海幸山幸
「まぁ何にせよ、相手の能力の目処はついた。問題はどうやって無力化するかだ」
「私が行った方が早いんだけど?」
「アホ。蜂の巣になるぞ」
イギーと思惟は引っ切り無しに撃ち込まれて来る弾を避けながら、今からの事について話していた。
「何でよ」
「相手の攻撃方法が一種類とは限らん。もし自分だったら、自動小銃を用意するな」
「…成る程。遠距離では点、中〜近距離では面の攻撃か」
それは近代の戦いではよく見る戦法であった。
遠距離ではワンショットワンキル、中〜近距離では面で制圧すると言う近代的な基本の戦い方。
「しかも、狭い通路を面で制圧されたら避けられない。……強引に行く?」
「馬鹿な、奥の手を出すのは窮地に陥る時だけだ。少なくとも今じゃない」
強引な奥の手、それは励起法の深度を今以上に引き上げる事。
今現在の彼等は、励起法深度2を持続させて使っている。
指数乗数で強化する励起法において、今の身体能力は既に超人の類いになっている。
しかし、彼等の励起法の最大深度は5を超えていた。
その域はマテリアルライフルの弾すらもポップコーンを当てられたと感じるモノだ。
思惟の提案はそれで強引に押し切るかと言うモノだったが、わざわざ手札を晒すなんて有り得ないとイギーが止めた。
「じゃあどうするのよ」
「任せろ」
そう言いながらイギーが取り出したのは、鈍い光を放つ鉄の塊。
拳銃だった。
奈緒美達は迷宮、イギー達は潜入。
そんな二組とは別の組、宗像兄弟の戦いは激しさを増していた。
公民館の裏にある運動場と思わしき場所、広く障害物がない開けた場所の真ん中で二人は背中合わせで立って居た。
「兄さん‼」
「応よっ‼」
二人は囲まれていた、彼等を中心に同心円状に約20メートル強。
囲む人数は16、全員が銃器を持ちその銃口を二人に向けてマズルフラッシュを瞬かせていた。
二人に襲いかかる銃弾、しかしその鉛の弾は届かない。
兄の双角が持つ弓を矢も持たずに鳴らすと、二人に向かう銃弾が何かに阻まれたかの様にパラパラと跳ね返ったのだ。
「チィッまたか、儀式刺叉を使い捕らえろ!」
その力を見た囲っている男達の一人から号令が掛かると、銃器を持つ人の間から刺叉(U字の金具に棒をつけたモノで、捕縛用の武具)を構えた男達が現れる。
「早々、簡単にはいかない」
それを見た宗像弟、士郎は手に持っついた釣竿をしならせる。
すると釣竿の釣り針に引きつけられたかの様に、刺叉が宙に浮き男達の手から奪った。
それを見て激昂するのは中年の男性、ずんぐりむっくりとした達磨の様な身体に厳つい顔にカイゼル髭をたくわえた個性的な人物。
「うー、貴様らっ、弛んどるわっ! たった二人になんたる失態っ」
「いやいや、仕方が無いですよ荒巻さん。あの二人は多分戦闘特化の能力者ですって、この村には生産系の能力者しかいないから無理です」
そう言いながら達磨の様な男『荒巻』に、やんわりとフォローを入れるのは小動物の様な可愛らしさを持つドングリ眼を持つ美少年だ。
『荒巻 重慶』と『勅使河原 雲雀』、二人はこの場を任された警邏を纏める人物である。
そんな二人をうかがいながら宗像兄弟は小声で話していた。
「作戦通りってところかな?」
「今のところは、な。だが完全にイギーのシナリオ通りとはいかないが、奴が作ったテンプレートの範疇から逸脱がない。奴は化け物か」
「今更じゃない?」
作戦と言うモノは、相手の戦力や地形・自軍の戦力などを盛り込みたてるモノだ。
しかも複数の人間によりしっかりと考えて立てるので、あらゆるイレギュラーをも想定して対応策を考えるのが普通。
しかし、イギーはそれを一人でやる。
「まあ、慣れているって言ってもホント化け物だよね」
「噂が真実味をおびてくるな」
「先輩が『軍神』に連なる、もしくは『八方塞』の一柱ってやつ?」
学園都市の武闘派の派閥には、事しめやかに流れる噂があった。
エッグハルト・ヴィオ・バーンブルグは軍神、もしくはそれに連なる『八方塞』の一員なのではないか?
そう言う噂が流れるには原因があった。
一つは彼の学力、余り公になってないが大学部三回生の時点で流体力学の博士号を持っている。
二つは学園都市の運営を行う八方塞に直談判をして勝利を勝ち取り、尚且つ学生会を作り上げた事。
最後に未だに彼の能力を知る人間がいない事だ。
一つ目と二つ目の理由は学生会の能力者がよく知る話で、彼の能力の高さをうかがい知れる話であるが、問題は最後の一つ。
誰しもがイギーの能力を見た事がないのだ。
いや、語弊がある。
正確には知っているであろう人物も、のらりくらりと話をそらす事実。
しかも、実際彼に相対すると、圧倒的な存在感と励起法の出す励起波の強さに慄く事となる。
そんな理由でイギーは高位の能力者じゃ? と言う話から噂に繋がったりするのだ。
「本人も否定も肯定もしないもんだから、色々な憶測が飛び交っているけどね」
「それすらも奴の掌の上の話が恐いな……まあ、奴が味方ならばこれ以上頼もしいものもない。さあ、シナリオNo.4′だ気を引き締めろ‼」
周囲からの圧力が強まる中、二人は不安の欠片もない表情で駆け出した。




