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その後、そして新たな影

積み上げられた書類の山が溢れかえる雑多な部屋の中、奈緒美は身体に溜まった疲れを溜息と共に吐き出しながらキャスター付きの椅子の背もたれに体重をかけた。


「まだ若いのに凄い溜息ね」

「初めての戦闘で気力がゴッソリもってかれて………」

「もう一週間経ってるわよ? 重傷者はあったけど、繊細ねぇ」


やれやれと言いながらソファに胡座をかく思惟は、ワインクーラーから取り出した瓶の温度を確かめていた。


「そー言う思惟さんも昼間から白ワインはいけないと思います。この後の講義、大丈夫なんですか?」

「ん? これ日本酒よ?」

「なんでワインクーラーで冷やしてるのが日本酒なんですか⁈」

「いや〜、高木のお兄さんが迷惑かけたってこの間持って来てくれたのよ。冷すと飲みやすいのよこれ」


寿と書かれた濡れたラベルを剥がしウキウキとガラスの杯に注ぎ、一気にあおる。

鼻に抜けるフルーティな薫りを楽しみながら、思惟はフッと息を吐く。


「きくわー」

「昼間から酒はロクな人にならないって聞きますよ?」

「人によるわね、それは。酒が回って、仕事をミスするとか匂いで悪印象をもたらす接客業ならともかく、学生の私には問題なし。午後からの講義は休講になったから大丈夫だしね。……てか、呑まないとやってられないてーの」


幸せそうにアタリメをガジガジと噛む思惟の顔が、途端に悪くなる。

その視線は部屋の一番奥の机、一際高い書類の壁に囲まれた向こう。


「クックククッ。フフフフ……」


積み上げられた書類の死角になっていて見えない場所から、とても楽しそうにほくそ笑む声が聞こえてくる。

その声は聞く人間が聞けば、身の毛がよだつ様な声でもあり、不安を呼び込む笑い声だ。

それは獲物を見つけ喜ぶ、大型の野生生物の様。

思惟は不気味に聞こえ、奈緒美には恐怖心を掻き立てられた。


「気の小さい人が聞いたら心臓が止まるかも」

「かもね。流石に心臓は止まんないでも、気味が悪いわ………イギー、いい加減に正気に戻ってよ」


途端ビタっと止まる笑い声、共に死角の壁からいい笑顔で立ち上がる金髪の青年。


「フフッ、気味が悪い? 馬鹿な。こんな大きく、楽しい案件。滅多にないんだぞ」

「はいはい、会話にならないぐらい嬉しいのは解ったわ。あんたが楽しそうで、私は何よりです。酒を楽しめないので早く行動して下さい」


金髪の青年こと、イギーはとても嬉しそうだった。

いつも貼り付けている、やや胡散臭い優しそうな人受けする笑顔はなりを潜め、無邪気に笑う少年の様な笑顔を浮かべている。

その笑顔を見て奈緒美は、自分の心臓が早くなり顔が紅くなるのを自覚し慌てた。


「ちょっ思惟さんっ!⁇」

「気持ちはわかるけど、落ち着きなさい。イギー、やるなら早目に行動するのがあんたでしょ?」

「ああ、ああっ、そうだな。兵は拙速、情報を制し、いやそれよりもまずは人員を…クククッ」


微妙に熱に浮かされている様な呟きを残しながら、イギーは座る二人の間を抜ける様に部屋を出て行った。

奈緒美は気味の悪いモノを見た血の引けた表情で、思惟は仕方が無いなとばかりに溜め息を吐きながら日本酒を注いでいる。


「あれ、なんです?」

「昔から、あいつはそうなのよ。嬉しさが閾値を超えて、理性がとんでるの。例えるなら、ほら、サイコパスってある種の魅力があるって言うじゃない? アレと一緒よアレと。まあ魅力云々は、あまりにも生物としての格が違うから底上げされてニコポになってるけどね」

「にっニコポッ⁉︎」


あまりにも訳の解らない言語に奈緒美は困惑顔で頭を傾げる、正直な話もう酔っ払ってるのかと考える。

その顔を見て思惟は苦笑しながら杯を傾けた。


「あいつの影響を如実に表してるネットスラングよ。気を付けなさい、あいつに泣かされた女は多いんだから」

「えーっと、あー詩穂さんですか」

「フフッ、そう言う事よ」


獰猛な美女がサメザメとなく姿が簡単に頭に浮かんだ奈緒美は、成る程と納得する。が、聞きたい話が違う事に気付き、あっと声を漏らした。


「どしたの」

「違いますって。私が聞きたいのはそれもなんですが、イギーさんが何でキャラ崩壊してるんですかって事です」

「ああ、原因ね。………あんまり語りたくないんだけどね。一言で言えば、『敵が出た』からよ」

「なんですそれ?」


聞きたい事を聞いてはみたが、奈緒美には今一解らない。

それもそうだ、何せ返答が文章にしてたった四文字、簡潔過ぎる説明だ。


「思惟さん、簡潔過ぎて意味がわかりません」

「んー、簡単に言ったら本当にこれよ?」

「もうちょっと解りやすく、お願いします」

「うーん。………折紙は精神や思考を読む能力者よね? 貴女にとって、能力者と普通の人間の差ってわかる?」

「差ですか? それって精神的な差と言う事で?」


杯を傾けながら頷く思惟に、何の事やらと奈緒美は考え込む。

差と言われても年若い自分としては、能力者はこの学園都市に来てから沢山見たが、分析出来る程できた人間ではないのでよく解らない。

しかし、目の前の思惟はそんな事は百も承知で聞いているのであろう。

だから奈緒美は深く考えずに、思ったまま口に出す。


「能力者と普通の人間の差、私は精神の方向性が過度に傾いた人間だと思います」


そう答えると、思惟は面白そうに笑う。


「えと、何かおかしかった?」

「フフッ、別におかしな事は言ってないわ。むしろ核心に近いから」

「核心?」


杯を乾かさない様に思惟は酒を継ぎ足す。


「十年前、ある論文が発表されたわ。その論文は『能力者と自閉症』。能力と普通の人間、その差は何かを知る為に調査した論文」


その論文は後に調査した人間が更に追加調査をかけ、『重金レポート』と呼ばれる。(詳しくは『変わる世界』の協力を参照してください)


