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挿話 とある能力者の一ヶ月 畦道の襲撃者

少し時間を巻き戻す。


それは奈緒美達が秦氏の本拠地に乗り込む一月前の話。

その日、新海(しんかい) 和也(かずや)は、学園都市の端にある田んぼ道を通り家路に歩いていた。

彼の足取りは重く、暗い夜道で歩く姿は百鬼夜行の魍魎の様。

別に肉体的に疲れている訳でもない。

何せこの学園都市の大学部に入る前は、スポーツが盛んな地元の高校でサッカーをやっており、体力には自信がある。

疲れているのは精神的なモノだ。

安い服で有名な『かわむら』の服で統一した冴えない格好、長身で肉厚な身体だが猫背気味の姿勢がその雰囲気を助長している。

さらにここ一年間近くで染み付いた憂鬱な表情が、暗い夜道にマッチして見た感じが闇を背負っている感じを醸し出している。


「はぁ」


ため息すらも淀んでいるじゃないか? と和也は自嘲しながら夜空を見上げる。

実際この一年半近くは苦労の連続だった。

一番最初の始まりはサッカーの全国大会の優勝からだった。

元々は趣味で始めたサッカーだが、どうやら才能があったらしくメキメキと実力をあげて、『中原の覇者』と呼ばれる程の実力をつけていった。

最終的には冬のサッカー甲子園と呼ばれる大会に、優勝するチームの主将を務めると言う成績を残すが、まさかそれが今の境遇になる原因とは和也は思わなかった。

新海和也は能力者である。

彼の能力は『レジリエンス スチフネス』と言う、弾性や剛性を操るまんま名前の通りの能力だ。

実は能力者と言うのを知ったのは、皮肉な事に優勝した夜の事。

その夜は今を思えば妙な胸騒ぎがする日だった。

泊まっていたホテルのロビーに一人でいた時、その時の事は今でも忘れない。

とある企業で働いている『細目(ささめ) 公一(こういち)』と言う小太りの中年が話しかけてきたのだ。

最初は優勝した自分に対して、有名なユースからのスカウトマンだと思っていた。

しかし、最初の言葉はそんなことじゃなかった。


「思えばあれからかぁ。あの年で人生が変わるとは、思わなかったよなぁ」


その男が最初に言った言葉は『自覚はあるかい?』と言う、スカウトと言う事から外れた言葉だった。

そんな事いきなり言われても分かるはずもなく、返した言葉はハアと気の抜けた様な声だけ。

その流れだけで全て理解したのだろう、細目と名乗った男は得心したとばかりに頷いて、俺に色々な事を教えてくれた。

世界には能力者と呼ばれる人種がいる事。

能力者とは、普通の人間から考えると奇跡の様な力を行使する事。

それ以外にも身体強化を行う励起法と呼ばれる技術を持ち、得意不得意があるものも全ての能力者が使える事。

そして和也自身も、その励起法を微深度ながらも試合中に使っていたと言う事を。

和也は何と無く能力と言うモノを理解していた。

何せ少し集中するだけで、身体能力が引き上がった感じがしたり、ボールがよく飛んだりしたからだ。

話に対して疑う以前に和也は、ストンと何かにはまり込む様に納得していた。

しかし納得した反面、享受出来ない事が浮かび上がる。


「あれは参ったよな〜」


今じゃすっかり吹っ切れたが、その事実にあの頃の自分は衝撃を受けたのだろう。

あの頃の和也は少し潔癖症気味に不正を嫌っていた。

ラフプレーなんて以ての外、正道を外れた行いなんて部員に許しはしなかった。

よく部員にも怒鳴り散らしては、当時の顧問やマネージャーにもよく窘めらる日々だったのを和也は今更ながらマズイ事だと反省する。

あの言い方と態度はないわーと。

扱いは黒歴史見たいなモノだ。

そう言う事もあり、和也は許せなかった。

そう自分が、だ。

スポーツマンシップに則ってフェアプレーを目指した自分が、能力を試合に使ってしまい、公平さに泥を塗った様なモノ。

そう感じてからは話は早かった。

その日を境に身体は鍛えはするがサッカーをスッパリと辞めたのだ。

数多くのスカウトや、大学からのオファーも断った。

サッカーに関する事を徹底して切るという潔さ。

