挿話 とある能力者の一ヶ月 終わりの日
神代。
邇邇藝命が葦原中つ国を天照大御神に命じられ治める為に、高千穂峰に天より降った。
後世ではこれを天孫降臨と言う。
ここでよく解らない、興味がないから理解できないという方に簡単に説明すると。
地上の平定が終わったから
うちの息子に治めさせる
有能な部下をつけるから頑張れ
かなり雑になるが、三行で終わる。
まあ雑にならざるを得ないのは、本格的に説明すると一話丸々使うのでご容赦を。
とまあ、そんな天孫降臨の時について来たのは、前述通り有能な部下。
頭脳明晰な思兼神、土木工事が得意な力自慢の手力男神、優秀な秘書兼近衛の天石門別神と三種の神器などなど。
今回の話の肝は、その中でも三種の神器。
記述はされてはないが、その三種の神器を操る一族も、天孫降臨の時に居た。
八尺瓊勾玉を操る天凪、八咫鏡を操る巫儀、天叢雲剣を操る疾薙。
彼らは後々、裏の世界では不動の上位にある闇の神官と呼ばれる、三薙の神官の前身である。
ジリジリと無意識に後退る身体を押し留め、千鶴を背中に隠しながら和也は、先程から復調した励起法の出力を気付かれないように徐々上げていた。
「おい、坊主。ちと聞いて良いか?」
「俺には和也って名前がありますよ、おっさん」
「ちょっと二人とも⁈ 何をしてるの? て言うか、菱胤叔父さん」
膠着状態、軋むような空気。
一対多数にもかかわらず、巫薙と呼ばれた男は顏色一つ変えずに立っていた。
それは明らかな脅威に対して対処出来る自信の現れか、それとも取るに足らない些事か解らない。
分かる事は明らかにここにいる誰よりも強いこと。
そんな中、巫薙から目を離さない様に二人は千鶴を背中に隠し、探り合いの様に話をする。
背中にいる千鶴は解らない展開と状況に絶賛混乱中だ。
「おっさん言うな、まだ二十代だ」
「はっ、老け顏。年齢詐称もいいトコだ」
「やかましい、ちと先祖返りで彫りが濃いだけだ……。んな事より、てめぇ惚れたなぁ」
「ばっ違う、ことぁないがっ、今はそんなんじゃ」
「ククッ隠すな隠すな、若いネェ」
「余計おっさん臭い」
突然二人は笑い出す、後ろで聞いていた千鶴は何が何やら訳が解らないので頭を抱えていた。
二人は今の会話で、お互いの意図が何と無く解ってしまった。
菱胤は無理矢理連れて来て、監禁拉致された男が何故自分の姪を守るのか?
和也は姪を道具扱いして外の世界と隔絶した場所に押し込める叔父が、何故逃げろと言ったのか? その意図を。
「成る程ね、まさか教授の授業がこんな所で役に立つとは。おっさん、アンタ苗字は高木だろ?」
「よく解ったな。さすが俺が見込んだ花婿だ」
高木の神、それは邇邇芸の祖父にして神代に創造を司る三柱の神の一柱。
高御産巣日神と言われる男神の別名である。
と言う事は、後ろに隠している女の子のもう一つの名前も簡単に分かる。
「神産巣日、造化三神の女神。そりゃ外に出せないわ」
造化三神。
某宗教の創造神にあたる三柱の神。
神産巣日の神は、始まりの天御中神主、高御産巣日神に次いで三番目の神である。
前前話で記述した通り、能力者が能力を産むには伴侶は能力者が好ましい。
これは血の濃さ、DNAの濃さとでも言えばいいだろうか? それが関係する。
なかでもその濃さは神格が高ければ高い程濃い。
神格が高い、だからこそ後ろに庇う少女は狙われるのだ、能力者を産む苗床として。
外に出れば狙われる可能性が高い少女、おそらくはその可能性は本来は少なかったのだろう。
しかし、ここ数年の世界情勢がその可能性を確定させる程に確率を引き上げた。
裏の世界の大戦による、能力者の大幅な減少、それに伴う人材確保。
そこから導き出される可能性に、隣に立つ男はそれを危惧し、彼女を守っていたのだ。
更に予想をつければ、和也を攫ったのは屈折した親心。
彼女に優秀な伴侶兼騎士役が出来れば、なお良しと判断したのかもしれない。
だが、そこで和也には一つ疑問を感じる。
「おっさんは、おっさんなりに考えてた訳だ。でも何で俺?」
そう、これだ。
何故自分なのか?
能力者であれば、自分ではなくもっと優秀な人材いたのではないか?