「要するに能力者の精神の構造は、自閉症患者と程度のさはあっても変わらない。貴女の言った通り精神の方向性が内に篭るか、操作出来るかの差でしかないのよ。さて問題、そんな方向性がはっきりする能力者の趣味嗜好は一般人にとってどう見えるでしょう?」

「それは………」


方向性がハッキリしている、それは言い換えれば他の事が見えない位集中している様なモノだ。

それは正しく、オタクやマニアと呼ばれたり、酷ければ、


「ジャンキー(中毒者)」

「正解」


奈緒美は納得する。

先程のイギーの状態が正にそんな状態だからだ。

しかし、それでも疑問は尽きない。


「それでも異常すぎませんか? 流石にあれはない気が」

「私もそう思うわ。だけど、解らないでもないの。あいつの欲求は特殊だから」

「特殊? 性癖みたいな?」

「あらあら、耳年増ね」


返す言葉に奈緒美は顔に熱が集まる。


「若くしてエロエロな奈緒美ちゃん曰く、性癖に確かに近いわ」

「決して私のせいじゃありません、能力が……そう能力の弊害なんです」

「言い訳よね。まあ、あいつの欲求はね『自分が悪と認識したモノを潰す』事に喜びを得ているのよ」


ゲンナリと話す思惟に、唖然とする奈緒美。


「それは……また」

「あいつの色々なモノに傾ける情熱も意欲も異常よ、自重と言うタガも外れるからもう最悪。以前同じ状態になった時は中東の小さな独裁国家が、言論統制の為に子供を虐殺したのをテレビでみた時よ。あの結果は酷かったわ」

「えっ⁈」


その話は奈緒美も知っていた、数年前に『内部クーデター』でアッサリと潰れた国だからだ。


「あれって、内部クーデターで潰れたって」

「本当は違うのよ。あの放送の後、あいつは心理学の本を読み漁りフラリと消えたの。それで一ヶ月程して帰ってきた次の日にあの国は潰れた。最初はまさかと思ってはいても否定したけどね、あいつが最後に読んでた本のタイトル見て確信したわ。『独裁国家の成り立ちと心理』」

「うわぁ」


ドン引きである。

詳細は解らないが、今の情報と前に見たニュース特番、それと自分の能力による分析で何が起こったかが何と無く解った奈緒美は更に引いた。


「知っているとは思うけど、能力者の中でもあいつはトップクラスの成り立ち天才よ。しかも、趣味嗜好の為なら努力を怠らない最悪クラスの。今回の件に何を感じてそうなったか解らないけど、正直な話。相手が気の毒ね」


その言葉に奈緒美は同意しかなかった。










とある山林





外見は白い壁面、背面にある山林に雪が降ればスキー客を受け入れる保養施設の様な建物だった。

しかしそれは外見だけで、よく見ればガラス窓は三重の強化アクリル製、壁の所々には監視カメラ、見る人間が見れば儀式によって建物自体の強度も引き上げられている。

ある種、要塞と言ってもいいその建物の中では、甲高い金属音が響いて居た。


「片桐、まだやってたのか?」

「ああ、サーキットの削りだしを色々とやってみたくてな」


片桐と呼ばれた三十代後半程の男は、かけた特殊グラスを外しながら話しかけて来た男にかえす。

片桐の周りにはフライス盤や旋盤、ポール盤など金属加工の機械が設置してあった。

そして、その目の前には迷路の様な細かい円を彫り込んだ金属板が幾枚も並んでいた。


「この間のコンペで採用になったウィジャサーキットじゃないのか?」

「ああ、こりゃあ俺がコンペに出したタクトサーキットだ。耐久性は高いんだが、いかんせん儀式カートリッジが使い捨ては不味かったな」

「一発当たり三千円は、流石に不味いわな。銃弾でも高いヤツでも二百円だぞ」

「戦術クラスの儀式を銃弾と同じ風に考える上役が悪い」


ブスッと憤る片桐は、ブツブツ文句を言いながら板を組み合わせていく。

カチャカチャと組み合わせ、数個のネジを締めると少し太い、魔法使いが持つ様な金属製の指揮棒(タクト)を作り上げる。


「儀式回路を刻んだ板を組み合わせて作るタクトサーキットか。持ち手に使いたい儀式カートリッジをセットして振ると儀式が発動するのか?」

「五條〜、それの凄さはそれだけじゃないんだよ〜」

「だー三十代が涙目で迫んな、鬱陶しい。文句を言うなら上役に言え上役に」


タクトを振りながら涙目で迫る姿は少々どころか普通に気持ち悪い、着ている服がツナギじゃなく黒いローブであれば不気味な魔法使いの様相だ。

そんな片桐に五條は溜息混じりに言う。


「まあ、自業自得だよ。考えてみろよ、今回のコンペの趣旨」

「んなこたぁ解ってるよっ」


再び拗ねる片桐に五條はやれやれと肩を落す。

タクトサーキットを組み立てた作業台の片隅にあるコンペ資料を五條はとった。



『陸上実験旅団コンペ 対能力者装備開発について』

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