことはやめてくれ」

「当然よ!」


後に、その出来事は、双葉中理科決闘事件とか言われたとか、言われなかったとか……。

因みに、それは卒業まで続き、十三戦中、十勝一敗三引き分けで俺の圧勝だった。その一敗はテスト当日に風邪を引いてしまって、意識が朦朧とした中で受けていたら、理科のテストの途中でぶっ倒れたりしたのであまり良くなかった。まあ、俺の一敗は無効だ、と和泉は言っているが。




俺は昔のことを懐古しながら、夢現の世界に入っていった。


                            うわ、やべ、英語やってねー。

時すでに遅し。


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