事実、自分より優秀な能力者には何人にも出会っている。
「流石にそこら辺はわかんねぇか。まあ、男の能力者は少ないや、一番弱そうだったとか色々理由があるんだがな?」
「おっさん………」
「思った以上に強かったからいいんだよ。まあ決めては別だ。お前、一昨年の国立で大会優勝した時、一体何人が、『お前を能力者と見破った』と思う?」
「っ‼︎」
その一言で全て線が繋がる。
「ふむ見た目の腑抜けさとは裏腹に優秀、優秀。粗暴な高木の見たてにしては中々よな」
「うるせぇ巫薙。見たては俺ら造化三柱の十八番よ。これにゃあ思兼にも負けやしねぇよ」
「にしては天鈿女命の一族に出し抜かれた様だがな」
「本当にうるせぇよ、古代から続く忍の一族に勝つ方が難しいわっ‼︎」
話を断片的に繋ぐと今回の出来事の全貌が見えてきた。
始まりは恐らくは一昨年前、国立競技場で大会に出た時に能力者と全国ネットでバレる。
世界情勢的には人材確保に躍起になっている時。
飢えた狼の群れの中に、子ヤギを放り込んだモノだ。
ここは予想だが、恐らく自分に色々な説明や面倒をみてくれた細目という人物は裏の世界での大物だったのではなかろうか?
それで一度は諦めた人材が、今度は神格の高い少女と共に居る。
「鴨がネギどころか、鍋とコンロ背負ってる訳か……一挙両得いや、親の総取り狙ってた訳だ」
「然り然り、中々聡明よな」
ようやく解る、この一連の流れは目の前の巫薙が仕掛けたモノだと。
「一度は諦めたが、そこな高木が花婿探しをしておってな? 裏から手を回して少し囁いたのよ『物質操作系の能力者がいる』とな。そうしたら案の定そこな粗暴な男は、あの八方塞の膝元でやらかしおって、ククッ」
「この襲撃の隙をついて横から掻っ攫うってか? 甘く見るなよ巫薙っ?!」
この襲撃まで視野に入れての計画。
巫薙と言う男の計画に、和也は歯ぎしりする思いだ。
考えなしに行動した自分に苛立ってうるのか、隣に立っている
だが、一つだけ思い違いがある。
いやミスだ。
「勝ち誇ってるとこ悪いけど、あんたミスってるぜ」
「ほう、それは何かな?」
「あんた、人を見誤ってる」
「この状況の事かな? 一対多数なぞ、問題にならんよ。ホレ」
ヒョイと擬音語が付きそうな程の、手の動き。
巫薙の手にいつの間にかに握られていた玉串が周囲を薙いだ瞬間、周りを包囲していた男達が吹き飛ばされ壁に叩きつけられ血を流す。
「これでも祓いの三神官と呼ばれる一人だ。一対多数なんぞ、物ともせんわ」
「違うよ、あんたは俺の能力を見誤っているんだ」
カッカッカッと笑う巫薙に、千鶴を守るべく立ちはだかる二人は冷汗しかでない。
「おっさん、アレは高位の能力者か?」
「馬鹿言え、高位能力者はもっと圧倒的だ。絶望的な程な、ありゃ中位の上ってトコだ」
「おっさんは?」
「中位の下ってとこだ。しかも俺は識者だ。導士のヤツとは相性が最悪」
「能力者三竦みの法則ってヤツか」
能力者三竦みの法則とは、能力者同士での戦いにおいての相性だ。
識者は物理法則を操る導士に弱く、導士は物理法則を書き換え別世界を作り上げる法師に弱く、法師は世界を見抜く識者に比較的に弱い。
エネルギーレベルや能力の性質にも寄るが、大体がそれによって戦闘の状況が変わる。
そして目の前の相手は中位の上の導士、こちらは庇護対象と中位の下の識者と駆け出し能力者一人。
「なぁ、おっさん。中位識者と駆け出し導士二人、行けると思わない?」
「なにぃ!?」
「俺の能力は『レジリエンス スチフネス』。おっさん、防御用の布があったら頼む」
叔父の返事も聞かずに和也は、飛び出すように走り出した。
「ちっ、馬鹿がっ‼︎」
後ろで悪態をつく声を聞きながら、和也は励起法の出力を限界まで上げる。
勝利条件はこの場からの撤退、それには巫薙と言う男を倒すもしくは時間稼ぎをするしかない。
その為には、
「うおおおおっ!」
「猪突猛進かな? 愚かな」
今さっきと同じように振るわれる玉串。
その軌跡にそって起こる事象を、実は和也は正確に『見えていた』。
いや和也の、極限まで集中した能力者の感覚で感じていた。
振るわれた玉串の先をなぞるように歪む空間、それは圧縮された空気が見せた刹那の光景で、時間が経つと共に範囲を広げていく。
その光景を感じて和也は、自分の感覚に賭ける。
「なにっ!?」
「だあぁぁっ!」
猪突猛進と思われた和也の直進は、急激に進路を変えた。
玉串が発生させる歪んだ空間が当たるより早く飛び上がって回避したのだ。
