高速戦闘
法師。
その能力者の力は凄まじい。
辰学院に眠る数多くの文献を紐解けば、因果律の操作・無から有の創造・時間操作などが挙げられる。
解りやすく言えば何もない所から『パンやワインを出現』させたり、『槍を必ず命中』する様に因果干渉したり、『意識のみを未来に時間移動』させたりする様なモノである。
既存の科学知識や儀式ですら理解が出来ない、正に神の力だ。
そしてその力は、能力者の能力の強さと絶対性にある。
それは、能力者の持つ演算野の性能と認識空間把握能力の関わりが大きい。
その意味は………。
「グッ、何だい⁉ これは」
そのプレッシャーにも似た気配に石田は、慄き逃げ腰になりそうな身体を下腹に力を入れ無理やり抑え付ける。
「アレク‼ 気張りな‼」
「う、うん。大丈夫」
横目で見れば、銃身を抱えて身体をガタガタと震わせるアレク。
身体と心にかかる重圧に考え至った石田は、こいつは不味いねと呟いた。
「エミ、これ何?」
「なんて事ない、ただの強力な『神域結界』さ」
「僕、これ始めて。……コワイ」
本当に不味いと石田は再び呟く。
能力者の持つ神域結界は、通常約10m程と言われている。
これは操作系の導士が安定して能力が使える範囲だ。
いくら広いと言っても15m程が限界のはずである。
しかし、この神域結界を使う相手は約10部屋先きの30m程の距離がある。
しかも、障害物がある状態でだ。
神域結界とは能力者が把握した上で空間を掌握している状態を言うものだ、この規模で強度ははっきり言って尋常ではない。
その事から相手の能力者の質が解る。
「強力な導士。いや、おそらくは法師」
何で化け物がこんな極東の片田舎にと、石田は悪態をつく。
「エミ、法師って何?」
「神々の系譜、能力者の頂点に立つ化け物の事さっ。アレク仰角20、距離30‼」
「ラジャ」
何かに気付いたかの様に石田は指示を出す。
石田の能力で部屋から飛び出す小柄な身体を感知したのだ。
彼女の指示通りアレクは銃口を向ける。
能力を発動した彼の目には、白い線がうつっていた。
それはアレクの能力『ラインメーカー』の力。
その能力は自分から放たれた物の行き先が解ると言うシンプルなモノ。
野球のボールを見えるラインに沿う様に投げれば、抜群のコントロールを持つピッチャーに。
ゴルフボールをラインに沿う様に打てば、百発百中でホールインワンを狙えるゴルファーに。
アーチェリーを引かせれば、誰も追随出来ない金メダリストになる。
そんな能力を、アレクはスナイパーライフルを使い撃つ。
30m先にいる相手に向かい三発。
銃弾はアレクにしか見えない線に乗り、狙い通り石田が設置して置いた金属の反射板に当たり、ローレンツ力に引かれて有り得ない程に曲がり侵入者に襲いかかった。
今度こそ殺ったと確信するより早く、石田から指示が間髪入れずに来る。
「アレク、場所がバレた以上移動するよ」
「えっ?」
「さっきの神域結界はコッチの場所を割り出すだけの奴さ。撃った時点で奴らに場所がバレた。バレたら移動、スナイパーの鉄則さ」
石田が反射板に銃弾を数発撃ち込みながら移動を促す。
アレクは頷きながら、別の部屋に移動するべくライフルを抱きかかえ……
「アレクっ!」
アレクの視界が一瞬ブレる、次の瞬間に身体に走る衝撃。
彼は自分の身に何が起きたか解らなかったが、直ぐに理由が解った。
石田に蹴り飛ばされたのだ。
何故と戸惑うより早く、理由は知れる。
アレクがいた場所を数発の銃弾ないだのだ。
「っ⁉」