しかしながら話はそれでは終わらない、潔くキッパリとした判断だがそれは結局の所『和也自身だけ』の都合。

最初は部員に何故と詰め寄られた、次にマネージャーに悲しそうな目で見られた、校内の同級生達に不思議なモノを見る目で噂された。

終いには弟には罵倒され、母親には呆れられ、父親は無関心を決め込まれる始末。

「あれが針の筵って言うんだな」と和也は心で呟く。

今思えば、あの頃の自分は輝いていたんだろう傍若無人に。

他人の都合や想いを無視し突っ走っていた。

普通そんな事をすれば、周りが窘めてくれたり止めてくれたりする。

しかし、自分は耳を貸さずに止まらなかった、いや周りも勝利と言う結果を出す自分に期待して止めれなかったのだろう。

そんな一方通行な人間関係に、軋轢が生じない訳が無い。

そんな結果がこのザマだ。


「周りの視線に耐えきれなくて逃げる様に学園都市に来て。細目のオッサンのツテで働きながら学費を稼ぐ、うらぶれた勤労学生なんだよ俺は。そんな俺にあんたら何か用かい?」

「気付いてたか」


和也が猫背気味の背を伸ばすと、畦道に立つ彼を囲むように男達が立っていた。

その中の一人が和也を無表情に見つめ、呟く様に口を開く。


「新海和也だな? 我々と共に来てもらう」

「来てもらうってな、俺にも都合があるんだけど?」

「時間がない。全員『五行陣』で囲え」


和也の主張を無視して、リーダーと思わしき男を除いて彼を中心として五角形を描く様に囲む。

彼等の手には刺股と呼ばれる捕獲用の獲物。


「俺は犯罪者じゃねぇーっての」

「犯罪者より危険だろ? そもそも能力者自体、人の法に当てはめるのもおかしいと思わないか?」

「はんっ、生まれてこのかた社会的に犯罪に手を染めた事ねぇよ。能力者の別枠を作って好き勝手やる奴や、犯罪者のお前等と一緒にすんなっ」


次の瞬間、和也の身体が畦道に大きく沈んだ。


「何っ⁉︎」


それは和也の能力『レジリエンス スチフネス』の力、畦道の持つ剛性を低下させ弾性を上昇させた結果だ。(物質の分子間力を広げ、伸縮性を増強する)

励起法の出す励起波が和也から出るやいなや、彼の身体は大きく空を舞っていた。


「剛性率を操る能力者かっ‼︎」


リーダー格の男が驚いていた。

包囲網から抜けながら和也は、高校卒業前に受けた能力者講座を思い出す。

近代に至る前まで、能力者は火を出したり水を操ったりと自然現象を主体とした能力が主だったらしい。

それこそ和也の様なモノを柔らかくしたり弾力を上げたり何て、分子結合の操作と言う一歩踏み込んだ使い方何て能力者は最近多い。

本質が変わったのではなく考え方や科学技術の発展、いわゆる時代が変わったと言う証左だ。

だから今驚いているリーダー格の男は、驚いている事から少し古い人間なのかもしれない。

なんて考えながら、彼等から遠く離れた場所に着地する瞬間。


「なぁっ⁉︎」


足に布が絡みつき和也を空中から地に落とす。


「舐めるなよ小僧。この俺から逃げられるたぁ、簡単に考えるなよ? 全員対能力者装備だ」


足に絡む長い反物の様な布、囲まれそうになる今、早く外さないとと和也は焦る。

しかし、布は硬く足に食いついた様に外れない。

囲まれる前に外すために、躊躇いなく励起法の身体強化で破壊する事を決めたが…。


「何だって⁉︎」


励起法を使った瞬間、身体を強化するエネルギーが布に吸収されたのだ。

布が淡い赤色に光る、単色だった布が絵柄を描く様に。


「封印型の儀式布かっ」

「いかにも。だが、気付くのが遅いわっ‼︎」


それは結界や封印の儀式を込められた儀式で編まれた布。

マズイと考えながら和也不完全な励起法で布を振り払おうとするが、リーダー格の男が言う通り遅かった。

四方八方から布が和也に飛びかかり、手に足に首に顔にと布が巻き付く。


「悪いようにはせん、安心しろ。我々と来て貰おう」


身体中に巻き付く布は和也を、さながらミイラの様に拘束する。

唯一自由な左目で最後に見たのは、リーダー格の男が歪に笑う顔だった。



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