影奉仕の裏側 八方塞
関東の中でも東京は特殊な場所とされている。
主な要因と言えば江戸の都市化だ。
都市化が始まったのは1590年、江戸幕府を開く十年程前。
当時、征夷大将軍となった徳川家康は、天台宗の僧侶 南光坊天海に命じ自分の居城に様々な益となる力を集める町づくりを始めた。
これだけの話であれば、権力の推移に伴った権力中枢の移動にしか見えないだろう。
しかしながら、古くから能力者が権力者の周りにいる世界においてはそれはない。
結論から言えば、南光坊天海は能力者であり、天台宗に伝わる儀式を使う儀式使いでもあった。
その彼がこの都市を作ったのだ、なにも仕掛けてない方がおかしい。
事実、彼は鬼門封じに寺や神社を建立したり、四神相応の地を螺旋に儀式を仕掛けることによりエネルギーを集める様に作り上げていた。
鬼門封じで厄を払い、螺旋に仕掛けられた儀式によってその中心にいるモノにエネルギーを与え、肉体的くつ精神的に繁栄させる儀式。
江戸幕府を二世紀近く維持できた要因の一つと言えるだろう。
そしてサイファグループの本社ビルの場所は、螺旋状になったエネルギーの路、その根元に建っていた。
目にはうつらないが、むせ返る程のエネルギーの奔流を身体に浴びながら細目とイギーこと風文は、月明かり程の光の中で白く浮かび上がる『真っ白な青年』の前で右拳と左膝を立て跪く。
「南門の守神、三剣が報告します。先日からの学園都市に対する誘拐騒ぎが集結。この半年あまりの陽動の誘拐未遂から発端、今回の新海和也の誘拐の犯人は、秦の一族の一部が外部の人間から煽られて起こしたとわかりました」
「秦と言うと高木神の系譜か。あそこは今、後継者問題でゴタゴタしてたよね。たしか若い女神と対となる男神がいないとかで、それを突かれたかな?」
真っ白な青年はやれやれと肩を竦める。
跪く二人は頭を上げず、風文は話を続けた。
「大まかなところはそうです。詳細は報告書に。しかし、問題が一つ。煽った人物が『巫薙 音信』でした」
「……ふむ、おかしな話だね。彼はたしか四年ほど前に、葵さんに四分割にされて死んだと聞いてるよ? 確か彼の所属はどこでしたか?」
「内閣府 情報課 六花機関です」
悩む青年に即座に答える細目。
それに感謝を伝えると青年は話を続ける。
「六花機関か。そこが死人返しでも使ったかい?」
「その可能性は低いかと。六花機関は元々体術使いを主とした武闘派。あるとしたら、六花ではなく巫薙だと」
「まいったね。内閣府や宮内庁の式部職だったら細目さんの手も届くのに、神社本庁の裏機関か」
「むしろ社長の方があるのでは?」
「残念、私。いや観星と私も顔見知りはトップだけだよ。そんな話をして、迷惑かけられないから無理だけど」
会話が途切れた。
社長と呼ばれた男は病的に白い面を顰めながら、黙考している。
「判断をするには少し情報が足りないね。細目さん、巫薙の方に草は放てる?」
「難しいですね。ほとんど親族だけで固められていますから、例え入り込めても大した情報は見込めないかと」
「それでも今はどんな情報でも欲しい。駄目元でお願いします。風文さんは、何かありますか?」
まとまった話に対し命を受けた細目は、うやうやしく頭を垂れる。
それに対して風文は頭を上げ、不敵な笑みを貼り付けた笑顔で話し始める。
「風を感じる」
「風ですか? 風文さん、具体的にいっていただけないと……」
「比喩表現だ。少しは乗ってくれよ…」
「ああ、能力者の能力亢進現象ですか? 大変ですよね、コレ」
「聞く方も、やる方も痛いからな……コレ」
能力者の能力には色々あるが、共通するものがある。それは、『解析率』『演算速度』『出力値』だ。
能力者にとって、これは能力を使う事に大切な過程である。
