スセリ姫と羽衣伝説と雷神 後
羽衣伝説。
日本の各地、特に海岸沿いにある伝説を指す。
語られる場所によって内容は違うが、話の筋はこうだ。天から降りてきた天女が水浴びをしている間に、天女に心を奪われた一人の男が羽衣を隠し、天女を天に帰れられなくする。天女は男と結婚し(諸説ありますが、劇中はコレでお願いします)男に富や幸福をもたらす。そしてある日羽衣を見つけた天女は天に帰るという話だ。
「まあ、お伽話としてはこんな感じですが、世界の裏には当然の事ながら儀式があり能力者がいます」
「ですね。だからこそ私達はコレは真実あった話だと前提にでき、儀式の一つだと断定できます。なにせ、『奪われる』時点で能力者じゃない」
「そうですね。しかし、前提が少し足りません。まず能力者、彼等の能力はまさに奇跡の体現としか言えません。それは世界中の神話などにでてますからね。だけど五條さん神話などの中で、人の姿のまま道具を使わずに空を飛ぶ話を貴方はどれだけ知ってますか?」
五條は言われてハタと気付く。神話などに出てる神が自力で自由自在に飛ぶ神を自分は知らない。
ギリシャの神ヘルメスは空飛ぶ靴をイカロスは蝋で固めた羽を使い、他にもあるが大体が鳥に変身や空飛ぶ舟などだ。
「解ってもらえた様ですね。人の姿のまま自力で飛ぶのは、普通無理です。羽衣伝説の登場人物が能力者じゃないとは否定できません。では掘り下げて考えましょう、羽衣とはなんだと思います?」
「昔話とかに描かれているフワフワと浮いている衣なんじやないですか?」
「いい意見ですね片桐さん。しかし、少し違います。これは前知識が無いと解らないので答えを言っちゃいますが、羽衣とは雲の様に空中に浮かぶ儀式繊維らしいです」
「なんだって⁉︎ それじゃまるで…」
「想像通りでいいですよ五條さん」
「キン斗雲やかぐや姫を迎えに来た天人や日本神話の神が天より降りてくる時を描いた雲、いや風神雷神の屏風絵も……」
そう言う事である。
絵本などで描かれている天女の羽衣は、フワフワと浮かんでいる一反の布だが、本当は空中に浮かぶ細かな繊維だ。
通りで日本神話や天人を描いた絵には雲が多いと納得する。
「この繊維は二種類の儀式に分類するそうです。一つは空間内の繊維に対する粘度を引き上げる」
「なるほど空間内を水で満たしたモノとして仮定してストークスの式を適応させるわけですね。粘度が上がれば漂う粒子は沈澱し難くなる。ましてや繊維だ、より顕著になり空間内に漂い続ける」
「空間内に満たすモノがまだ良く解ってないらしいんですが、考え方はその通りです。そしてもう一つは羽衣と言うだけあって、繊維同士を繫げ、縮んだり伸びたりする儀式です」
「凄ぇ‼︎ 繊維同士が繋がって伸縮するなら空間内で分散するのを防げる。まさかLondon力や静電気相互作用を制御や増幅してるのか? 」
思惟の説明に興奮する士官二人だが、奈緒美はウンザリしていた。
正直な話何を言っているのか解らない上に、何故アレだけテンションが上がるのかも解らない。
しかし、奈緒美の頭の中には重大な事実があった。それは前情報として知らされていた事だった。
実験大隊支部 寄宿舎内 宿泊施設
そこはホテル迄とはいかないが、綺麗にベットメイキングされたベットと机と冷蔵庫が備え付けられた部屋だった。
装飾やテレビなどは無い簡素な部屋で、ビジネスホテルの一室を更に簡素にした感じの部屋。
その部屋の中を、一人は家捜しする様に細かく見回る女性とラップトップを回線に接続する女性がいた。
「盗聴器の類は無いわね」
「こちらも回線の確認をしました。この施設のサーバーを経由するシステムになってたので、ダミーログを流し通信内容を偽装する様に設定しました」
「まあ、コレで目と耳の確認は終了ね」
「ハァー。疲れました」
士官服を脱ぎ捨てると奈緒美はベットに仰向きに倒れる。
「あらあら、これくらいでヘタっていたら先が思いやられるわね」
「そうは言っても、初めての事なんで緊張しますよ。………そう言えば思惟さん、さっきはすみませんでした。カバーしてもらって、ありがとうございます」