「馬鹿っ立ち止まるんじゃないっ‼」
「何だ、二人居たのか」
「チィイイッ‼」
石田が早く行けと促すより早く、龍の角がついた仮面を被った思惟が踊り込む。
銃口を向け思惟を牽制しようとするが、それより早く思惟の手が閃いた。
「苦無? 飛針? 和釘かっ!」
銃口に衝撃を感じ、見れば金属の棒がそこに突き立っていた。
丸い形の釘ではなく、横から見ると犬の横顔の様に特徴的な形をした犬釘と呼ばれる和釘。
「正解っ!」
石田は銃を真上に投げ捨てると、腰に装備していたナイフを持ち構え、そのまま振り抜く。
「甘いっ‼」
「甘いのはあんたさっ!」
振り抜いたナイフはアッパー気味の掌底に、下からの衝撃で腕ごと打ち上げられる。
しかし石田はそれを二手三手先まで読んでいた、腰にもう一つ装備していた儀式呪紋処理済のナイフを思惟の首めがけて投げる。
「チィイイッ‼」
だがそれは予想外の手でふせがれる、思惟の手が高速で飛来するナイフを蛇が絡め取る様に奪ったのだ。
その光景に唖然としそうになる石田だったが、直ぐにチャンスと気付く。
ナイフを絡め取る手と打ち上げた手は別の手、石田の目前の思惟は手を広げ身体の前面を無防備に晒している様なモノだ。
打ち上げられた腕を、瞬間的に励起法で引き上げた身体能力で無理矢理引きつけ、ナイフを思惟の胸へと突き立てようとした瞬間。
石田は反射的に叫ぶ。
「アレクッ‼」
絡め取られたナイフが勢いを殺さぬまま、アレクに放たれたのだ。
励起法を使う能力者同士の戦い、まだ幼さの残るアレクには、戦場に存在する突発的な出来事に対応する術はなかった。
ガキンッと金属同士がぶつかる音、見ればアレクの持つライフルの銃身にナイフが深々と突き刺さっていた。
石田はアレクに怪我が無かった事に安堵する。
が、それと同時に致命的なミスに、流れる冷汗が止まらない。
「どっちが甘いのかしら?」
アレクへ意識をやったのはコンマ一秒にも満たないが、超高速戦闘を得意とする能力者同士の戦いにおいてそれは致命的過ぎるミスであり、それを見逃す思惟ではなかった。
気付けば胸の中央、肋骨をつなぎとめる胸骨と呼ばれる骨の真上に思惟が拳を添えていた。
「あっああああっ!」
「遅い」
石田が反撃するより、思惟の動きの方が早い。
彼女は見る。
密着した拳が捻じりながら開き、肩や腰膝から足首全てが滑らかかつ竜巻の様に激しくうねり、その力を伝播させた掌が身体を貫く光景を。
「がっぐぶ。螺旋勁、か……」
「残念、纏糸勁よ。近いけど……何だ気絶したか、手加減したんだけどなぁ」
「阿呆、能力者しかも戦闘専門の螺旋勁を喰らって意識保てる奴の方がおかしいといい加減気付け」
石田が糸の切れた操り人形の様に倒れた後、壊れたライフルを抱えたアレクは茫然と座りながらその光景を見ていた。
「だから、纏糸勁だって」
「どっちも変わらん」
「かわるわよっ‼ もう」
会話をしているのは入り口から悠々と言う表現が、当てはまる様に歩いてくる人物だった。
グレーの戦闘服に、臙脂色の裏地のカーキ色のコートを着込んだ金髪碧眼の男。
石田を倒した思惟と軽口混じりに話しながらも、その目はアレクを見つめている。
それは獲物を前にした獰猛な獣の様で。
「うん? この坊主、倒れた?」
「あんたね。それだけ強い神域結界は、あるだけで普通の能力者は精神削られるんだから。子供なら尚更よ」
「まいったな、これから………」
意識を沈み込ませながら、アレクは祈る。
次起きた時は、家族がいた何もない寒村でありますようにと。