この過程、実は感情やテンションの上がり下がりで大きく変わる。
状況や嗜好、ものによっては性癖で変わる場合もあるのだ。
「辰学院の方もまさか、自己陶酔系の劇場型発言が能力亢進値が平均的に一番高いとは思いませんって」
そう問題はそこだった。
裏世界の学府の一つ、辰学院が出した研究結果。
『能力者の能力を平均的かつ持続的に向上する』
「あれを聞いた時は、馬鹿なと膝をついたよ。厨二病な発言をすると能力が向上するって何の冗談かってな」
風文は苦笑い。彼の脳裏には、それを学ぶ為に漫画を読み漁り、本を積み上げる日々があった。
「まあまあ風文さん、気持ちは解りますよ。私も結構大変でしたから。それより続きを」
「ん、すまない。風を感じたのは、自衛隊だ」
「自衛隊ですか。しかし、あそこは一部を除いてクリーンだった筈ですが?」
「問題はその一部です。学園から出向した能力者からの情報を統合したら、陸自の実験部隊が動いていた」
「実験部隊と言うと、特殊兵装を開発する部隊でしたか。風文さんが反応するという事は……」
「当然、能力者関係。しかも能力が使えない兵士に装備させる儀式兵装」
儀式兵装、それは読んで字の如く儀式(変わる世界 参照)を兵士に装備させるモノだ。
「…おかしいぞ風文。儀式兵装は遥か昔からあるが、まともに使うには能力者がいないとダメなはずだ」
「ああ普通はそうだ。しかし、先日の秦氏攻めの時に、これを見つけた」
「これは、地脈から引き出す簡易型の儀式だと?」
大勢の兵士に儀式兵装を装備させる。
そんな単純な戦力増強法は、当然の事ながら遥か昔から考えられていた。
しかし、ただ一つの欠点があり実現出来なかった事実がある。
それは機械で言う所の電源、バッテリーが無い為だ。
「細目、あんたも知ってる通り、儀式は神域結界がない劣化版の能力だ。神域結界が無い能力は、空間内の環境の変化や影響を無視して行う為に、発現する事が出来ないかもしくは強力なエネルギーを必要とする。しかし、この簡易型の儀式があればどうなると思う?」
「神域結界がなくとも能力を使う事ができるか……」
細目は渡された資料に再度、目を通す。
そこには簡易型の儀式の概要、儀式のサイズ・重量・最大出力値などが書かれていた。
「最大出力値が50万A、400万V……………何の冗談だと言いたいんだが。数値が自然現象の雷と変わらんぞコレ」
「俺も最初は目を疑ったさ。だが落ち着いて考えてみたら、おかしい所があったんだ」
「……この資料がフェイクという事ですか?」
「細目が言った言葉が手掛かりだ。出力値が雷と同じだと」
「………まさか」
出力値などが雷と同じ。
雷と言うキーワードから、細目はある人物を連想する。
風文は目を合わせた細目に肯定した。
この場にいる三人は、同じ人物を思い浮かべる。
それは白銀のレインコートを羽織った雷の化身。
「一応奴にも見て貰ったよ」
「結果は?」
「ビンゴだ。五年前の霧島の里壊滅時に消失した筈の『発雷儀式』がその儀式に使われていた」
「と言う事は」
「間違いありませんね。霧島の里壊滅事件と今回の事件には繋がりがある。細目さん、五年前の事件と今回の事件の洗い出しを」
「はい」
「風文さんは何時も通りでお願いします」
あまりにもな言葉に風文は苦笑する。だがニッコリと笑いながら言う白い男には毒気はない。
「おいおい、俺にはそれだけか?」
「貴方には下手に指示を出すより、こちらの方が好みではありませんか?」
「ああ、違いない」
白い男の言葉に風文は笑顔で返す。
その笑顔は、知恵のある獰猛な獣が獲物を見つけた様なモノだった。
「さて、我が名。八方塞の長たる砕破の名において二人に命じます。世界の安定を続行するべく、厄災全てを打ち倒しなさい」




