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影を動かす光の名

コンコンと来客を告げるノック。

重金淨は研究結果から今からの研究方針を考える思考を止めると、どうぞと声をかける。

すると跳ねるように開かれる扉から人影が、躍り込むように入ってきた。


「教授ーっ!!」

「どっどうした!?」


入ってきたのは涙目の奈緒美。

姿を見れば彼女は所々をボロボロになっていた。

トレーニングウエアの緑色のジャージの所々が破れ、そこから覗く肌が赤く腫れている。

その散々たる惨状に何があったと思いながら、教授はもうひとつの変化に驚いていた。


「実は宗像さんとイギーの鬼に騙されて、霧島の人間と…」


一生懸命に喋る『年相応』の口調と表情の奈緒美を見ながら、淨は苦笑いの混じった笑顔で奈緒美の話を聞いていた。


「教授!! 聞いてます!?」

「聞いてるよ。勢いと流れに乗せられて、霧島の人間と訓練したんだって?」

「あれは訓練と違います!! 拷問です!! いくら相手の力が段違いの化物って言っても、一歩間違えればコウですよコウ!!」


手のひらで首を切るジェスチャーをする奈緒美は、淨の事はお構いなしに話を続けている。

立て板に水の様に喋る彼女の話を聞き流しながら、感慨深く微笑んでいた。

彼女を初めて見たのは教務課の事務室。

研究費の決算と教育計画を教務課に提出している時だった、横目で見たうつむき加減の少女いたのだ。

視線が下を向き、何かに耐える様に悲痛な表情をした少女。

その凍った表情を見て心に引っかかりを覚えた淨は、後日彼女の事情を知る。

彼女の心は縛られていた。

自分たちを残して死んだ両親に悲しみで、残された家族を憂い、自分の未来が見えないことに。

あの時の表情は、その全てを背負い歩き続けることを選んだ表情だったのだろう。

彼女を見た瞬間から、この学園都市の教師である重金淨としては放っておけなかった。

色々と気をつかいながら、淨は考えた。

心の傷や重圧なんて物はそう簡単に治るものではないし、取り除いたからといっても一過性に無くなるものでもない。

だからこそ彼の方針としては、時間をかけて何とかするつもりであった。

しかし、


「イギーさんってホンッと酷いんですよ。この間だってですね、私におでんダネのちくわとちくわぶの違いを出鱈目な事を言って恥かいたんですよ………」

「君が普段学校でどんな会話をしているかが心配だよ」


そうイギーだ。

彼の介入によってガラリと状況が変わった。

今日の彼女の表情を見れば、それが顕著に出ている事が解る。

淨としてはイギーはとても恐ろしい男だと認識していた。

彼と出会ったのは教授会の会議場所でだ。

突然乱入してきて、言葉巧みに参加を認めさせ、プレゼンをして学生組合の有用性と必要性を説いて、学園都市に認めさせたのだ。

最初はとても優秀な学生だと思っていたのだが、他の教授から聞いた話でその恐ろしさを知る。

イギーはあらかじめ教授会に出る教授に根回しをしていたのだ。

賄賂・懐柔・脅迫・説得・論破と、教授会の過半数に手を回していたらしい。

たかが学生の中で、そこまでの事をするイギーに一時期呆れてはいたが、とある事に思い立ち恐ろしくなった。

それはもしかしてイギーは、『何かをする為に実験をしているのではないか?』と言う事実だ。

それは本人の口から聞いた言葉ではなく、あくまでも推測になるが、淨にとってはそれが真実にしか思えないほどの状況証拠が残っていた。

優しげな笑顔の下、あの男はどこかしら底知れない恐ろしさを秘めている。

時折胡散臭げな笑顔を浮かべるのも計算通りなのではないかと思うほどに。

今回の件だってそう、どこからか聞いて来たイギーがそっと協力をすると打診してきたのだ。

それからあの男は自分の手駒を増やすかの様に、奈緒美の妹を育てるための資金繰りと守るための力が欲しいという欲求を利用して組合に入れる。