巫薙は驚いた、識者ですら看破しづらい筈の攻撃を避けられたのだ、それも能力者としては日が浅そうな男が。
歪んだ空間の正体は音波、おそらく能力で周波数と威力を変化させて認識できないようにしていると和也は当たりをつけていた。
そしてそれは見事正解を引き当て、避ける事に成功する。
「ちっ、能力の純粋な相性かっ⁉︎ だが、甘い‼︎」
跳ね上がるように『空中にいる和也』を追尾する玉串。
剣や長物の扱いとは違い玉串は腕だけで動いている、避けられたとしてもすぐに切り返せるのだ。
だが和也もそんな事は理解していた、だからこそ頼んでいたのだ。
空中にいる和也と振るわれる玉串の間に白い線が走る。
「高木かっ! 邪魔だっ‼︎」
「身内になる予定の坊主に手は出させんよ」
白い線の正体は高木が投げた布だった。
儀式用の布で一瞬だが相手の能力と拮抗する力がある物。
本来は気休め程度にしかならない、それは一瞬の邪魔にしかならないのは、巫薙も知っている。
だが、高木は和也の能力名を聞いて確信していた。
「馬鹿なっ」
巫薙は起こった事象に驚愕する。
放った衝撃波に近い音波が、防がれたどころか吸収されたのだ。
和也の能力レジリエンス スチフネスは物質の剛性や弾性を操る能力だ。
それはすなわち、物質の性質や復元力を操る事。
故に和也は物質の変化や復元に関しては、とても敏感で感知に長けていた。
その能力の副産物として、和也には音波が空気を圧縮変形させるのを感じていたのである。
巫薙のミスは、和也の能力を物質操作系の能力だけとしか考えていなかった事。
巫薙の能力が吸収された種は簡単で、巫薙の能力に当たりを付けた和也は、伸ばされた布を『音波を吸収しやすい物質』に能力で性質変化させたのだ。
「うおおおおっ!」
「なぁっグガッ」
そんな種が解らない巫薙は二度の驚愕による隙を見せる、それを和也見逃す和也ではなかった。
板の様に固まった布を引き寄せる様に動くと、逆上がりの要領で回転しながら巫薙の胸元を蹴り上げた。
昔取った杵柄、オーバーヘッドキックである。
「倒した?」
「グッまだだっ」
「叔父さんっ?」
綺麗に吹き飛んだ巫薙を確認する間もなく、和也は呻き声をあげ倒れた高木に駆け寄る。
「おっさんっ⁉︎」
「大丈夫だ。あの野郎、蹴飛ばされる瞬間こっちに攻撃を飛ばしてきやがった」
「叔父さん、いいから励起法の深度を下げてっ」
「わかってるが……ちと難しいな」
口から血を吐きながら高木が見る先は、平然と立ち上がる巫薙の姿。
「馬鹿な、無傷だって?」
「神宮寺流『息吹剛体』だ。攻撃が当たる瞬間に合わせて身体を固める事で、相手の攻撃を弾く妙技。一線から引いたって聞いちゃいたが、まだまだ現役バリバリじゃねぇか」
胸を押さえながら喋る高木の声は弱々しいが、その眼光はギラギラと光っていた。
それは何かを覚悟した獣の目。
「貴様ら小童には、そうそう追いつけんよ」
「秦の血は潰させん。坊主、奴の隙は俺が作る。千鶴を頼む」
それなりの勝算があって戦いを挑んだが、結果はダメージ皆無と言っていい程。
年季が入った能力者とは此処までかと、絶望的までの差。
この全力で戦っても拙い戦いしか知らない和也は、負ける光景しか見えてこない。
圧倒的な実力差に和也の心は折れかかっていた。
だけど、だけどだっ。
冷静に判断する、この場を切り抜ける術を。
「………解った」
「叔父さん‼︎」
「攫った俺が言うのもなんだが、すまん。そして、ありがとうだ」
「カッコつけんなよ、おっさん」
答えは簡単に出た、それは非情な選択。
だけど確実な選択。
和也はこんな時にまで冷静な判断を行える能力者としての自分を呪いながら、千鶴の手を引いて隙を窺う為にその場を引いた。
話は終わりと千鶴と和也を庇う様に、高木はヨタヨタと巫薙の前へと出る。
「無謀すぎるな高木よ。そこの二人を引き渡してくれればいい事だぞ?」
「抜かせ、巫薙。後ろの二人は俺のっ」
何か大見得をきるつもりだった高木に不幸が訪れる。
ズドムと言う信じられない音と共に、高木がスライドする鉄の塊に潰されながら吹き飛んでいた。
突然のあまりの事態に和也と千鶴だけではなく、巫薙すらも唖然とした顔で凍りついてしまう。
そんな時が凍りついた室内が動き出したのは、人が踏み入る音が聞こえたからだ。
侵入者は少女と長身の男の二人組、二人はそろって同じような黒い戦闘服を纏い、長身の男は白銀のレインコートを羽織っていた。




