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挿話 とある能力者の一ヶ月 罠に掛かる狩人

パタンパタンと機を織る。


「へー、機械じゃ駄目なわけだ」

「そうだよ〜。儀式を使って作られた糸は算数の数字みたいなもので、織る事でX+Y=Z見たいに計算になるの」


等間隔に並べられた縦糸、それの間を走る横糸。

横糸を詰める為にパタンパタンと鳴る機織り機。


「私の能力名は『筆荒び』。叔父さんは私の能力は荒事には向かないけど、万人の役に立つ能力って言ってた。私はよくわかんないけど」


本当に良く解ってないのだろうなと、楽しそうに機を織る千鶴を見ながら和也は心の中で呟いた。

儀式は能力者より多くのデメリットが存在する。

それは発動までのタイムラグだったり、儀式の効果が多岐に渡る代わりに出力が弱いなどだ。

そして一番のデメリットは、能力と違い儀式と言う名の意味通り準備に時間や機材が掛かる事だ。

例えば、とある真言派の儀式使いが行う『万難除け』の因果操作系の儀式には、適切な場所を探して護摩壇を設置し、十人を超える術師の真言の唱和を10時間近く行う事でようやく効果をあらわす。

問題は効果時間が五分くらいで切れる事だ、割が合わない事この上ない。

デメリットは更に個別に幾つもあるが原因はだいたい共通している、儀式自体と言うより根本的なモノが関係しているのだ。

儀式とは能力者の能力と根っこは変わらない。

能力者が認識空間内に演算式による奇跡を起こす様に、儀式使いは儀式と言う演算機を用意し奇跡を起こす。

何一つ変わらないように見えるが、両者の間には大きな隔たりがある。

それは演算速度だ。

以前話した通り能力者は周囲の環境データを随時演算しながら状況に合わせて能力を行使している。

実はこの計算量はかなり膨大だ、一番少ない計算量でコンマ一秒でDNAの量と同じくらいのモノ。

PCで例えるともっと分かり易い。

能力者がPCだと、演算式はプログラム演算機はまんまプロセッサだ。

そして儀式はOSの様な物だ、演算機がPCではなく手打ちの電卓と言うオチが付くのだが。

ともかく、能力と儀式の違いは数多くあるが大体がそんなモノである。


「千鶴ちゃんの能力は役に立つよ本当に」


千鶴の横にあるディスプレイにうつる、和也は儀式演算式を見ながら苦笑いをする。

彼女の能力は、簡単に言うと一般の人間でも能力が使える様にする道具を作るモノである。

そしてそれが世界的に流布とまではいかないが、裏の世界に流出した場合の危険性が和也にはわかる。

能力者の能力と励起法と言う人知を超える奇跡に、状況に合わせて使える技術を基にした奇跡を加える様な物だ。

技術が渡る人間によっては、核やBC兵器何て目じゃない被害がでるだろう。

だがしかしと和也は考える。


(儀式布を演算領域と見立て、最適解を高速演算しやすい様に区切っているのか? いや能力者に合わせて組み上げている? こんなの秦氏しか理解できないじゃないのか?)


ディスプレイに映る、普通の人間どころか計算をよく行う能力者の自分でも意味がわからない演算式が和也の口を引きつらせる。

何に使うかわからない膨大な数の演算式、こんなのを使えるのは秦氏しかいない。

いたとしても上位能力者か、そんな彼らを使う組織。

だとしたら…。


「なぁ、千鶴ちゃん」

「なあに?」

「これは何に使うか知ってるかい?」

「知らないよ? おじさんとかが~に使えるようなとか、~効果がでるようにとか頼んでくるんだー」


それを聞き、和也は表情を取り繕いながら心の中で渋面を作っていた。

能力者に作る服のほとんどは戦闘服だ、それを知らずに作らされているのだろう。


「泥沼一直線だろう…これは」

「………?」


何も知らない儀式具作りの少女、それに宛てがわれた花婿、そして今の世界情勢。

例えばこのままここに居たとする、すると彼女の秘密を漏らすわけにはいかないので一生ここで飼い殺し、子供でも出来た日には身動きも取れなくなる。

一緒に逃げたとしても追っ手がかかること間違いない、世界情勢を考えるとばれた時点で追っ手がドンッさらに倍になる事この上ない、しかも苛烈な争いになる確率はかなり高い。

下手したら裏の世界の戦争の引き金に…。


「千鶴ちゃん、今何かやりたいことはあるかい?」

「やりたい事?」


未来の、いや自分の未来の事をだけを考えていて和也は肝心な事を忘れていた。

それは彼女の意志。


「夢ってわかるかい? 自分が大人になったらこんな事したいとか、あんな風になりたいとか?」

「私はもう大人だよ? だって機織りは大人の女しか出来ないって言ってたし」

「ああ、ごめんよ。大人じゃなくってもうちょっと大きくなってって事だよ。今まで君はずっと機を織って生きていた。ほかに君はやりたい事はないのかなって思ったんだ」

「やりたい事?」


和也に言われ、千鶴は旗を織っていた手を止めて彼の方へと向き合う。


「あるよ」

「なんだい?」

「友達。友達を作る事。昔ね、歌の本を貰った時に歌詞に書いてた。友達百人って、作れるかな?」

「…ああ、多分。いやきっと作れるさ」


和也は嬉しそうに笑う彼女にそう言うと、自分の中に眠っていた感情が意志を持って目を覚ましてきたような感覚に囚われる。

まだ能力者と自覚していなかった時期の自分、潔癖気味の正義感が叫んでいるようだ。

物心つく前から監禁して自分たちの利になる様に使う大人を許せるか?

楽しいという感情も知らず育つ少女を助けなくていいのか?


「安っぽい正義か………上等だ」


己の裡より聞こえる声に、和也は数ヶ月振りに心の力が戻った気がした。

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