挿話 とある能力者の一ヶ月 鶺鴒の声
新海和也は正義を求めていた。
いや、語弊を招くといけないので正確に言うと、『正道』を求めていたが間違いない。
それはルールに則って白黒ハッキリ区別するものではなく、人生と言うモノを道とみたて生きる時、歩く時に人が人として真っ直ぐ前を向いて歩く生き方。
これはとても難しい生き方だ。
正しいと思った道でも間違う事もあるし、石につまずく事もあったり、最悪道に迷う事もある。
では、真っ直ぐ生きるにはどうすればいいのか?
その答えはいくつもある、いや正確には答えは人それぞれ一人一人にある。
そんな無限にもある答えの中から和也が選択したのは、武士道であれば『主』であり騎士道であれば『姫』の様な物だった。
古臭い物語やホコリをかぶった思想と呼ばわれそうだが、和也は思う。
王道こそ正道、使い古されて居るからこその確実性がそこにある筈だと。
隣にいる少女が答えと言わんがばかりに和也は朧げながら見つめ、これからの事を考えていた。
「どうしたのかなぁ?」
突然ながら千鶴は、困惑していた。
原因は、隣で自分を甲斐甲斐しく面倒を見てくれる年上の青年。
三週間前に叔父さんから連れて来られた自分の花婿。
初めて見た時はなんか頼りなさそうな青年で、困惑と気怠そうな顔を貼り付けていた男だった。
和也と入れ替わりに居なくなった、着替えや身の回りを世話をしてくれていた女衆から教えて貰った『うだつの上がらない』男って言うのはこう言うモノかとあの時は納得していた。
だけど先週辺り夢とかの話をした頃から、失くし物を見つけて嬉しそうな顔をしたのを契機に顔は引き締まりなんとなくカッコ良くなった気がした。
それからだ、与えられた仕事に集中しながらも、ついつい和也を目で追ってしまう自分に気付いたのは。
突然カッコ良くかった年上の男性が、自分を見てくれる、笑顔で話を聞いてくれる、一緒に居てくれる。
それだけで千鶴はとても嬉しく感じ、気恥ずかしくもあり、胸を締め付ける程の苦しくもあった。
実のところ困惑の原因はこれ、顔を合わせるのも恥ずかしい状況に自分の心が理解していないのだ。
理解力と解析能力に特化している能力者すらも困惑に陥れる、げに恐ろしきは思春期である。
千鶴は思春期、和也は人生に迷う毎日。
袋小路に追い詰められた小魚の様に、グルグルと回る答の出ない思考。
そんな状況を変化させる、出来事は唐突だった。
そんな風に普通の青春から大きくかけ離れた日々を過ごしていたある日。
和也が連れて来られて約一ヶ月程の深夜、突然の感覚に和也と千鶴は目を覚ました。
「…っ⁉︎ 励起法が使える?」
「物質生成を安定化させている儀式結界が消えたっ⁉︎」
和也は突然使える様になった励起法に驚き、千鶴はこの里の地下に魔法陣のように張り巡らせてある儀式の出力が変わり慌てていた。
元々、地下に張り巡らしている儀式結界は、能力者の励起法や能力を抑える為の物ではない。
『室内狙撃』の話にある通り、この里の地下には巨大な儀式シンクロトロンがあり、能力者の纏う儀式服の材料となる繊維を『物質生成』の段階から作り出している。
この工場の根幹部であり、一番危険な場所だ。
それは何故か? 普通のシンクロトロンは通常原子核『一つ』を別の原子へと変えるが、この儀式シンクロトロンは『分子構造レベル』で変えているからだ。
理論などを割愛して一言で言えば、『普通のシンクロトロンの数百倍近いエネルギー』を使っているのだ、この施設は。
しかも分子構造にぶつけるのはポジトロンと言うモノで、一歩間違うと原子核が多重励起を起こし崩壊・分裂・融合を起こし始める。
ぶっちゃけこの施設は、原子炉と紙一重なのだ。
それを起こさない様にしているのは、安定化の儀式結界『氷河』なのだ。
和也の励起法が使えなかったのは、この儀式結界の範囲内かつ励起法のレベルが低い所為である。(励起法の深度が3以下だと無効化する)
そして今、その結界が無くなり和也は励起法を使えるようになり、千鶴は核融合からのメルトダウンの可能性を視野に慌てていたのだ。
布団から跳び起きた千鶴は最近つくった臙脂色の儀式小袖を急いで羽織ると、PCを起動し工場の監視システムにアクセスし今の状況を確認して行く。
「何が起こっている?」
「敷地全体に設定していた儀式結界が、工場の設備だけになってる」
「どういう事だ?」
「解らない、ただココを含める主要施設へのドア全部のロックが外れてる。いざという時にはこの部屋は、核シェルターにもなる場所だから緊急時には全て閉鎖になるはず。なのに……」
自分の理解の及ばない事態に千鶴は混乱していた。
しかし、和也はこの状況に思い当たるモノがあった。
和也が通うサイファ学園都市。
その学園都市は、古くから能力者による組織によって作られたと言う。
その組織は学園都市を作り上げるに必要な『国の機関』を利用して、町一つを改造したと言うとんでもない影響力を持つ組織だ。
そんな古く強大と思われる組織が、『能力者の保護』をうたって作り上げた学園都市内から能力者を誘拐されて黙ってすむだろうか?
和也はそれは無いと確信している、組織の意志に泥を塗られた様なモノだ。
組織のプライドにかけて、奪還しにくる筈だ。
きっとこの状況は学園都市からの襲撃が始まったのだろうと、和也は考えながら最近考えていた事を実行に移そうとしていた。
ここに連れて来られてから、いや千鶴と出会って彼女の人となりを知ってから。
「千鶴ちゃん」
「はっはいっ⁉︎」
これから話す彼女のこれからを、人生を、生活を、思いを、全てを覆す言葉を伝える為に、和也は想いを視線に込める。
千鶴は微妙に頬を染めている、何か勘違いしている様な気がしたが、和也は構わず口を開こうとした。
その瞬間だった。
ズドンと爆発する様な音と共に、男が部屋に倒れ込むように入って来た。
「叔父さん⁈」
衝撃で開け放たれたドアから、ザザザザッと波が押し寄せる様に複数の人が入ってくる。
服装こそ違うが、そこには一月前に和也を攫ってきた面子が集まって居た。
周りにいる面子を見て和也は気付く、吹き飛んで来た男がリーダー格の男で、千鶴の叔父と言う事に。
「叔父さんっどうしたのっ!」
「チズ、逃げろ」
ボロボロの姿で血が服から滲み始めていた叔父の姿を見て駆け寄ろうとした千鶴を、叔父は手で制すると息も絶え絶えな平坦な声で言う。
「そうはいかんよ?」
空気が変わる。
何が起こっているか解らないが、かけられた声を聞いて、この場にいる能力者は無意識に意識をきりかえてしまう。
励起法が発する余剰エネルギーに、冷徹な殺意をのせた声を聞いたのだ。
叔父が飛ばされてきた扉よりゆっくりと現れる影。
「我々の目的は、そこなる織姫らよ」
「てめぇ、最初からこれが狙いかっ、巫儀‼︎」
「気付くのが遅いわ」
形を成した影は緑の狩衣を着た、神官の様な格好をした壮年の男だった。
否、ようなではない。
彼の巫薙と言う名に入る巫と言う字は、神職の人間に使う字。
それが意味するのは神に使える神官、中でも祭祀を司る人間。
三薙の三神官が一家、巫儀であった。




