影法師と偏在するモノ
淨との話に不満と疑念を感じながらも奈緒美は教科書片手に、学園都市の敷地を歩き回っていた。
能力者と言う人種は強力な力を持っており、総ての能力者が最初から自由に振るっているように見えるが実際はそうではない。
能力者と普通の人間との違いは、能力の根源たるたった三つだけだ。
それは範囲型絶対認識能力・超高次元的解析能力・認識空間内操作がそれに当たる。
簡単に言えば入力・処理・出力と言う三つの要素に分けられる。
よく考えてほしい、普通の人間を大きく凌駕するその力はその三つだろうか?
それは違う。
たとえ能力者といえども、その三つだけでは特殊な装備を持った普通の人間に負けてしまうだろう。
では人間を凌駕するその力とは何か? と聞かれればその三つを使う技術、もしくは運用する技術を身につける事にあるのだ。
分かり易い例で言えば本編の水上誠一が分かり易いだろう。
彼の能力は『水系の理』と言う体内の水分を操作し、身体強化を行うものだ。
しかしその身体強化のみでは、集団戦や一対多数においてなどでは誠一は弱いままである。
彼自身を強くしている理由は励起法による乗数強化と、彼が使う『護天八龍拳』による戦闘技術に依るところが大きい。
だらだらと説明したが、手っ取り早く言えば能力者の人智を超えた力は、能力者の技術と運用に元になっている。
知識を溜め込み知恵として使い、修練を重ね技と成す事により人智を超えるのは、さほど普通の人間とは変わらないのだ。
と言う訳で、奈緒美が歩き回る理由とは自分自身を鍛える修練としての場所を探しているからだった。
彼女自身の鍛錬の進みは同年代の能力者としてはだいぶ遅い。
能力者としての鍛錬の時期は一族や共同体などの集団によって色々だが、平均的に小額っこう低学年のころから徐々に行うのが一般的だ。
初めは体作りに始まり、体捌き通常の人間と同じ鍛錬を行い、励起法を教えその流派に伝わる能力者特有の『儀式打ち』という流れで教える。
指標として奈緒美の十四という年齢と同じ能力者はどれぐらいまでやれるかと言えば、大体が儀式打ちまでは覚えて使えるかどうかが普通だ。
だが奈緒美は同年代の能力者たちと比べると、励起法までしか使えず体捌きも少々つたないと大幅に遅れていた。
それは一時アメリカに留学していた事もあるが、彼女の両親が死んでしまった事が関係してた。(変わる世界『大戦』参照)
彼女は妹を食べさせる為に、両親が残してくれたお金と人脈を使い生活の基盤を整えるべく、鍛錬を疎かにしながら孤軍奮闘していたのだ。
とは言え能力者とは危険と隣り合わせが代名詞の人間だ、力あるものは何かしらの危険を呼び寄せる。
力を持たないと言う選択肢はありえない。
しかし同年代と能力者としては劣っている、そのような意味ではなく彼女は少々焦っている。
その焦りの意味は今から先の未来のことだ。
木に囲まれた芝生を見つけた奈緒美は本を置くと、ゆっくりとストレッチをしながら励起法の深度を0.1%づつ上げていく。
体がほぐれてきた所で奈緒美は足の運びを確認しながら、日本舞踊のような演舞を始める。
ゆっくりの様で早い動きながら頭がぶれない、身体の動きは流麗にして間断がない。
そしてその動きは段々と早く激しくなっていく。
これは代々『守部神道流』に伝わる鍛錬法で、正確さとスピードを引き上げるための鍛錬法である。
神道流は祖である『古神月刃剣』から分かれ、八つの神道流へと流れを組む。
分かれた神道流はそれぞれ特色があり、得意とする戦法や戦術・戦技がある。
例えば三剣神道流は対一の戦術よりも、戦略などの集団戦や一対多数の戦場を得意としたり、天子が使う霧島神道流は一族の身体能力を基礎とした超高速戦闘を得意としたりする。
そして奈緒美や彩が使う守部神道流は、一言で言えば柔。
組み技を主体としたカウンター系の技を得意とする。
この練習法は身体を作りこむと同時に、技を身体に覚えこませる事を主としている。
しかしながら、その様な地味な練習は集中してやる事が一番効果があるもの。
奈緒美のように心に焦りが生まれているような修練の仕方は、あまり良い結果は生まれない。
彼女の動きは時間が経つにつれて、ブレや荒さが生まれてきていた。
そんな中、彼女にかける声があった。
「集中がなってないな、中心線にブレが出ているぞ。ついでに励起法の出力に波がありすぎる、実戦じゃ使えないとおもうが?」
不躾というより傲岸不遜と言う様な声が、奈緒美にかけられる。
動きを止めた奈緒美がゆっくりと声のするほうを見ると、暖色系のジャケットを羽織った金髪の青年が人の悪そうな笑顔で彼女を見つめていた。
顔の作りは優しげだが、人を食ったような口調と悪そうな口元がアンバランスだが妙にマッチしている青年。
金髪碧眼の顔の整った青年でここの学生、そんな人物は奈緒美は一人しか知らない。
三年生のエッグハルト・ヴィオ・バーンブルグ、海外からの留学生かと思いきや日本育ちで日本人らしいドイツ人とのハーフらしい。
らしいと言うのは、同じ学年の女性の友達に聞いたからで、顔が良いと言うだけで男が女性にもてる昨今、それを大言しているような人物だからだ。
しかし、噂で聞いたような人間と目の前の人物は違いすぎる。
訝しげに目を細めながら奈緒美は聞く。
「あなた誰?」
「何、何処にでもいる様な変哲もない、ただの能力者さ」