「いいのよ。誰しも間違いはあるし、次しなければいいのよ。……さて、そろそろかな?」
腕時計を見ると時間は夜中、十一時をまわるところ。ラップトップが触ってないのに突然起動を始め、二人は慌てて骨伝導型イヤホンと喉頭型マイクを装着する。
ラップトップのOSが消えると同時に3つの剣が扇の様に広がったマークの画面になる。
次の瞬間、耳の中に直接声が拡がった。
『お疲れ様だ。問題はないか?』
「イギー、問題は特にはないわ。新人さんが所々まずかったけど、カバー出来る範囲内だったから大丈夫」
「スミマセン」
『いや、対処出来るならば問題はない。ただ其処は国の機関内だから、正体は決してバレない様に。………さて、何か収穫は?』
「1日目で大漁かな? 儀式の兵装化はかなり進んでるわ。100年前とは次元が違うわ」
『PCとOSの恩恵をかなり得ているな………とすると、開発を阻むのは難しいな』
「ええ、でもあまり心配しなくてもいいかも」
『どういう事だ?』
「複合儀式で身体強化型、最大出力で最低平均励起深度だって」
『……火種にはなるが能力者の敵にはならんか』
これには訳がある。能力者の励起法は深度と言う大まかな分類があり、その能力者の戦闘力を数値にしたモノに深度数を乗数にしたモノで計算できる。
ちなみに40㎏の荷物を持てる人間が、励起法を深度2で起動すると40の二乗で1600㎏迄持てる計算になる。
そして誰がどう取ったか分からないが、こんな統計がある。全能力者の平均深度は試算で大凡2.9と。これは中央値で、大凡の計算だがこれを信じると能力者の深度2程度では勝てるはずがないのだ。
計算してみると良く分かる、40の2乗と2.9乗では1600㎏と約6000㎏ととんでもない差が出来るのだ。しかも能力者は頑強さや動体視力なども全てだの上、能力者は名の通り他にも能力がある、勝ち目は無い。
『別の会社が開発している介護用のマニュピレーターの強化版くらいか。まあ数が増えれば厄介だが、戦いようはあるな………他には?』
「使われている儀式に羽衣儀式があったわ」
『羽衣儀式? またマニアックなのが……』
「あの、それについて私気付いた事があります」
「ん? 奈緒美ちゃん何かあるの?」
誰にも見られてないが、奈緒美はそっと手を挙げ主張する。
「その前に秦氏攻めの時の話ですが、秦氏の資料には羽衣儀式はありましたか?」
『いや見つかってない。しかし、天の機織りの秦氏だ持って行かれた可能性がある』
「昔聞いた事があるんです、羽衣を奪われた天女は豊穣の神だって」
「豊穣の神って確か倉稲魂命」
『なるほどな、稲荷か………少し強引だが出処が一緒の可能性が出てきたな』
倉稲魂命穀物の神であり、伏見稲荷に祀られる狐狸神である。
何故、稲荷が豊穣の神かと言えば実った稲穂が狐の尾に見えるからだ。しかし、他にも諸説ある。古来より狐は化かしたり幻の炎を見せると考えていた。ある日雷が田んぼに落ちる、それはもう狐の尻尾の様な雷が、雷か落ちた先は燃え上がる。昔の人は考えた、火でもなく熱くもないのに燃え上がるなんて、きっとあれは狐が出した狐火で、狐が火を放ったに違いないと。
その後、狐火があった土地は豊作となる、まるで狐が土地に宿ったかの様に。
これが稲荷が豊穣の神とされる所以である。
「狐火は金気を帯びた火(熱を発さない炎の意味)、分類上は雷の下位互換だからね」
『雷の神、天より降り注ぐ雷で豊作、天女。そして秦氏で見つかった霧島門外不出の発雷儀式。怪しさ満点、疑うなと言うのが難しいな。良いだろう、入院中の高木と秦氏のお姫様に聞いておく』
「頼むわ。あとは……」
数々の報告がなされる間、奈緒美は言い切って少し肩の荷が下りる。
奈緒美は会議の後に霧島葵に聞いていた話があった。
それは昔話、霧島葵が探し求める心の物語。
書き忘れましたので告知します。
以前書いた変わる世界の外伝『カモメは遥か水平線を見る』と同様に本作の外伝を始めます。
雷神が語る過去を書いていきますのでそちらもよろしくお願いします‼︎




