死人返し
久々なので凄く短いです。ご容赦をー。
「現状確認」
唐突にかかる声に、奈緒美は反射的に能力に耳を傾ける。
ここ数日、技の組み立てや戦略を考えながら戦闘をして、さらに同時に能力を使う訓練をしてきていたのだ。
その成果か、声に反応して瞬間的に心の声を聞いていた。
『『『だやっいとれ? あ来たの人い達。』』』
混線した無線の様に混じる声。
バラバラに混じったパズルのピースを分ける様に、質や波長・想いの方向性を元に言葉を拾う。
そこから深く深く……。
「状況は?」
「読めたのは三人。簡潔に言えば『そこの読めない男性』が全ての原因。現状ではこれだけしか。」
「エネルギー偏差が激しいこの場では充分だ。……少し下がっていろ」
奈緒美が読めたのは三人、同い年くらいの女の子とそれを護る様に立つ青年、それと飛んできた鉄塊(扉)に潰されて呻いている男性のモノ。
事情に詳しいのはその潰された男性らしく、漏れ出た怒りの感情の残滓から逆算して状況を読んだのだ。
その事情と何より心が読めないと言う明らかに心を読む能力者に対し、『高深度の神域結界』を展開して防いでいると思われる能力者がいる状況から奈緒美は判断していた。
その様な判断をしたと読んだから、葵は奈緒美を下がらせる。
「わかりました、退路の確保は?」
「自分はいらない。彼等と君の退路を確保。撤退出来る隙を見つけたら、速やかに撤退」
「出来ると思うかね? 霧島?」
「状況的には難しくはない、巫儀 音信」
葵の返す言葉に巫儀 音信と呼ばれた男は、心理に通じる奈緒美にしか解らない程の僅かな動揺を目に浮かべる。
「ほう、私の事を知っているとは。私も有名になったものだ」
「………もういい、状況は読めた」
一言、そうたった一言で葵は感情の無い声で切り捨てる。
「奈緒美、イギーに作戦終了と問題発生を報告。判断を仰ぐ」
「へっ、終了? ってまだ、問題発生?」
突然の指示変更、しかも敵と思われる相手を前に作戦終了に奈緒美は混乱する。
しかし、それ以上に茫然のは音信の方だった。
「貴様っ私を目の前にして戯けた事をっ‼︎ 」
「? 何故怒る?」
不思議そうに言う葵に、音信は怒りに赤く染まる。
その状況に少女を守る青年が慌てた様に声を上げる。
「あんたっ、誰だか知らないけど気を付けろ、そいつの能力はっ」
「我が能力にて、引き千切れろっ‼︎」
「音波、もしくは波の増幅だ」
「えっ?」
最後の声は誰の声かは解らない。
それほど、次の瞬間の光景がその場にいた全員の目を疑う光景だったからだ。
怒りに任せた音信が、轢き殺さんとばかりに走りこんで来て玉串を振り下ろす、無防備に立っていた葵がに炸裂したと思った瞬間だった。
誰も瞬きはしていなかったにも関わらず、音信と葵の位置が背中合わせになる様に『入れ替わって』いた。
しかも、葵の降ろされた手にはいつの間にかに抜き放っていた太刀が手にある。
「馬鹿な」
信じられないのは攻撃した音信の方だ。
振り下ろした瞬間に相手が背後にいるのだ、しかも太刀を持って。
その結果は、その身に刻まれ理解しているから尚更。
「霧島神道流 『鳴雷』の枝技『鳴雷・貫刃』」
ブォンと血払いで刀を振り、納刀の鍔鳴りが響く。
同時に音信は、胸を中心に文字通り四等分され崩れ落ちる。
「ば、バカな。こんな、私が、そんな………」
「音信、貴様と戦うのは『二度目』になる。呼び戻したのは、誰だ?」
「私が、まさか、もう、あっうああぁぁぁ」
呻く音信に葵が問いた境に、それは起きる。
屋外にうち捨てられた死体が朽ちていく経過を九段階にわけて描いた仏教絵画、九相図を早回ししたかの如く、腐敗し崩れ、溶け土に変わり骨へと変わってしまう。
「ぐっ、これは」
漂う腐敗臭に奈緒美は臭いと吐き気を抑えるべく、口と鼻を押さえる。
あまりの出来事に奈緒美は後ずさるが、それに反して近付く者もいた。
それは扉が当たり気絶していた男、高木 菱胤だった。
「死人返り…か。てぇことは………やはりな」
「死返玉か?」
「ああ、巫儀のやつら、ひでぇ事しやがる」
土と骨だけになった音信の身体に高木が手を入れ探すと、血の様に紅い勾玉を取り出した。
「葵さん。死人返り、死返玉って?」
その言葉に奈緒美は疑問を持ったのか、おずおずと聞く。
死人返り、単語のみであれば歌舞伎の立ち回りの事だが、この場合は読んで字の如く。
「死んだ人間の骨を使い、仮初めの命として生き返らせる。古神道系の反魂儀式だ」
「正確にゃ、禁呪の類だがな」
平坦な葵の答えに、高木は吐き捨てる。
昔、西行法師と言う僧がいた。
彼は山での修行中に人恋しくなり、昔聞いた鬼が人の骨を使い人を作る術を使い人を作った。
しかし、出来た人は人としての形はしているが、人としての中身がなく完全ではなかったと言う。
「その反魂の法を元々使っていた鬼ってぇのが、この骨のご先祖で巫儀だ。この儀式は、禁呪なんだがなぁ、誰だこんな外法を復活させやがったのは……」
「聞いた限りじゃ凄い儀式ですが、どうして禁呪に?」
怒る高木に奈緒美が問いかけると、高木は仕方ねぇなと話を続ける。
「俺は概要しかしらんから詳しい事は言えねぇ。が、デメリットは知ってる。この儀式、元々は限局的な時間操作の儀式なんだよ。しかも生き返らせた対象の認識を基盤とした」
人が人足らしめるには必要な要素がある。
それは大まかに言えば、心と身体だ。
人はモノで出来た身体を持つ、しかしそれだけでは人とは言えない、心が無ければ人とは認識されない。
人形がいい例で、人の形はしていて動いても人と言えないのは解ってもらえるだろう。
しかしその逆もあるのだ、心だけでも人とは言えないのだ。
人が人足らしめる心は人の身体、器の鋳型が無ければ千差万別たる人の心は形作られない。
「人の心、この場合は記憶が持つ自分自身を基に、魄に時間を逆転させ魂を纏わせる事によって一時的に生き返らせる」
「魄?」
「ああ、嬢ちゃんにゃ解らんか。人に必要な要素にゃ魂魄てもんがあるんだ。魂は肉に宿り魄は骨って事だ。まあ要するに、骨を起点に時間を逆転させる術さ。だが、その逆転した魂ってぇのが厄介でな。自分自身が生きているって思っている内は大丈夫なんだが、自分の死を思い出した瞬間に身体にその記憶が一気に反映させ、元の白骨に逆戻り」
「酷い」
そう、葵の問いかけはここにあった。
二度目、その言葉と巫儀の儀式をしる能力者と言う立場で音信は悟ってしまったのだ。
死が訪れる、その感覚は年若い奈緒美にはまだ解らない。
しかし、読心の能力者の彼女には痛いほど、理解してしまった。
それを二度、敵と認識した相手としても、酷いとしか言えなかった。
だが、それよりも問題なのは。
「まあ、音信は昔馴染みの俺が後で弔っておくさ。問題は、あんたらだ」
「あっ」
あまりの出来事に、全てを忘れていた奈緒美は慌てて通信機を取り出し、イギーに連絡をとった。




