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影法師と洞察力

走る剣閃。

刃を潰してあるとは言え、音速を超える剣閃が四方八方から迫れば、寿命がヤスリでガリガリと削れる感覚を味わえる。

それは奈緒美の状況であり、心境でもある。


「避ける動作に無駄が多い。見切りが甘い、相手の一挙一動から洞察しろ、間合いをシビアに測るんだ」

「っとは、言ってもっ、しっ死ぬって」

「真剣だが、寸前で止めている。死にはしない」


サイファ学園都市にある特殊な学部、専門職育成コース。

中でも何の役に立つか解らないのに広大な敷地を持つ『要人警護・警備専門コース』。

そのコースの実習練の地下に広がる、敷地面積30000平方メートルの地下演習場で二人は訓練を行っていた。

と言うか、一方的な蹂躙やイジメの類である。

なにせ訓練の内容は、防御であり体捌きであり、そして戦いにおいての重要な洞察力を鍛える事だからだ。


「戦いとは基本的には肉体と肉体のぶつかり合いだ。近代戦は集団戦や武器の発達により、昔と様変わりはしているが基本的なモノは変わらない」


剣風が首、脇、腿、眉間へと走る。

逃げ道を防ぐ様に振るわれる刃は当たらない様に寸止めされていると言っていたが、奈緒美にとっては一撃必殺の断頭台の如き。

死体だったとは言え先日斬り倒されたのを見ているのでなおさらだ。


「だからこそ攻撃は修練を積めば覚えれる、時間があれば威力だってあげられる。しかし、防御はそうはいかない。相手の力が大きく上回っていたらどうする、相手の速度が捉えられなかったらどうする、相手の技や組み立てが玄妙だったらどうする。例えばだ、」


霧島 葵には武道や武術においての構えと言う物がない、あるとすれば自然体の状態で武器を持つのが彼の構えだ。

しかし、今の彼は違う。

片手一本振るう刀を両手で持ち、水平に構えたのだ。

一瞬にして身体中の毛穴が開き、悪寒が背筋を走った奈緒美はトンッと、励起法で強化した足で飛び退いた。

しかし、その判断は刹那の間ほど遅い。


「っ‼︎」


飛び退いて間合いをとったはずが、間合いが最初からなかったかの様に詰められていた。

足を横薙ぎに振るわれる刃に、奈緒美は地を蹴り宙へと逃がれる。


「宙へと逃れるのは愚策と教えたはずだ。『巌流 燕返し』」


寄せては返す波の様に、いわおに打ち付ける波飛沫の様に、逃がれた筈の刃が奈緒美に迫る。


「理解したか?」

「はっハイ」


刃は正確に奈緒美の頚動脈に添える様に止められていた。

振り抜くか引き抜かれた時点で終わる直前。

いつの間にかに迫っていた死の影に、奈緒美は冷や汗が止まらない。


「今のが巌流の構えになる。知らない相手には必殺と言う技になるが、知っていれば避け方がわかる。もし知らなくても、身体の捻りや体重の掛け方や移動で知る事ができる。これが洞察力と言うモノの一部らしい。これは近代戦においても変わらない、常に念頭に置くことだ。今日の鍛錬はここまでにしよう、低深度の励起法で疲れをとりながら身体を解しておくといい」

「ふぁぃ」


葵が刀を納刀すると同時に奈緒美は崩れ落ちる。

一時間近く死線に迫られていれば普通はこうなる。奈緒美は肉体的な疲れより精神的に削られて、しばらく立てないわーと虚ろにひとりごちる。

しかし彼女は先程の会話に引っかかりを覚え、身体を無理矢理起こす。

何せ重金教授たっての願いで頼みだ。


「あの、さっきの話ですが。洞察力の一部と言いましたが、それって?」

「言葉のままだ。洞察力は総合的には違う……君は、教授から聞いているのか?」

「………」


聞いている。

しかし奈緒美は口に出せない。

人間を使った遺伝子組換え実験、しかもその影響による脳への障害。

あまりの非人道的な、命を弄ぶ所業に口にするのもはばかれる。


「黙ると言う事は、肯定……?」

「解るんですか?」

「解らないが、経験上で判断した」

「えっ⁉︎」


彼の障害で問題なのは感情希薄。

しかも、よりにもよって情動に関係する前頭葉に障害を受けているかららしい。

秦氏攻めの前に、教授に頼まれたが正直な所どこから手をつけるか悩んでいたのだ。

だがしかし、この発言で望みが見える。

脳は複雑に見えるが、簡単に言えば記憶や経験を描く広大な白紙の様なモノだ。

今回の場合は情動が希薄になる感情希薄。これは白紙の中の感情の領域が他の領域に押され狭くなっているようなモノである。

これは希薄と言ってはいるが、実のところ情動に対する脳細胞が少ないだけ。しかも、今回の会話で奈緒美は気付く。


(確かに顔に出す感情や共感力の不足を見る限り希薄だ。だけど、本来の発達障害やシナプスの伝達物質の減少からくる希薄とは違う。希薄だけど、経験から考えた感情がある)


普通の感情希薄は、発達障害やセロトニンなどのシナプス伝達物質の異常などから起きる。この場合よくおきるのが、相手が言っている事に共感出来ないなどの共感能力の欠如などがある。

わかりやすく言えばサイコパスの症状だ。

しかし葵は正確には違っている。

彼は感情を司る脳細胞が異常に少ないだけで異常が起きているわけではないのだ。

その証拠に彼は奈緒美の黙ると言う曖昧な表現に対し、経験から奈緒美が言い辛いと無意識に判断していた。


(カウンセリングして方針を決めるつもりだったけど、これなら何とかなる。経験から推測出来るなら、私が感情と言うものを読み取って教えれば良い。何よりも学習能力が高い、能力者ってのが一番いい)


以前からあった懸念は、先が見えたせいか奈緒美の心が少し軽くなる。

それを見ている葵は無表情で頭を傾げていた。一応、経験上で疑問の身振りをしているのだろう。


「話を続ける。洞察力には経験が必要だが、もう一つ必要なものがある。それは共感する力だ、以前みっ……イギーが言っていた、経験を基礎とし共感する事で相手の次の手を予測ができる」

「……葵さんは、それが出来ないか………ん?」


そこで、とんでも無い事に気付き奈緒美は口が引きつる。


「質問いいですか?」

「なんだ?」

「予測出来ないんですか?」

「出来るが、今の説明通り半分だけだ」

「まさか」

「どのまさかかは解らないが、相手の身体の構えから予測している。それにある程度は『見えている』のを予測必要はないな」


あまりの物言いに奈緒美は唖然とするしかない。

まさかの予測していない発言は意外すぎる。

流石の雷神、化け物だ。

愕然としている奈緒美を他所に、葵は携帯電話のメール着信に気付き内容を見ていた。


「君、イギーから指令だ」

「イギーさんからですか?」

「ああ、儀式関係の仕事だ」

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