辣腕と影法師
『産霊』。
古神道に伝わる言葉であり、物を生み出す動きを意味する旧い言葉。
世界の根源たる律法を意味する言葉でもある。
その言葉を持つ機関の役割は、世界の理を大小の差なく動かす事である。
「まあ、簡単に言えば神代の内閣見たいな物だな」
「解りやすいけど、なんか端折り過ぎじゃない?」
呆れ顔の思惟に、イギーはあながち間違ってないだろう? と言う。
確かに簡単に言えばそうだ。
「産霊は律法を司る。故にそれを更正する機関や、軍隊の様な面も持ち合わせるから正確には違いますね」
知っていたのか、奈緒美はイギーの言葉を補足する。
事実、奈緒美の言う通り産霊の中には更正機関の『六花』『八方塞』や、軍組織たる『月読』などが存在していたのだから。
そう、『存在していた』のだ。
「確か今は六花機関以外は、ない筈ですが? 記録によれば応仁の乱の時代に『八方塞』が再結成された後からは現れてないと」
「ところが復活したんだ、律法維持と更正を司るその『八方塞』がな」
『八方塞』とは六花機関の情報処理や公安などの様な対外的な働きと違い、能力者専門の律法維持機関である。
その仕事と言えば、能力者の運営管理や能力犯罪者の取り締まり・執行などを行うのが主だ。
「まさか、この学園都市って」
「八方塞の下部機関だ。表向きは人材育成を主とした学園都市だが、さっき言った通り本当は能力者の保護と育成。もしくは、次代の八方塞の育成ってとこだ」
そこまで聞いて、奈緒美はふと疑問が浮かぶ。
「…それで私がここに呼ばれた理由は何ですか?」
「ああ、話がかなり脱線したな。この学園都市の住人の約二割が能力者なんだが、表立った学生会は実は此処の事情を知らない一般人なんだ。んで、ある人物がここは表に対して能力者だけで構成した裏の学生会を作ろうってんで出来たのがこの『戦史研究同好会』。その分室の一つががここ『第三戦術研究部』だ」
話が長くなったが、この同好会は能力者の学生達が有志を募り作った裏の学生会であり、能力者の相互扶助を目的とした団体の一つである。
「しかしよく八方塞が許可しましたね。文献によれば、反乱や厄災の芽は存在すら赦さない苛烈な機関だったと記憶してますが?」
「それがね、それを論戦で許可させた悪辣な奴がいるのよ」
奈緒美の素朴な疑問に、思惟が待っていましたとばかりに口を開く。
ただし目線はイギーにいっていた。
「八方塞の能力者育成ってところに突っ込んで、『学生の自主的な育成』を軸に論戦を繰り返し、挙げ句の果てには八方塞の幹部の一部を抱き込み、陥れ、懐柔して許可させた奴がね」
白い目がイギーに集まるが、当の本人は涼しい顔をしている。
真っ先に排除するべきなのは目の前の人物じゃないかなと、奈緒美は本気で思った。
「まっ、その事は置いておいて」
「スルーされた⁉」
「まあ、学生会としては君に入って貰いたいと言う事だ。六花機関の折紙家の人間には特にね?」
言われた言葉に奈緒美は一瞬意識を凍りつかせると、顔に感情を出さない様に気を付けながら、そっと展開していた励起法の深度を下げる。
横にいる思惟は我関せずとばかりに椅子に座ってお茶を飲んで人畜無害そうにくつろいでいて問題なさそうだが、目の前の人間の笑顔は違う。
優しそうに見えるが、能力者いや奈緒美の能力としての感覚が違和感として映る。
「それを何処で?」
「六花機関の折紙家、別名サトリと呼ばれる一族と同じ名字の能力者。怪しまない方がおかしいさ」
引っ掛けられたっと奈緒美は心の中で歯噛みする。
恐らく、目の前の男は自分が『折紙家の人間または関係者』と言う確信がなかったのだろう。
能力者には隠し名の風習があるから確信は無くとも、可能性はあったのかもしれない。(隠し名とは姓名にその一族の情報が入る場合に、当て字や読みを変える事によりミスリードをさせる為にある。今回の場合は折紙の名字は折る神と言う妨害やミスリードなどを専門に行う、六花機関に特有の一族名を言う)
しかし、動揺で一瞬漏れた言葉で確信されてしまった。
「なんて人が悪い」
「酷いな」
「いつもの事よね」
意趣返しとばかりに罵倒するが、イギーはそれがどうしたとばかりにスルー。
同時に発言した思惟の言葉で、場の空気はやや白ける。
「で、それを知った貴方は何がしたいの?」
「なにも? ただの確認さ」
「ただの確認の割には悪辣だわ」
「辣腕と言ってくれ」
自分で言うなと思いながら、奈緒美はその言葉の裏を正確に計り取る。
要は奈緒美の秘密を守るから
、学生会に入れと言う事だ。
しかしながら、奈緒美はその提案に頷く事が出来なかった。
理由は簡単だ、彼女にはやる事があるのだ。
奈緒美には幼い妹がいる。
両親が共に大戦で亡くなった今は知り合いの家に預けているので、今からの生活基盤を考えると妹の養育費などを出すためにお金を稼がないといけないのだ。
実はこの学園都市に来た理由も、日本の中で学生の立場で稼げる可能性が高いからでもある。
脅されて入れと言われても、こればかりはどうもいかない。
歯噛みする奈緒美にイギーはふむと鼻を鳴らすと、更なる一手を打つ。
「学生会の組織の中にはね、治安維持部と言うのがある」
「私は、」
「最後まで聞いてくれ、治安維持部には要人警護・警備専門コースに所属する能力者が割り当てられているんだ」
「何を」
「そこでは授業の後で、能力者に対して『儀式』指導があるんだが?」
「………」
「後、学内警備と言う観点でバイト代が高額で払われるんだが? どうだろう」
儀式を教えてくれる、その一言で奈緒美の身体が固まる。
実は奈緒美は儀式をあまり知らない、使えるのはたった数種類。
教えてくれる筈だった両親は他界している為に、その言葉は自衛手段と言う意味では喉から手が出る程だ。
しかも高額のバイト代の言葉はズルい。
ニコニコと笑う目の前の男の顔面をぶん殴りたい欲求を抑えながら、奈緒美はただ素直に頷くしかなかった。