奈緒美の人に頼ってしまう借りを作ると言う罪悪感を消す為に、自分が悪役になり気づかせない様に弄るという徹底ぶり。

淨はあの男が目の前の少女を使って何をしようとしているか、何を考えているかわからないが一つだけ解った事がある。


「教授、ホントーに聞いてますか!?」

「ああ、聞いてるさ」


目の前の少女の表情が年相応に戻り始めた事は、決して悪い考えで行った結果ではないと言う事だ。

存外、あの男も情もある人の子なんだと淨は声もなく呟いた。


「ちょっと教授!! ホントーに聞いてます!?」

「はいはい」




「で、少しは落ち着いたか?」

「はい、あまりの事に醜態を晒してしまいました………スミマセン………」


命の危機というストレスで混乱状態の上に、今までの鬱屈としたモノが吹き出していただけであった。

それを一気に吹き出してしまえば冷静になるのは当たり前で、奈緒美は今現在顔を真っ赤にして俯いていた。


「まあ気にしないことだ、誰しもそういう事はある。何かあったら私で良いなら話は聞く」

「はい、ありがとうございます…」


消えていきそうな声で答えると、奈緒美はそれきり黙ってしまう。

恥ずかしくて顔を見ることもできないのだろう。

しばらく部屋に沈黙が流れた。


「あっあの、早速ですけど。あの、今日会った霧島って人は、どんな人なんですか?

「ん? どんな? また大味な質問だな?」


一旦落ち着いて、話を変えるべく奈緒美はまだ赤い顔を上げて淨に質問してくる。

それは今日一日での一番の疑問だった。


「教授は私の能力をお知りになってますよね?」

「あっあー。成程な、霧島の心が読めなかった。そういう事か?」


コクりと奈緒美が頷くと、淨は困ったかの様に腕を組んで悩みだした。

奈緒美には今回の一件において、疑問があった。

励起法を使っていなからといっても、相手の位置が一切感じられなかった事である。

励起波の波動を感じられないのは励起法を使っていないという事で解るが、では何故相手の精神波による相手の居場所もしくは考えが読めなかったかだ。

奈緒美の能力は、相手の脳神経から漏れる脳神経のインパルスの余波を読み取り心を読むという能力である。

これは能力者の励起法の副産物・励起波によってかき消され易い物。

励起波がなければ精神波、精神波がなければ励起波で居場所はだいたいわかる筈なのだ。

しかし今回はどちらも感知できなかった、ありえないのだそういう事は。

これは奈緒美にとって死活問題というほどの重大なものだった。

だからこそなおみは聞かねばならい、その答えが返ってくるのを。

だが、淨の方は少々困っていた。

能力者の世界において、簡単に能力者の能力は教えてはいけない事は暗黙の了解だからだ。

ましては、この話は自分の話ではなく他人の話。

余計はばかれるが淨は、ここでイギーのこの一件におけるもう一つの目的に気づく。

本来なら話してはならない事だが、イギーのもう一つの目的を考えると成功した場合のメリットとデメリットを考えると、淨は話す事方が良いと判断した。


「奈緒美君、君は霧島の一族の事はどこまで知っている?」

「どこまでって、教授もイギーさんと同じことを聞きますね?」

「やはりか…、奈緒美君。今からの話す事はここだけの話で、君の心の中だけに止めて欲しい話なんだが、良いだろうか?」


ビリビリと威圧感混じりの淨の口調。

それだけで無意識に励起法を使ってしまいそうな身体を奈緒美は無理やり押さえつけると、これからの重大な話に対して肯定する様に頷く。

奈緒美の聞きたい事は今からの事を考えると、聞かずに退くと言う事が出来ない事だからだ。

それを確認すると、淨はゆっくりと話し始める。




最強と言われる霧島の一族の話を。

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